8-3 僕と幼なじみ
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時刻は午後四時すぎ。リリアンさんお手製のおやつを宿で皆で食べた後、一人で浜辺を散歩していた。
宿では相変わらず隆一たちがわいわいと遊んでいたが、やはり何となく混ざる気になれなかった。
先ほど、リリアンさんに言われた言葉を思い出す。
「“もっと甘えてください”、か」
そう言われても、僕はすでに甘えてばかりいる。
今朝だって、リリアンさんに起こしてもらっていたのだから。
「これ以上、甘えるわけにはいかないよ」
前にも一度、隆一と似たような会話をしていた気がする。
あのときは、確か――。
「“もっと自分を大事にしてくれ”、だっけな」
この言葉にしたって、僕は自分くらいしか大事にできる力がないのだ。
自分くらいしか守れる力がないことを自覚している。
だから――。
「皆が思うほど、僕は遠慮も無理もしていない」
僕は気遣い屋でもなければ、一生懸命な人間でもない。
程よい距離感を見つけているし、自分の出来る範囲でしか行動しない。
常に安定を求め、平穏のためなら手段を厭わない。
「僕はそういう、ずるい人間だ」
平穏のために、過去の罪をなかったことにしようとしてきたくらいだ。
むしろ、悪人と言ってもいいだろう。
そもそも“人殺し”という罪を背負った時点で、二度と善人にはなれない。
しかし、その一方で――。
「何やお前、こないなとこにおったんか」
「あ、隆一」
「人を犬かなんか見つけたときみたいな呼び方するなや……」
突然現れた友人は、当たり前に、いつものように僕の隣を歩く。
「龍斗くんと姫奈ちゃんは?」
「疲れて寝とる。そら昼からあれだけはしゃげばそうなるわなぁ」
「そっか。リリアンさんは?」
「部屋で本読んでる。薬草の本やって言うてた」
いつもと変わらない、平和な日常。
自身の過去の罪すら忘れてしまいそうになるほどの平穏。
そんな中で僕は、さらにずるい感情を抱き始めていた。
「隆一はさ、何で俺を拒まないの?」
「……んん?」
なんのこっちゃと言わんばかりに大きく首を傾げる隆一。
「瑠里を――一人の友人を助けられなかったような人間に、どうして声をかけるのかなって」
少しの沈黙の後、隆一が少し強めに言葉を返す。
「何回も言うてるやろ。あれは自分から死んだようなもんやって」
彼はぴたりと立ち止まり、僕に向き直る。
「仮にそうでなかったとしても、俺は宗治を拒んだりしないと思うよ」
にっと笑って、下手くそな標準語でそう言った。
「隆一に標準語は似合わないな」
「なっ……今のは目潤わせて『……ありがとう、隆一』とか言うとこやろ……!?」
「ああ、どうも」
「どうもってなんやねん、どうもって」
夕日が沈み始める中、いつものように笑い合う。
こういう、なんでもない日常がいつまでも続いてほしい。
その裏で、僕はある想いを抱いていた。
「……過去を許されたいって思うんだ」
「過去って、姫奈嬢ちゃんの……?」
僕は黙って頷く。
「今の平和な日常を維持するには、過去を隠して行く必要があると思う。だけど、出来ることならその過去すらも受け入れてもらえたら……なんて思ってしまうんだ」
再び、沈黙が流れる。
彼からの言葉はなく、ただただ波の音だけが鼓膜を虚しく伝わってきた。
隆一は再び歩き出し、僕に背を向ける。
「それは、難しいんとちゃうかな」
沈黙の後にようやく放たれた言葉は、やはり否定的なものだった。
「いくら宗治が姫奈嬢ちゃんと仲良うたって、そこは絶対に許されへんと思うで」
確かに、隆一の言う通りだ。
自分の親を殺した人間と仲良くやっていこうと思える人なんて、きっといない。
僕がそれを明かしてしまえば、この平穏は壊れてしまうのが当然だろう。
「やっぱり俺は、姫宮家の人間とは距離を置くべきやと思う」
くるりと振り返り、再び僕に向き直る。
「宗治自身のためにも、姫奈嬢ちゃん、龍斗坊ちゃんのためにもな」
真面目な表情で、彼は僕に告げる。
「でも、俺は宗治がどないしようと止めはせん。お前のやりたいようにやったらええ」
今度は少し寂しそうに笑って見せて、そう言った。
「……ああ、好きにさせてもらうよ」
僕は隆一を直視できずに、海に沈む夕日を見た。
友人を裏切るような、そんな気持ちが僕の中にあったからだ。
「まあ、自分から言うても言わんとも、どっちみちいずれバレるとは思う」
「……そう、かもしれないね」
それでも僕は、今から抜け出すことを考えられない。
この日常をどうにか継続出来ないだろうか。そんなことばかり考えていた。
「ほな、また姫宮家に遊びに行くわ」
隆一はそう言うと、港町の方へと去っていった。
気付けば辺りは薄暗くなり、涼しい風が吹き始めていた。
――やっぱり、いつか壊れてしまうのだろうか。
ほとんど沈んでしまった夕日を背に、僕は宿へと向かった。
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