2-3 少年の目指すもの

 中庭で、少年は本日二度目の練習に励む。

 今度は宗治の指導つきである。


 模造刀と鞘のぶつかり合う軽い音が、中庭に響く。

 龍斗は再び汗だくになりながら、宗治に攻めかけていく。

 だが、一方の宗治は額から一筋汗を流す程度だった。涼しい表情で、軽やかに龍斗の攻撃を防ぐ。

 龍斗がありったけの力を込めて刀を振り下ろそうとしたとき――。


「おっ……とと」


 龍斗はバランスを崩し、狙いを定め損ねた。

 宗治は片手を挙げて中断の合図を出す。


「やっぱり、その刀は龍斗くんには大きすぎますね」


 宗治は、龍斗の刀の振り下ろしが不安定であることを見抜いた。

 もともと兄の物であるその模造刀は、身長が一六◯cmにも満たない龍斗が持つにはまだ早かった。


 宗治は龍斗の今後のことを考える。

 これから彼が強くなるためには、この模造刀を手放す必要がある。

 しかし、龍斗の事情を知ってしまった宗治にとって、その事実は軽々しく告げられるものではなかった。


「でも、こいつだけは絶対に手放したくない」

「――――」


 宗治がそれを告げる前に、龍斗は答えた。

 そう答える龍斗の瞳は真っ直ぐで、彼の意志の堅さを物語っていた。


 そのとき、宗治は一瞬、この模造刀でも戦える方法を模索していけば手放さなくても済むのでは……とも考えた。

 が、宗治にはもう一つ気掛かりなことがあった。


 兄のために一人家を出、兄のように強くなりたいと願う。

 それは少年の、兄を尊敬し想うが故の行動だが、あまりにも想いが強い。ある種の依存とも言えるだろうか。


 今の龍斗は、まるで兄のために生きているようであった。

 いずれ少年は、兄の結末を知ることになる。今の状態では、その悲しみを乗り越えることが出来なくなるのでは――と、宗治は懸念した。


 この模造刀を手放すことで、少年の視野が広くなるきっかけに繋がるかもしれない。宗治はそう考えたのだ。


 ――誰かのために生きるのではなく、自分のために生きてほしい。

 ――彼が兄の死を乗り越えるためには、兄から離れなければならない――。


「龍斗くんは今、守りたいものがありますか?」


 宗治は問う。

 強くなる目的が、他にあるのであれば。


 ――他にあれば、お兄さんから離れるきっかけを作ってあげられるかもしれない。


 だが――。


「守りたいものはないよ。オレはただ、こいつと一緒に兄さんを目指すだけ」


 予想通りの回答。

 “兄さん”という単語が、今後の龍斗の成長の足枷になってしまうことを宗治は懸念していた。


「龍斗くん、よく聞いてください。君がさらに強くなるためには、お兄さんの背中だけではなく、もっと広い世界を見る必要があります。新しいものが見つかるまで、僕のもう一つの刀を少しの間貸すので、どうか――」

「これは兄さんが使っていたものだ。使えないはずがない。兄さんはこれで自分自身を鍛えて強くなったんだよ。だから強くなるのは間違いない。大きさなんてオレの身長が伸びればなんとかなる」


 少年は考えを曲げない。それでも宗治は、説得し続ける。


「この刀では、今の龍斗くんの本当の力を発揮出来ない可能性がある。それはとても危険なことだし、君の成長を妨げることにもなりかねない。それを使いたい気持ちは分かるけど、君がこれをちゃんと扱えるくらいになるまで、自分にあったものを探すべきだよ」

「……分かんないことを分かったように言うヤツは嫌いだ」


 龍斗の強い意志は、宗治の言葉を強く拒絶した。


「兄さんもオレのことも何も知らない、無関係なお前に何が分かるんだよ。大切な人が何処に居るか分からなくて辛い気持ちなんて、お前には分からない」


 龍斗はそう言うと、宗治を睨みつけて家の中に入っていった。


 中庭に一人残された宗治は、ため息をついてぽつりと呟く。


「……俺にだって、ちゃんと分かるよ」


 縁側に腰を落とし、彼は空を仰ぐ。

 真っ赤に染まった雲は、涼しげな表情で町を見下ろしているようだった。


 軒下にぶら下がる風鈴が、風を受けて冷たい音で鳴いた。


 空を仰ぐ彼の目は、今ではなく己の過去を捉えていた。


「俺にだって――」

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