6-9.深夜の探し物

■■■


「……またせ。これが……リー酒だよ」

「あ、どもー……魔性…………?」

「問題ないよ。普通に…………」


 聞き慣れない声とよく聞く声が、交互に聞こえてくる。

 何を話しているのかは聞こえてくるが、どうも聞いたそばから忘れてしまう。

 まるで、夢でも見ているかのように。


「宗治、帰るで」

「……ん」


 聞き覚えのある声――隆一の声に、僕はいつの間にか突っ伏していた顔を上げる。


「……寝ちゃってたのか」

「おう。三十分くらい寝てたんとちゃうかな」

「え、そんなに? ……ごめん」

「謝らんでええて。酒飲んでるときくらい好きにしようや」


 手を横に振ってそう言う隆一の片手には、一本のボトルが握られていた。


「それは……?」

「これがハートベリー酒。今もろたとこ」


 隆一が掲げた赤紫色のボトルは、一見普通の洋酒と何も変わらない。

 だが、魔性アルコールという人間にとって毒らしい成分が含まれていた酒だ。

 まるでフグの刺身のような不安感を抱く酒を、依頼主はケーキ作りに使うという。

 一体、どんなケーキを作るというのだろう。


「閉店まで居座ってすいません。ありがとうございました」


 隆一の口から閉店という言葉を聞いて、僕は周囲を見回す。

 気付けば店内は誰もおらず、壁に掛けられた時計の短針は12時を指していた。


「いやいやぁ、こちらこそ待たせてすまんね。良い夜を!」


 店主は威勢よく挨拶すると、店のドアを開けてくれた。


「ありがとうございました。おやすみなさい」


 軽く会釈をして、僕たちは酒場を後にした。



「いやぁ、久々に飲んだなあ」

「俺は人生で三回目くらいかな」

「えっ、三回だけとか嘘やろ……」


 隆一はそう言って驚いて見せるが、僕たちはまだ二十歳だ。お酒を飲めるようになってまだ一年も経っていない。

 別に珍しいことじゃないと思う。


「むしろ俺の頻度で驚く程の回数飲んでる隆一が珍しいんじゃないか……?」

「そうか? 翼猫弓団よくびょうきゅうだんに入ってからは、毎週のように先輩に飲みに連れてかれるで」

「ああー……なるほど」


 翼猫弓団は、翼猫に乗って大型の幻獣を狩る集団だ。

 きっと、昼間に狩った幻獣の一部を夜にお酒と共に頂いているのだろう。

 それはそれで楽しそうな生活に思う。


「おかげで酒には強くなったけどな!」

「それ、良いことなのか悪いことなのか分からないな」


 健康に良いかどうかは、また別の話になるが。


 そんなたわいもない会話をしながら、僕達は真っ暗な夜道を歩いていた。


 ――子供の頃ランドセルを担いで帰り道を歩いていた僕らは、酒場から帰路にく未来を想像しただろうか。

 ――“幼なじみ”と紹介し合える日が来ることを想像しただろうか。


 酔いのせいか、そんな情緒的な想いに浸ってしまっていた。


 満月の下、揺れるススキの間から虫の声が聴こえる。

 まだ青い穂は、風にさわさわと揺れ――。


「…………っ」


 そんな情緒を破り、息を飲んだのは隆一だった。

 彼が視線を向ける先には、金髪の青年――早川敦士が立っていた。


「よお、お二人さん。こない夜更けに、散歩か?」


 ゆっくり、ねっとりと彼は言葉を紡いだ。


「あっちゃんこそ、何してん?」

「僕は……せやなぁ」


 片手を顎に添え、思案するそぶりを見せる早川。

 その姿は実にわざとらしく、そして。


「……、とでも言うておくわ」


 実に愉しげに、にんまりと口角を上げていた。


「何を企んでる、早川」


 僕は腰の刀に手をかけ、彼の出方を伺う。

 すると、早川は両手を上げ戦う意思がないことを示した。


「企むて、人聞き悪いなあ。僕はただほんまに、探し物してただけやで」


 隆一と同じ方言で話す早川。

 だが、そのゆったりと紡がれていく言葉からは、親しみなど感じられない。

 まるでゆっくりと獲物を締め付ける蛇のように、徐々に息苦しさを感じさせてくる。


「探し物て、何を探してたん……?」


 そんな息苦しさの中、隆一はなんとか言葉を発した。

 だが、きっとその質問はするべき質問でなかったように思う。

 その回答を聞いた瞬間、僕達は彼と本格的な敵対関係となってしまう気がした。


「……白い竜。」


 ――え?


 声は出ず。だが鼓動は跳ね上がり、確かにその言葉に反応した。


「白い竜を探しててん。君ら、知らん?」


 一歩、二歩こちらにゆっくりと近づき、僕達に尋ねる。

 なぜ早川が白竜を?

 何か関係があるだろうかと考えてみるが、疑問は解消されない。

 だが、白竜はすでにいない。僕たちの目の前で崖から落ちてしまったのだから。


「白竜は――――」

「知らんな。白い竜なんて一度も遭うたことない」


 僕がもういないことを告げようとしたとき、隆一がそれを遮った。


「そうかあ。それは残念やな」


 早川はそう言うと、残念そうに首をかしげて視線を落して見せた。

 だが口元は変わらず、にんまりと笑っていた。


「分かった。ありがとな」


 まっすぐに僕を捉えると、一見好青年に見える笑顔を向けた。

 そうして、夜風に紛れて一瞬のうちに消えていった。


「……どうして、白竜を」

「よう分からん。けど俺は、あのことには触れん方がええ気はした」


 隆一の言う通り、僕達が白竜に出会っていることは伏せておいて正解なのかもしれない。

 何かの情報を与えることで、より僕たちが狙われてしまう事態に繋がる可能性も考えられるからだ。


「そうだね。ありがとう」


 僕が言うと、隆一はにっと笑って誇らしげに頷いた。

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