1-31 秘策


 たった一日学校を休んだだけなのに、やはり上本の絡みはウザくなった。しかし、そんな事は今の俺にはどうでもいい。やはりリームの言葉が頭の中を駆け回っている。


「気が変わったら連絡しろ、か……」


 連絡する必要はない、親父を信じるならばそう思っていれば良いのだが、リームの話に嘘があったとは思えない。親父に直接聞くのもかなり気が引けるし……。


「……崎。海崎!」

「はいっ!?」


 突然呼ばれて勢いよく立ち上がると、目の前に数学教師の剣呑な顔があった。


「前に出て、これ解いて」

「はい……」


 黒板に書かれた問題をサッと見て、スラスラと解答を記していく。答えの下に線を引いて、終わり。しかし、後ろから先生が怒気を含んだ声で言った。


「海崎、計算ミスだ」


 そして、俺の回答を黄色のチョークで消しては直していく。「戻っていい」と言われ、自分の席にトボトボと戻る。


「どうした? らしくないな」


 上本が後ろから話しかけてくるが、返答する気力も出ない。


「あー、うん。だいじょぶ……」


 テキトーに流すと、上本がそれ以上何か言ってくることは無かった。


 学校が終わっても、俺の頭の中は親父の事とリームの事にとらわれて、帰り道でのミヤの話は聞き流してしまっていた。


「ちょっと、聞いてる?」

「え? ああ、うん、聞いてるよ」


 ミヤはムッとした顔で口を膨らませた。


「ウソだ。今日のリュウずーっと変だもん。昨日、話したんでしょ?」

「ああ」


 どうしてもこの話はミヤに聞かせたくない。ミヤがどう思うのか知りたくない。また、目を逸らそうとした俺の顔を、ミヤは掴んで振り向かせた。


「リュウ、他の人を頼れって言われたんでしょ?」

「……!」


 シャロさんからもらった言葉は俺が絶対に忘れてはいけないことだ。誰かを頼ることも、一人で抱え込まないことも。俺は意を決して、ミヤに全てを吐き出した。


「ふーん……で?」


 ミヤの口から出た言葉はそれだけだった。


「で? ってなんだよ!? こっちは真剣に悩んでるのに!」

「悩む必要あるの? リュウはリームに手を貸すの? あたしと殺し合うの?」


 矢継ぎ早に飛んできたミヤの質問はとても淡白で、俺が悩んでいた事が馬鹿らしく思えてくる。


「できない……よな。うん。俺はミヤとは戦えない」


 俺は直感的にそう答えた。これはミヤを、そして俺自身を守る行為。だから、考えなくていい。


「それでいいんだよ」

「そうだな」


 俺は親父を信じればいい。リームから聞いた話は、ただ伝えるだけでいい。親父は否定してくれるはずだから。



「そ……そうか。おう、俺はそんな事してないぞ、うん、絶対に」


 リームから聞いた事を話した直後、親父は挙動不審になった。


「なあ、親父。もう一回聞くぞ」


 全く目が合わない親父に、俺は焦る気持ちを抑えてゆっくりと一言。


「やってないよな?」


 ギクゥッ、という音が親父から聞こえるようだ。目に見えてあたふたする親父の姿は明らかにトリックを暴かれた犯人のそれだ。


「あなた、仕方ないわ……」


 母さんが台所の方からやってきて、親父に声を掛けた。


「ついに話す時が来たか……」


 ▽


「それって……」

「ああ、そういう事だ」


 ミヤも呼んで話を聞いて、まずは安堵する。しかし、これが事実だと証明できないと意味がない。そんな俺たちの意を汲み取ったように親父は胸ポケットから何かを取り出した。


「メモリーカード?」

「そうだ、んで、コイツをだな……」


 言いながら親父は立ち上がると、俺の隣まで来て座る。そして、俺の肩まで袖を上げる。


「なんだよ」

「……こうするんだ。挿入インセルト


 親父はそのメモリーカードを俺の二の腕に突き刺した。予想外の痛みと衝撃が全身に襲いかかる。


「あがはぁっ! はぐっ!?」


 突然、ミヤに割り箸を咥えさせられた。


「頑張って!」

「歯を食いしばれっ!」

「もう少しよ!」

「ふぐぅーーーーっ!」


 数分後、メモリーカードは俺の腕に吸い込まれて消えた。俺は割り箸を放り投げて吠える。


「いきなり何すんだ! クソ親父!」

「すまん、説明不足だったな」

「そもそも説明してねえっ!」


 親父によれば、今のメモリーカードは親父の記憶から抽出した物で、それをそのまま俺に移植したらしい。


「後は、お前がこの二つの魔法を使えれば完璧だ」


 一つ目は想起レムエンブル:自分の持つ記憶の一つを指定して思い出す効果。二つ目は追体験イエクスペリエンセ:相手に何かを体験させることができる。

 つまり、この二つを組み合わせて自分の記憶を体験させようという事なのだが……。


「難しいのは二点。まずは正確に俺の記憶を探し当てること。次に相手の頭に魔法を必中させることだ」


 使う方はきっと問題ないが、狙いをつけられるかはまだわからない。それ以前に、俺の技量では、リームにその魔法を必中させられるとは思えない。


「だから、お前の親友の方を狙え」

「えっ!?」


 ニヤリと笑った親父の言葉に俺は驚いた。


「ショウでいいのか?」

「そっちのが勝ち目はあるだろ? それに、若い方が心は変えやすい」


 「まだ研修の途中だからな」と笑う親父の顔が悪役顔なのはなぜだろう。ともかく、俺が狙うのはリームではなくショウになった。



 ***

 挿入インセルト……

 対象に何かを取り込ませる、力関係によって強制できる。

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