1-33 決戦会場へ


 翌日、神界に降り立った俺たちを迎えたのは陽気な音楽と前に来た時よりもずっと賑わっている商店街だった。


「タツオ! ガレアはどうだい!」

「レイアさん! こっち見てってよ!」


 中に入ると、その熱気が直に伝わってくる。やはりこちらの世界では、親父と母さんは人気者らしく、名指しで声をかけられる。


「おっ、こりゃうめえ。おっちゃん、もう一個!」

「あらぁ、今日の晩ご飯にいいかもしれないわねぇ」


 さらに凄いのは、二人とも全ての声に対応していること。俺の目がおかしいのかはわからないが、二つの店に同時に親父がいるように見える。眼を使いたいが、母さんからむやみに使うなと言われている。


「一応、使うだけでマカを消費するからね? あなたのマカの器はわからないけれど、必要な時だけにしておきなさい」


 裏を返せば、マカの器さえ分かればどう使うかは俺の勝手ということだ。しかし、マカの器というのはどこで測れるのだろうか。まあ、一旦そんな事は置いておくとしよう。


 商店街を抜けて少し歩くと、王城の正門が見えてくる。こんなお祭り騒ぎの中で門番の衛兵が険しい顔で立っているのを見ると、なんとなく彼らが可哀想に思える。


 そんな事を考えていると、親父が衛兵たちの方へ走り寄っていった。何かを話すと衛兵たちは王城の中へ消えていく。しばらくすると、彼らは私服姿で王城からスキップしながら出て行った。


「何を言ったの?」


 俺たち3人は親父に近寄ると、母さんが笑顔で聞いた。


「城に結界張ってやるから、遊んできなって」

「そう」


 呟くとほぼ同時に、母さんは親父の頬をギュッとつねった。


「いたたたた!」

「龍の方はどうするつもり? 結界張ってる間は動けないでしょう?」

「え、遠隔で見るから! 離して、離してください!」


 母さんがパッと手を離すと、その反動で親父が少しよろめく。


「という訳で龍、俺は見てるだけだから、とりあえずがんばれ!」


 勝手な行動にげんなりする。その反面、仕方ないかと親父の行動に慣れてしまっている自分もいた。


「あのー、そろそろ行きませんか?」


 気配を消して付いてきていたミヤが申し訳なさそうにそう言うと、母さんはコートのポケットから懐中時計を取り出した。


「本当ね。じゃあ、行きましょうか。ゲート


 母さんの伸ばした右腕の先から、空間の歪みが起きて、真っ暗な穴が生まれる。


「それじゃ、親父。また後で」

「おう、雅ちゃんもな」

「はーい」


 軽い別れの挨拶を済ませて、俺たちはゲートに飛び込んでいく。


 ▽


「なんだ、これ…….」


 スプレード領に着くと、以前までは無かった物が俺たちを見下ろしていた。

 前に来た時は花畑があった場所。そこに古代ローマを思わせるスタジアムが建っていた。大きさはだいたい東京ドームと同じくらいで、つまり甲子園よりはやや大きい。外にいても、中から聞こえる歓声や怒声が耳に届いてくる。入り口付近には長い列ができていて、各地ではライブビューイングも行われているようだ。


「これが、大還元祭の会場ね。出場者も観客も入る場所は同じはずよ」


 そう言ってスタスタと歩いていく母さんの後ろを、ミヤと俺はついて行った。俺が持っていた出場権を係員に見せると、無料で入ることができた。階段を一段ずつ上っていく度に歓声が大きく聞こえ、なんとも言えない高揚感に身震いする。


 視界が開けた、と同時に耳をつんざくほどの歓声が沸き起こった。スタジアムの中心には担架で運ばれていく男と、握った片手を大きく掲げる男がいた。


「これが、大還元祭……」


 ゴクリと唾を飲み込む。そして大きく息を吸い込んだ。


!」


 俺は珍しく母さんに吠えた。思っていたよりも気が張っていたのかもしれない。


「だからぁ、大丈夫よ。龍は普通の神族ぐらいなら簡単に勝てるから」

「でも……!」


 言いかけた俺の手を、ミヤがしっかりと握っていた。


「大丈夫。だって、リュウだもん」


 ミヤの目は真っ直ぐに俺の目を捉えている。なんの根拠もないミヤの言葉。しかし、最も信頼できる言葉に俺の緊張の糸は少しだけ緩んだ。


「うん……ありがとう、ミヤ。それと、怒鳴ってごめん、母さん」


 母さんは優しく微笑み、ゆっくり頷いた。


 俺が出るのは最後らしく、かなり時間があるので、一度場内を回ることにした。内部は野球場と似たような作りになっており、たこ焼きや焼きそばなどに加えて、神界らしい食べ物も売られていた。


 俺はその中で「焼きガレア」というのを食べたのだが、これは生で食べるよりも苦味が少なくて甘味が強く、ミヤにも好評だった。


 場内を回って席に戻ると、母さんの手には券が握られており、「いけオラァ!」などと叫んでいた。その戦いが終わった直後、俺たちに白い目で見られていたことに気づき、「竜雄さんには言わないでね」と脅迫まがいのお願いをされた。ちなみに、ここまでの掛け金は全て1万円で、全て母さんの賭けた方が負けているようだった。


 何試合か見たが、戦っているのはほとんどが上位の神で、魔法も武器もなんでもありらしい。それでも最初に見た男ほどの重傷者は出ておらず、安全な戦いなのだと思う。


[さあ、この試合を含めて残り2試合となりました。最後の組の方は、指示に従って控室まで移動して下さい]


 アナウンスが流れて、会場のボルテージが上がっていく。最後の試合はどうやら出場者が直前まで明かされない仕組みのようで、会場のどこにも名前が書かれていない。


「それじゃあ、行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」


 また負けている母は放っておいて、ミヤと言葉を交わし、俺は階段を下りていく。角を曲がったところで、前から歩いてくる者と目が合った。


「ショウ……!」


 やはり相手はショウなのだろう。廊下には俺たち二人しかいない。通り過ぎる瞬間、ショウは俺にささやいた。


で来いよ」


 俺に向けられたそれは、殺意そのものだった。恐怖すら感じるほどに、ショウの言葉は冷たかった。


 ショウを救う。ただその一心で。控室に入るまでの間、俺は一度も後ろを振り向かなかった。もし振り返っていたら、俺はもう戦えない気がしたから。


「殺す気、か……」


 自分しかいない部屋に、その声は大きく響いた。

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