6-10.恋のキューピッド

■■■


 翌日。


「真田さーん……お客様がお見えですー……」

「んう、今起きます……」


 どこかで聞いたことのある声。

 だが頭が覚醒していないせいか、どうもそれが誰であったか思い出せない。


「真田ー……お客様ですー……」


 少しずつ語気が強くなっていく。

 その現象に、潜在意識が僕の鼓動を早めていく。

 そう。これは危機が迫っている。

 この身体は無理矢理にでも起こさなければならないのだ。


 だが、やはり身体は意志から切り離されたようにびくともしない。

 そうして。


「真田あああっ!! 起きんかいいっ!!!!」

「ひぐっ……つう……っ!!」


 通常アラームとともに、ハリセンがいい音を立てて右腕にヒットした。




「おはようございます……終始亭の真田です」

「おはようございます。今朝も賑やかですね」


 にっこりと柔らかく笑うのは、三上蒼さんだ。

 ケーキの材料調達の依頼主であり、僕と隆一の既にいない友人――三上瑠里の従兄だ。


「こちらが恋月草の花の蜜と、ハートベリー酒です。ご確認お願いします」


 柔らかい布でできた袋を三上さんに渡すと、彼は少し嬉しそうに頷いた。

 その頷く姿は、とても亡き友人に似ていた。

 そんな彼の笑顔に思わず僕は、ふっと目を反らす。


「……? 何か気に障るようなことをしてしまったでしょうか……?」

「あ、いえ。そういうのではないです。お気になさらず」

「そう、ですか。では気にしないことにします」


 少し納得がいっていないような口ぶりで三上さんはそう言った。


「では、こちらが約束の報酬です。ありがとうございました」

「あ、ありがとうござい……」


 彼は急いでいるのか、僕に報酬金を渡すと即座に玄関の戸を開けて出て行ってしまった。


「おはようさん。どないしたん?」


 玄関で立ち尽くしていると、後ろから隆一が声をかけてきた。




「三上蒼、ねぇ」

「知ってた? 瑠里の従兄らしいんだけど……」


 居間に戻り、テーブルの向かいに座る隆一に僕は尋ねた。


「いや、知らん。いとこの話なんて聞いたことないな」

「だよね、俺も知らなかった」


 幼い頃よく遊んだメンバーは、お互いの家族や親戚についてよく話していた。

 だから、飛鳥兄妹の従兄弟くらい近しい人については大体把握している。瑠里も例外なく話してくれていた。

 だが、彼女の口から従兄の話なんて一度も聞いたことがなかった。


「……何か事情があって言わなかっただけなのかな」

「まあ、家の事情は人それぞれあるからなぁ。べらべら喋る関係の方が珍しいかも分からんわな」


 確かに、僕達は話さなくても良いようなことまで話していたかもしれない。

 例えば僕の話をすると、


「宗治に至っては、両親のこととか……な」

「ああ。両親のことは全く覚えていないんだけどね」


 僕の両親は、交通事故で亡くなったそうだ。

 当時二歳半だった僕を連れて、家族三人で動物園に行く途中だったらしい。

 僕には全く記憶がなく、その話は父親の友人と名乗る人から聞いた。


「そんな俺を家族として受け入れてくれた真田の人達には頭が上がらないよ」


 久恵さんと武夫さん、そしてその子供の裕司さんと恵子さん。

 身寄りがなくなって父の友人と一時的に暮らしていた僕を、真田家は六歳の時に養子として引き取ってくれた。

 血の繋がりがなくても、家族として迎え入れてくれたことは感謝してもしきれない。


「ま、言うたら一緒に暮らしてた俺らも兄弟みたいなもんやな!」


 「はっはぁー」と豪快に笑いながら嬉しそうに腕を組む幼なじみ。

 ……放っておくと「流石俺ら仲良し幼なじみだよな」的な面倒で小っ恥ずかしい話が始まりそうだ。

 僕は即座に、話題を変えることにした。


「まあそれはそれとして、なんで依頼主はあんな変わった材料でケーキなんか作ろうとしてたんだろう」


 魔性アルコールを飛ばすハートベリー酒に、月に一度しか咲かない恋月草の花の蜜。

 普通のケーキを作るなら、そんな変わり種は必要ない。


 僕が考えていると、隆一は小声で話し始めた。


「お前……そこはお察しやろが」

「お察しって、どういうこと?」


 僕も隆一に合わせて、小声で尋ねる。

 周りに聞かれてはならないようなことなのだろうか。

 もしかして僕は、よろしくないことに加担してしまったのでは……?


「宗治ぃ、また何も知らんと依頼受けたんか?」

「いやだって、聞く必要もないと思って」

「依頼人の目的くらい興味持とうや……」


 正論を突き付けられ、僕は何も言えなくなる。

 隆一の言う通り、僕はもっと依頼主の真の目的について考えるべきなのかもしれない。

 得体のしれない材料調達をして、僕は一つ学んだ。


「ハートベリーはな、媚薬効果があんねん。ダークベリーみたいな眉唾と違う、モノホンのな」

「……び、び、……やく、ですか」


 口に出したくない言葉だが、確認するためにはそうせざるを得ない。

 なんということだ、やっぱり僕は良くないことに加担してしまったようだ。


「でもな、魔性アルコールを飛ばしたら媚薬効果はなくなるねん」

「あ、そうなのか……良かった」


 良かった。本当に良かった。

 だが、ここで安心しきってはならない。

 材料は、もう一つあるのだ。


「恋月草の花の蜜は、愛情促進の効果があるって言われとる。家族愛とか、夫婦愛とか、広い意味の愛情やで」

「へぇ、素敵な効果だね」

「で、ハートベリー酒にこの花の蜜を加えると、恋愛感情を促進させるねんて。で、それに魔力を加えると、恋愛感情を自分に向けさせるっちゅう効果があるって言われてる」

「な、るほど……」


 恋愛感情を促進させる、つまり――。


「つまり、三上さんは……」

「そう。せやから察したれっちゅうことや」


 自分を振り向かせたい人に、そのケーキを食べさせようとしていたということか。

 なんということだ、僕らは恋のキューピッドの役割を果たしていたのか。


「三上さん、うまくいくといいな」

「せやなあ……応援してるで、三上さん」


 僕たちは窓の外のどこかにいる彼に、エールを送った。


 姫宮家を支えるために始めた何でも屋。

 何でも屋は、この町にない物をウリにして行こうと思い選んだ職業だった。

 だけど最近、この職を選んで良かったと思う。

 幻界のことを新たに知ることができたり、自身の修行にもなる。


 そして何よりも。


 自分が誰かの役に立てることが、純粋に嬉しいと思えるのだ。

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