3-2 お金を稼ぐ方法
賑やかな昼食後。
宗治は晴天の下、町中をうろついていた。
大通りの脇にずらりと並ぶ露店やら建物やらをひとつずつじっくりと見回して行く。
野菜を売る者、魚介類を売る者、肉類を売る者――はたまた工具類など、それぞれ役割の異なる店が並んでいる。
――食材系のお店は足りているだろうし、宿屋なんかも必要ないだろうなぁ。
心の中でそんなことを呟きながら、宗治は進んで行く。
さすがにガスや電気も使えないほどの金欠状態を続けるわけにはいかないと思い、宗治はお金を稼ぐ方法を模索していた。
いつまでもリリアンにただで住まわせてもらうわけにもいかないし、少年少女がひもじい思いで毎日を過ごす姿も彼としては見たくない。
しかし、宿屋も八百屋も肉屋もこの町には十分に足りている。今更自分たちがそれらを始めたところで客が来るとは思えない。
そんな考えを巡らせ、彼は町を見回す。
響き渡る蝉の声と、遠くで揺らめく陽炎がこれでもかというほどに夏を突きつける。
そんな暑さにうんざりしつつ、彼は探し続けた。
しかし、なかなかいい案は浮かばず、照りつける太陽が宗治の体力を奪って行った。
宗治はずいぶん粘ったが、とうとう通りかかった小さな公園のベンチに座り込む。
――何も思い浮かばない……このままじゃダメだ。
はぁ、と大きな溜息をつく。汗ばむ額を拭って、ぼんやりと風で揺れる公園のブランコを眺めていた。
そのとき。
暑苦しい蝉の声に紛れて泣きわめく子供の声がどこからか聞こえた。
宗治が声の聞こえる方向に目をやると、彼と同居している少年少女よりも幼い少女が大きな木の下で泣いていた。
声をかけようと駆け寄る。
そのとき、宗治の視界の斜め上端に真っ赤な楕円形の物体が写った。
――ああ、なるほど。
宗治は納得したように頷くと、泣いている少女の隣の木に器用によじ登り、木の枝に引っかかったそれに手を伸ばした。
自分の身長の倍程度の高さからよっと飛び降りると、ふわふわと浮かぶ赤い風船を少女に差し出す。
「はい、どうぞ」
少女は、突然知らない男に突然声をかけられぽかんとしていた。が、彼の片手に浮かぶ赤い風船を見ると、潤んだ目を細めてにっこりと笑った。
「ありがとう!」
元気よくそう言うと、少女はポケットから飴を取り出し、宗治に差し出した。
「これ、あげる」
「いや、気持ちだけで――」
宗治は断ろうとしたが、少女は飴を握る小さな手を宗治のズボンのポケットに突っ込み、飴を押し込んだ。
少女はポケットから手を出し一歩下がると、はにかむように笑って走り去っていった。
突然の出来事で呆気にとられた宗治は、走り去る少女の背をぼんやりと見つめる。
背中が見えなくなってから、ズボンのポケットに突っ込まれた飴を取り出して、少し考え込んだ。
――人助け、かぁ。
「……人助け……人助け…」
声に出して、その意味を噛み砕く。
炎天下の公園で飴を見つめながらそう繰り返す姿は、側から見ればただの不審者である。
「……人、助け……人助け!」
そして、彼は思いつく。
「これだ!」
宗治は包みから飴を取り出して嬉しそうに頬張ると、少年のような笑みを浮かべながら公園を去っていった。
「……何やってるの?」
高校生のような11歳の少女は、冷めた目で宗治を見ていた。
姫宮家の前に突如建てられた縦長の看板。その看板には縦書きで『終始亭』と書かれていた。
少女の不思議なものを見るような、あるいは若干蔑視を含んだようにも見える視線の先には、看板に釘を打つ赤髪の青年がいた。
しゃがみ込んで釘を打ち付ける彼は、まるで今日が誕生日で新しいおもちゃを買ってもらう子供のような、わくわくした表情を浮かべていた。
宗治は無邪気な少年のような笑顔で、姫奈に向かって突拍子もないことを口にする。
「何でも屋を始めてみようかと思ってるんだ」
「……は?」
姫奈は唐突な彼の発言に、目を丸くした。
「何でも屋って、あなた」
「ほら、魚や肉のような食べ物はすでに売ってるから、食材屋さんじゃダメだなと思ったんですよ。でも、何でも屋っていうのはこの町にはなさそうなので」
嬉しそうに語る宗治の傍で姫奈はこれ以上かける言葉もなく、ただ板に釘を打ち付ける彼の様子を呆れ顔で見ていた。
確かにこの町には、何でも屋のようなサービス業を営む者はいない。どの店も物を売る店で、必要最低限の物が揃えられる程度である。町の住人もそれ以上を望むことはなく、それで十分だったようだ。
そんな町で何でも屋をやっても、客など来るのだろうか。姫奈はそう言いたげな顔で、宗治の作業を眺める。
ふと宗治が姫奈の方へ目を向けると、彼女の右手に花束が握られていることに気付いた。
「どこかに行かれるんですか?」
「ああ、ちょっとね」
姫奈はそういうと宗治に背を向け、歩き出した。
「すぐ戻ってくるよ」
そう言い放って、少女は出かけて行った。
――1時間後。
「ふぅ、こんなもんでいいかな」
額の汗を拭うと、達成感に満ち溢れたような誇らしげな笑みを浮かべて宗治は立ち上がった。
縦書きの『終始亭』という文字の前に、少し小さな字で『何でも屋』と書かれている。
日は既に朱く色を変え、呆れ顔で出かけていった少女も既に家の中だった。
宗治はただ一人佇み、夕暮れの中呟く。
「今日はもう遅いし、依頼の受け付けは明日からになるかな」
来るかどうかも分からない客のことを考え、軽い足取りで家の中へ入っていった。
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