7-7 約束と決意

 白竜は突然咆哮をあげ始め、僕たちを睨みつける。


「白竜……もしかして」


 金色の瞳は、先ほどの隆一や早川と同じ目をしている。

 これはつまり。


「君も早川に暗示をかけられているのか」

「暗示……?」


 何も理解できていない隆一には、後で詳しく話すことにしよう。


「隆一、前みたいにこのナイフを白竜に向かって投げてくれないかな」

「これをか?」

「うん、掠めるだけで十分だから。というか掠めてほしい」

「掠めるて、そっちの方が難しいで」


 隆一は呆れた笑いを浮かべながらも、僕からナイフを受け取った。


「俺は白竜の気を引きつけるから、その間に頼むよ」


 隆一が親指を立てて合図を出したのを確認して、僕は白竜の背後に回り込んだ。

 すると白竜は僕を目で追い始め、こちらに狙いを定める。


「今だ、隆一!」

「おう、任せときい!」


 威勢よく上がった声に、白竜の耳がぴくりと反応する。

 背後から狙われている気配に気付いたのか、くるりと隆一の方に振り返る。


「――――!」


 まずい。このままでは隆一が狙われてしまう。

 なんとかしてこちらに気を引きつけなければ。


「グオオオオオオッ!!」


 白竜は咆哮と同時に、稲光を纏い始めた。

 周囲は急激に冷え込み、白竜の口元には光が集まり始める。

 バリバリと音を立てるその光の塊はどんどん大きくなっていく。


「隆一、早く短剣を投げろ!」

「おっ……おう!」


 白竜の向こう側で返事をする隆一。

 こちらからは彼の状態が全く分からない。

 恐らく、口に蓄えられていく得体の知れない光の塊に気を取られているかもしれない。


 いよいよ、白竜は頭を上に向ける。

 隆一に向かって放つつもりのようだ。


「早く! 隆一――」


 そのとき、ナイフが左側の翼を突き破ってこちらに飛んできた。

 直後、白竜は頭を下げ、その光の塊を放つ。


「隆、一」


 光は轟音と共に地面にたたきつけられ、周囲を真っ白に染め上げる。

 光が眩しく、辺りは何も見えない。


 これだけの威力だ。

 人がまともに食らってしまえば、間違いなく瞬殺だ。

 見えない視界の中、僕は見たくない光景を想像する。


 “正気を取り戻し、立ち尽くす白竜。

 そして、その向こうに――。”


 ようやく視界が戻った時。


「――え?」


 僕が想像していた光景は、そこにはなかった。

 僕の前に、ぽっかりと大きく円状にえぐられた地面。

 その向こうに、立ち尽くす隆一。

 そして――。


「白竜……?」


 えぐられた地面の中心で、火傷を負った白竜が倒れていた。


「どういう、ことだよ」


 煙の上がる地面を降りて、白竜の元へと歩いていく。


「何を、何をしたんだよ」


 ぐったりとした様子で、真っ赤な瞳をこちらに向ける。


「きゅ……」


 弱々しい呼吸と共に、声を漏らす。

 力なく、微かに動く尻尾が「大丈夫だよ、平気だよ」と言っているようだった。


「いいよ、そんな無理はしないでいい」


 真っ白だった身体は火傷でただれ、元の色が分からないほどだ。

 このまま放っておけば、今度こそ確実に命はない。

 最悪、放っておかなくても――。


 ――ダメだ。そんな想像。


 白竜は必ず助ける。

 僕を助けてくれたように、必ず助けて見せる。


「隆一、坂上さんに翼猫を手配してもらおう。姫宮家まで白竜を運びたい」

「おう。すぐ連絡する」


 隆一は返事をして、すぐに携帯を取り出した。


「姫宮家に行けば、リリアンさんが手当てをしてくれる。だからそれまでもってくれ」


 もはや鳴くことすらも出来なくなった白竜に、僕は声をかける。


「宗治、さかっちゃんすぐ来るて」

「そっか、良かった」


 暗い顔で言う隆一は、他にも何か言いたげだった。


「どうしたんだよ、叱られた犬みたいな顔して」

「もしかして……俺が早く投げてたら、こんなことにならんかったんかな」


 白竜は恐らく、光の塊を放つ直前に投げられたナイフで正気を取り戻した。

 そのとき、隆一を庇って自分の足元に向けて塊を放ったのだろう。

 そして、隆一は何となくナイフの力に気付き始めたようだ。


「事実としてはそうかもしれないな」

「うっ……やっぱりそうなんか」

「でも、このナイフについて説明しなかった俺も悪いし、ここはお互い様かな」


 なんとか隆一を宥めようと笑ってみるが、うまく口角が上がらない。

 僕自身、説明しなかった罪悪感をどこかで抱いてしまっているのだろう。


「でも、一番の原因は俺でも隆一でもない」


 そう。問題なのは――。


「白竜に俺たちを攻撃するよう仕向けたのは、早川だからね」


 早川敦士。

 全ての元凶は、彼の暗示なのだ。


「あっちゃんが白竜を……?」

「そう。白竜に暗示をかけたんだ。隆一にもね」

「へ? 俺もかかっとったんか?」

「そうだよ。このナイフで正気を取り戻したんだ」


 隆一は、申し訳なさそうに視線を落とす。


「そうか……なんかすまんな」


 傷ついた白竜に、落ち込む隆一。

 白竜は隆一のために自分を犠牲にしたみたいだが、僕はこんな光景を望んでいない。

 二度とこんな悲劇を起こさないためにも、手を打たなければならない。


「隆一。俺はやっぱり早川を許せない」

「……宗治」


 早川は、隆一の旧友だ。

 僕と出会う前の二人の関係はもちろん聞いている。

 隆一にとって、大切な存在であることも知っている。


「早川が何故俺を殺そうとしているのかは分からない。でも、隆一や白竜を巻き込むのは許せない。だから――」


 僕は早川を許せない。

 だから――。


「俺は、早川と敵対することにするよ」


 そう、決意を幼馴染に告げた。


「……そうか、俺は止めへんよ」


 優しい僕の親友は、そう言う。

 そして、


「でもな、殺し合いはやめてくれ。それだけは約束してくれ」


 早川の友人はそんな約束を、僕に求めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る