第2節、1話 勝利の歓喜から

人生には、多くの落し穴が存在する。

ある時は、幸せの絶頂の時に。

またある時には、人生のどん底の時に。

それは人の都合を考えない、非情に迷惑な、来訪者だ。

僕はこれから、迷惑な来訪者と向き合い合わなくてはならない。

人生とは、どうしてこうも、面倒な物なのだろうか?



「シーズン終了って、どう言う事ですか!」


カズミは、掴み掛からんばかりの勢いで、クラリスに迫る。


「言った通りさ。カズミの右膝は、もうプレーを出来ない程に、ひどい異常だ」


「やっばり・・・悪いんですか?」


「悪いもなにも、前十字靭帯[膝を支える、強靭な靭帯]の損傷。

それに伴う、大腿四頭筋[膝の上、前面の筋肉]の機能の低下。

それに、肘関節内側側副靭帯[尺骨と上腕骨を結ぶ靭帯]損傷だ。

他にも、棘下筋の機能低下。

右の膝肘肩、みんな痛めている。若いのにこんなに悪いなんて、今まで何をしてきたんだ?」


カズミは恐る恐ると、高校時代の話しを始めた。


「はぁぁぁ!?予選から甲子園決勝戦まで、全イニング一人で投げ抜いただと!

最後の方は再試合含め、3日連続で投げた?どこの馬鹿だ!今からその指導者を、ぶん殴りに行く」


「いや、僕のいた世界の人間なので、気軽に会えないと思いますよ」


クラリスはタメ息をし、少し悲しそうな顔をした。

「いいか、指導者は選手を使い潰すような事をしてはいけない。

特に、若い選手が相手なら尚更だ。

将来有望だったが怪我をして、潰れた選手や、短い選手生命となった者もいた」


「知ってます。僕の周りにも、沢山居ました。

でも、選手生命を縮めたとしても、勝ちたい時があるんです」


「まあ、カズミは言う事は分かる。

たがな、無理をして怪我をする前に、ストップを掛けるのが、本当の指導者だと思うけどな」


「それは・・・」


「いや、指導者以前に、大人としての務めなんだけどな。

この話しを聞いているか、そこのクソオヤジ」


突然話しを降られたゴルドだが、表情一つ、変えることはない。


「さっきも言ったが、俺の仕事は勝つことだ。」


「まあ、あんたならそう言うよな。

だがな、今度選手に無理を強いる事があれば、今度は容赦しないぜ」


「まあまあ、ゴルドさんクラリスさん、お二人ともその辺で」


険悪な雰囲気にたまりかねたのたのか、カズミが会話を絶ちきる。


「ドクター。例のやつを使えば、怪我の治療をしながら、プレーをすることは出来るのでは?」


「イリーナ、無茶言うなよ。アレの使いこなせるまで、半年以上は掛かるぞ。その事は、よくわかっているだろ」


「分かってます。ですが・・・」


「あのー。例のやつとか、アレって何ですか?」


「プラァスシィーシィスアーマー。

現在開発中のパワードスーツだ。これを使いこなせれば、怪我でプレー出来ない選手が、プレー出来るようになる」


「凄いじゃないですか!それがあれば、次の試合にも出られる!」


「慌てるなカズミ。使いこなせれば、と言ったろ。

まだ開発中で、万人が使いこなせる物では無いんだよ。

しかも、使いこなすまで、時間かかる」


「それでもやらせてください!僕は試合に出たいんです」


クラリスはかなり悩みながらも、カズミに答えた。


「リハビリと訓練、同時に行う事が条件だ」


「ありがとうございます、クラリスさん!」


「イリーナ。カズミのリハビリと訓練に、付き合ってもらうぞ」


クラリスの発言に、男性陣がざわつく。


「おい、イリーナとカズミが、二人っきりでトレーニングだと!」


「俺たちでも、した事無いのに。うらやましいぜチクショウ!」


「あーあ。俺も怪我して、イリーナとトレーニングしたいぜ」


「おい。俺も怪我したいと言った奴は誰だ」


キーンの怒気を込めた言葉に、ロッカー内の空気が凍りついた。


「お前たち。選手なのに、怪我をしたいと言うのは、どう言う事だ?怪我して地獄を見てきた選手や引退した選手を見てきたのに、あの発言はなんだ?カズミに謝れ!」


選手たちは互いの顔を見合い、一人が第一声をあげた。


「すまない・・・ここにいる何人も、同じ苦しみを味わったのに、怪我したいなんて言って申し訳ない」


「俺も申し訳ない。最初にあんな空気作った、俺も悪かった」


「カズミ、キャプテンとしてこの無神経な発言を、俺は謝罪する。申し訳ない」


発言をした面々は、カズミに頭を下げる。

それを見たカズミは、慌てた。


「み、みんな。僕は大丈夫だから、頭を上げてよ。

それにキーンさんは、何も悪いことしてないんだから・・・」


ゴルドは急に、パンパンと手を叩いた。


「よし、この話しも終わり、今日は解散だ。カズミ、今日は悪かったな」


「いえ、大丈夫です。早く復帰しますので、よろしくお願い致します」


「期待しているぞ、カズミ」


ゴルドはカズミの肩をポンッと叩き、ロッカーから引き上げた。


「おーいカズミ。ドクターがラボに早く来いと言ってたよ」


「今行くよ、イリーナ」


イリーナに呼ばれたカズミは、ラボへ向かう。



ラボと聞いて、どんな近代的な部屋かと思ったが、ベッドと机に多少機械が置いてある程度だった。


「ラボと言うより、病院のリハビリルームみたいだ。

本当にここが、ラボなのか?」

たが、入り口のプレートには、ラボと書いてあったのだから、間違い無いだろう。

そこには、ドクターであるクラリスさんとイリーナとスズネも居た。


「では、体の採寸をするから、機械の中に入ってくれ。

ああ、服は着たままで良いぞ」


この機械、何と表現したら良いものか。

修理はされている物の、傷だらけで年代を感じさせる。

僕は言われた通りに、謎の機械の扉を開け、中に入ると、赤いレーザー光線が身体中をはい回る。


「よし、チェック終了。もう出てもいいぞ」


クラリスさんの呼掛けに応じ、僕は機械の外に出る。


「この機械は、何ですか?明らかに別の時代の技術ですが」


クラリスは、ニヤリと笑う。


「良いカンをしているな。この機械は、数千年前の 神代じんだいの文明が、開発したものを発掘した物だ」


「数千年前?そんな昔に、高度な文明が合ったんですか?」


「あったさ。まあ、戦争の影響で文明は衰退したらしいがな。

んであたし達は、過去の遺産ロストレガシーを発掘して、利用している」


「僕の使うパスワードスーツも、ロストレガシーと言うやつなんですか?」


「ああそうさ。何でも、戦争で負傷して動けなくなった兵士の、義手義足として活躍したらしい」


「それって、戦争の道具と言う事ですか?」


「何だ?人殺しの道具、もしくは技術と言いたいのか?」


「いや・・・」


カズミは、言葉に詰まる。


「まあ、気持ちは分かる。お前の世界の常識からすれば、当然だろう。

だが医者の道具と知識は、人を救う物だか、同時に人を殺す物なのは知っているか?」


「それとこれとは・・・」


「違わないさ、例えばメスは人を切り裂く刃物になる。

薬に至っては、量と目的を変えれば、毒に化ける。

その逆もあって、毒を薬として使うこともある。

あたし達ドクターは、人殺しの道具と知識を利用して、苦しんでいる人を救う」


僕は偏見と知識の無さで、恥ずかしくなってきた。


「そう暗くなるなよ。まあ、世の中の物なんてそんなものさ。

どんな背景があっても、利用出来るから使っている、ただそれだけさ。

そろそろ魔道義肢 プラァスシィーシィスアーマー が完成する頃だ」


クラリスがそう言うと、おもむろに機械の扉を開ける。

中から蒸気が吹き出し、部屋は真っ白になる。


「ドクター。相変わらず、完成時のこれは変わらないんですね」


「そう言うなよイリーナ、この蒸気も慣れるとオツなものだぜ」


何がオツなのか、僕には理解出来なかったが、それはどうでも良かった。

何故なら蒸気の中から出てくる、完成品に目を奪われたからだ。

「これが 魔道義肢 プラァスシィーシィスアーマー ?」


僕はパワードスーツ的な物を想像したが、それは足と腕の脱け殻のようだった。


「じゃあ、早速着用するか。シャツとパンツ1枚になってくれ」


普段なら女の子の前で、裸同然の姿になることは出来なかっただろうが、今は一刻も早くアーマーを装着したかった。

上下服を脱ぎ、アーマーを装着した。

さわり心地は、シリコンの用な物をとしか言えない不思議な感触だった。

抜け柄のようなアーマーは皮膚を覆い、端と端を繋ぎ会わせると、自然に繋がり繋ぎ目は消えてしまった。

最初はゴム手袋を着ているような感覚だったが、違和感は徐々に消えていき、最後は何も着けていない用な感覚になっていた。


「不思議な感覚だ。最初は違和感バリバリだったのに」


「それが魔道義肢 プラァスシィーシィスアーマー の凄い所さ。後はトレーニングで、使い方を覚えるだけだ」


その後、トレーニング前の座学が始まったのだが、途中からマナやら気など、オカルトが加わり訳が分からなかった。

ファンタジー世界、恐るべし。


「おーいカズミ、大丈夫かー?」


「ダメみたいですよ、イリーナ。カズミの頭から煙が出ています・・・」


「まあ、マナの無い世界から来たのだから、当然の反応か」


「カズミ。クラリスさんが戻るまでもう少し、時間があるみたいですし、軽く復習をしましょうか・・・」


「頼むから、もう少し休憩させてよ」


「ダメです。貴方には、早く使い方を覚えてもらい、戦力になってもらわなくてはいけません・・・」


「スズネの鬼、悪魔」


「では、復習をしましょうか。

魔道義肢 プラァスシィーシィスアーマー は、大気から取り込んだマナを、体内でエネルギーに変え、それを電気に変換します。

電気は電気信号となり、魔道義肢 プラァスシィーシィスアーマー を動かします。簡潔に纏めると、こうなります・・・」


「鬼、悪魔と言った事を謝罪します。貴女は天使です」


「ありがとうございます。この短時間で、クラリスさんが1から10まで全て説明したのが失敗でしたね。

まあ、あの人はこう言う話は好きですから、全部説明してしまったのでしょう・・・」


「言葉で分かりづらかったから、見た目ですぐ分かる物を取りに行って来ると言って、出ていったきりだが、そろそろ帰ってきても良い頃だと思うが」


「おお、待たせたな。早速、座学を再開するぞ」


クラリスが見せたボードに書かれている物に、僕は驚きを隠せなかった。

日曜の朝に放送されているバトル物のアニメのキャラクター、そのまんまだった。


「何でこの世界にも、バトルヒーローが戦うアニメがあるんですか!」


「発掘した」


「滅んだ文明は、何が発達した世界なんだ?」


「さあね?まあこの国は、アニメ関連の発掘が、極端に多い国ではある。

今ではそれを海外に輸出しているくらいだ」


どういう事だ?この世界は別世界なのに、

かと思えば、マナや魔法に超科学、何なんだこの世界!訳が分からなくなってきた。


「けどクラリスさん。それが発掘された物なのは解りました。けど、何でアニメの戦闘シーン何ですか?」


「学生時代に、このボードで説明してもらったのが、分かりやすかったから」


カズミはクラリスの説明に、頭を抱えた。


「魔道義肢(プラァスシィーシィスアーマー)の扱いに必要なのは、マナの扱いとイメージ、それと力の加減だ。

特にイメージが重要で、これが出来ない試合出場なんて、夢のまた夢だ」


「イメージですか」


「そうさ。マナを扱うイメージが、最初の関門。

その後は、マナや力の加減を頭でイメージしない状態、無意識で出来るようになってもらう」


「僕に出来るのかな・・・」


「出来るさ。カズミだって、ボールを打ち返す時に、見てから考えなくても打ち返せるだろ。

経験は考えると言う手順を省き、最善の手を示す。

閃きやカンと言う物も、同じ原理だとあたしは思っている」


「確かに、打ち返えす時はボールが何処に来るか考えずに、手が動いている。

求めて要るのはそう言う事ですか?」


「正解。体を動かす動作には、考えると言うタイムロスがあっては困る。

試合では、僅かなタイムロスは命取りだしな。

おっと!話が少しそれたな」


「横路と言いましたが、先ほどの話よりも100倍ほど、分かりやすかったですよ・・・」


「スズネ。それは誉めているのか、貶しているのかどっちなんだい?」


「両方ですよ・・・」


「最初の説明については、反省をしているさ。

話を本題に、戻そう。

何で戦闘シーンのボードを持ってきたか?マナを取り込んで体内でエネルギーに、変えるイメージをしてほしかったからさ」


「クラリスさんが、ボードを取りに行ってる間に、スズネから同じ話を聞きましたが」


「ふむ、スズネが説明をしてくれたか、それはありがたい。

なら単刀直入に言おう。このシーンは体内でマナを燃やし、大量の熱エネルギーに変えている。

体内で産み出された熱エネルギーは、全身の毛穴から吹き出している状態なのさ」


「うーん、どっかで同じような光景を見た気がするが、思い出せない」


「スポーツ選手が、激しい運動をしたあとに、外気が冷たいと湯気が出ているだろう。これこそ、体内で熱エネルギーが産まれ、身体中から溢れ出している瞬間と言える」


「マナを、?」


「だいぶ理解出来たみたいだな。酸素とマナの共通点に、気がついた着いたのは良いな。そもそもマナと酸素と言うのは」


これは不味いと判断したのか、イリーナは話を、絶ちきる。


「ドクター、先ほどと同じ事を繰り返す気ですか?」


「ああ悪いな、楽しくてつい・・・な」


「つい、じゃないですよ。あと、イメージを掴むならこれを見せれば良かったのでは?」


イリーナは机の上に置いてあった、週間ファンタズムボウルを手に取って、カズミにそれを渡した。


「なになに?イリーナ・バニング、マナの扱いを語る。

最初からこれを見してくれれば良かったんでは?」


「カズミが幼少から、マナの扱いを学んで居ればそれでも良かったのだが、最初にそれを読んでも頭から煙が出るだけだぞ」


僕は何も言い返せなかった。

取り敢えず、イリーナからもらった雑誌を手に取り、パラパラとめくっていく。

すると、イリーナが炎を纏った幻想的な写真に目を奪われる。


「最初にグラウンドで見た、炎の翼だ・・・」


あまりの美しさに、僕はあの時と同じ用に、言葉を失い見とれてしまった。


「おーいカズミ、大丈夫かー」


「ご、ごめん。イリーナが余りにも綺麗で、見とれちゃった」


面と向かって、綺麗と言われたイリーナは、まるでトマトのように顔を赤くした。


「わわわわ、私を誉めても、何も出ないぞ!あの写真は、インタビューの表紙に使うと言われたから撮っただけで、別そう言う目的があったわけでは無いからな!」


「おー。イリーナに真正面から告白する人間を、初めて見たぞ」


「ですね。これは近いうちに、スポーツ紙の一面に乗りますね・・・」


「「どうしてそうなる!!」」


カズミとイリーナの、悲鳴にも似た叫びは、見事なシンクロを見せる。


「まるで夫婦だな。練習しても、あそこまで噛み合うまい」


「ですね。これなら、試合中に息の会ったプレーも納得ですね・・・」


「しかも、初めて会ったときに、カズミを抱きしめていたしな」


初めて出会った時を思い出したイリーナは、余りもの恥ずかしさに、今度は湯気が出てきた。


「穴があったら、入りたい・・・」


「ごめんごめん、そこまで落ち込むとは、思わなかった」


「ごめんなさい。今度、栄養価の高いスイーツバイキングを奢ります。

だから、機嫌を治してください・・・」


珍しく、落ち込むイリーナを見た二人は、流石に不味いと思ったのか、謝罪をする。


「栄養価の高い、スイーツバイキング!何処だ!アリアキのバーバーか?それともモクヨウケンの、食べ放題か?」


「見事な立ち直りですね・・・」


「うむ。イリーナの食事への愛は、世界一だからな。

と言うか、あれだけ食べてあのスタイルとか、羨ましすぎる」


「ですね。むしろ、世界一燃費の悪い選手とも言えますね」


結構酷いことを言われたイリーナだが、頭の中は食べ物の中で一杯のためか、気にしていないようだ。


「よし、早速バイキングに行くぞ。カズミも一緒に食べに行こうか、行くよな!」


イリーナの食に対する、愛と気迫に押され、有無を言わさず連れて行かれた。


「ドクター。講義の途中でしたが、良いのですか?・・・」


「もう少し話をしたかったがな。

まあ、日常生活でプラァスシィーシィスアーマーの扱いを、覚えてもらうのも良いか」


「しかし、ドクター。

カズミをバイキングに連れて行きましたが、あれは端から見ると、デートですね・・・」


「デートだな。よし、二人のラブラブデートを見に行くか」


「行きましょう。てもその前に、お金を下ろして来ます。

イリーナが本気で食べたら、 ・・・」


「もしかして、ヤブヘビだった?」


「ヤブヘビです・・・」


イリーナが、これから食べる食費の事を考えると、頭が痛くなってきた二人であった。

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