1-29 おっぱい揉んどきゃいい


 何かが吹っ切れたその翌日から、俺は学校に通えるようになった。三日も休めば、周りのやつが声をかけてくる。


「連休で、はしゃぎすぎたんじゃねーか?」

「すごい痩せてるよ? ノロとか?」


 などなど。掛かる声は様々だが、どれも俺の身を案じてくれている事に変わりはない。その気持ちは嬉しいのだが、過剰な奴が1人。


「リュウッ! どうしたんだよ急に三日も休みやがって! 俺は寂しかったんだぞ!」

「わかったから。離れろ、うっとうしい」


 へばりついて離れない上本をなんとか振り払おうとする。


「ああっ、冷たくされるのも久しぶり! リュウ、やっぱり好きだ!」

「やめろっ、キモい!」

「んぁはあっ!」


 ただの連休明けのはずだが、上本のキモさが違う方向へグレードアップしている。周りの男子たちに引き剥がしてもらい、俺は参組に足を運ぶ。


「やっぱいないか……」


 いつも窓際にいた女子たちが全員、自分の席についている。そして、翔の席には誰も座っていない。ひとまず、あの集団にいた顔に声をかけてみる。彼女らによると、ショウは転校してしまったと言う。既にそういうことになっているらしい

 足早に参組から出ると、弍組から出てきたミヤとバッタリ出会う。


「どうだった?」

「転校した、らしい」

「そう」


 別になんでもない会話だが、その真意は事情を知る俺たちにしかわからない。それだけ話して、俺は壱組に戻る。


「リューウー!」

「まだやってんのか……」

「いや、冷めた」


 相変わらず調子のいいやつだ。ただのリュウ成分欠乏症だ、と先ほどまでの異常な行動をもう笑いに変えている。


「やっぱりお前、スポーツよりお笑いの方が向いてると思うぞ?」

「んなことねぇよ! スポーツにも笑顔は大切だろ!」


 顔を近づけ、わざと撥音を強くして唾を飛ばしてくる。


「わかった、わかったから」


 上本がスポーツマンであることに誇りを持っている事はわかった。だが、笑いにかける異常な執念のような物は未だにわからない。


「しかし、入学してすぐ転校なんて。ショウも大変だなぁ」

「本当にな」

「……なんか知ってんのか?」


 上本は妙なところで鼻が効く。勘というよりも、人の感情の機微に敏感といえる。俺は答える代わりに質問で返す。


「ところで、俺が休んでいた間に変わった事はなかったか?」

「んだよ、ところでって……。そういや、養護教諭が変わったぜ?」

「養護教諭……?」

「そうなんだよ。それも金髪で、巨乳のな……」


 上本の話は俺の耳には入らない。ある事に気づき、俺はハッとする。


「上本、一時間目は遅刻するって言っといてくれ!」

「え、おい! どこ行くんだよ!」

「保健室!」


 俺は階段を駆け下り、保健室のドアを勢いよく開ける。すると、中から怒号が飛んでくる。


「保健室では静かにっ!」


 その声は、以前聞いたことある声で。


「シャロさん?」

「あら、龍ちゃん」


 俺はサッと中に入り、近くの椅子に座ると、始業の鐘が鳴った。


「どうしたのよ。サボり?」

「違うんだ。でも、ちょうどいいや。大事な用があるんだ、聞いてくれる?」

「ええ」


 シャロさんは親父から神界で起きたことを聞いているはずだ。顔が真剣になる。俺は焦る気持ちを抑え、ゆっくりと聞いた。


「シャロさんは、前の養護教諭の人とは話した?」

「いいえ。ワタシがここに派遣されたのは昨日の事で、前任者とは全く関わってないわ」

「そう、ですか……」


 落胆を隠しきれない俺に、シャロさんは心配そうな顔をする。


「少し、前の養護教諭の顔がリームに似ていると思ったんだ。それに、こんなタイミングで辞めるなんて、何かあると思って……」

「そう……」


 シャロさんは少し考え込むような仕草の後でこう言った。


「あった」

「え、何が?」


 シャロさんは立ち上がり、並んだベッドの1つを探っている。俺の前に戻った彼女の手には、二つ折りの紙切れが一枚握られていた。


「これよ」

「それが……何?」


 シャロさんは俺にその紙切れを握らせると、カールさせた髪を指でクルクルといじる。


「その紙から、微量の魔力を感じたわ。龍ちゃんの予感は当たってたのよ」

「あ、ありがとう! シャロさん!」

「いいのよ。それに、その魔力が本当にリームのものかどうかはわからないし」


 シャロさんは大した事はしていないと言うが、これはかなりの収穫かもしれない。俺は希望を持ってその紙を開いた。


「これは……」


 それは、俺宛ての手紙だった。


[海崎龍くん。君がこの紙を見つけたということは、きっと僕の計画が上手く行ったということだろうね。それはさておき、僕から君に話しておかないといけない事がある。ここに連絡先を書いておくから、詳細はまた別の機会に話そう。それと、来るときは一人で。もし誰か連れてきたら、その人を殺す。気長に待ってるよ?]


 一読して、破いてしまいたい衝動に駆られるが、握りつぶすまでに踏みとどまった。


「その紙、かなり前から置いてあったみたいね。魔力の残り香が薄過ぎるわ」

「全部、計画通りだってことか……」


 その文章を読むだけで、リームの威圧感や血生臭いにおいが思い出され、俺の絶望と恐怖感を煽るようである。それと同時に、収まりきらない怒りも湧いてきた。全身が熱くなる。突然、腕を掴まれた。紙から顔を上げると、シャロさんと目が合う。そのまま、俺の手を自分の胸に持っていった。


「い、いきなり何をっ!?」

「落ち着きたいときはおっぱい揉んどきゃいいのよ」

「いや、おかしいって!」


 俺は慌てて手を引く。すると、シャロさんは座ったまま少し近づいて、俺の顔を両手で挟むと、口調を変えた。


「いいかしら、ボーイ。感情のままに動いていいのは人を救うときだけ。それ以外は考えて、いろんな人の力を借りて、答えを出すの。オーケー?」

「はい……」


 そうだ、感情で動いてはいけない。俺はそれをずっと続けてきたはずなのに。


「はい、暗い顔しない。それとも、またおっぱい揉む?」

「遠慮します!」


 俺はまた腕を掴まれる前に保健室を出た。振り返ると、「いつでも空いてるわよ」とシャロさんが自分の胸を指差しているのが見えて、苦笑することしかできなかった。


 ▽


 昼休み。一時間目をサボり、保健室へ行っていたことを知っている上本は食堂で俺にダル絡みをしていた。


「お前……保健室で何してたんだよ」

「ただの相談だって。何回言ったらわかるんだ?」

「相談だけで一時間も使うか? 普通」

「じゃあそれ以外に何があるんだよ」


 上本からすれば、それは愚問だった。もっと早めに流しておくべきだったと俺は思う。


「正直に言えよ…………?」

「ヤらんわ!」


 食堂ゆえに大きな声は出せない。それでも、最上級の呆れと怒りを込めた鋭いツッコミを入れた。


「お前、保健室の先生だぞ!? 見た目も完璧だし……。まさか、据え膳食わなかったのか!?」

「据えてねえよ! というか、この話はもうやめにしないか?」


 俺たち、どちらかと言えば上本のしょーもない怒声に反応した生徒たちが、少しずつこちらを気にし始めている。


「いいや、やめないね。俺はお前が説明責任を果たすまでずっと言い続けるぞ」

「はいはい、後でしっかり説明するから」


 俺は半ば強引に、この議論を中断させた。そして、


「ごめんな、ミヤ」

「ううん、別に」


 俺の横でずっと小さくなっていたミヤに謝ると、案外気にしない様子だった。


「シャロさんでしょ?」

「うん」


 ミヤにはある程度の事は伝わっている。だが、同じクラスの上本には全く伝わらないのはなぜなのか。はあっ、とため息をついても上本からの視線は変わらない。


 結局、上本の誤解は午後の授業が終わっても解ける事はなかった。


「説明できないっていうのも大変だね」

「まったくだ」


 帰り道、しつこい上本から逃げるように分かれ道まで走ってきた俺とミヤは、その事について話していた。

 シャロさんからは、親父に関係することはあまり言わないでと言われている。たしかに、あの職場がバレるとかなりまずい事になりそうだ。


「ところでミヤ」

「なに?」


 直接言うのは少し恥ずかしいが、意を決して言葉にする。


「この後、家に来ないか?」

「え……待って。リュウ……だよね?」


 こんな反応をされるのも仕方がない。つい先日あんな事があったのだ。


「心配するな、俺はリュウだよ。リームの事について、話す事があるんだ。だから……来てくれるか?」


 ミヤは一瞬悩むような素振りの後、笑顔で俺を見つめた。


「わかった。リュウの事信じるね」

「おう」


 また後で、と手を振り、向かいの家に入っていくミヤを見送り、俺も家に入った。


 ▽


「みんなに、聞いて欲しい事がある」


 海崎家のリビングに集まったのは、父、母、ジャック、そしてミヤの4人だ。俺は保健室で見つけた紙切れを見せながら、そこに書いてある事を報告した。


「そこで、俺一人で行こうと思うんだ」


 4人を見回すと、親父とジャックは揃ってあくびをして、母さんは「はあっ」とため息。ミヤの目は「ダメだ」と言うようだ。

 そして、ミヤが口を開こうとしたとき、意外な場所から声が聞こえた。


?」


 全員がソファの方に視線を送る。そこには、ソファの背もたれに顎を乗せる姉がいた。


「でも……!」

「ごめんね、ミヤビちゃん。コイツなりに考えた結果なんだよ。それに、父さんたちは黙認してるし」


 親父は膝の上にジャックを乗せて、いつのまにか2人ともビーフジャーキーをくわえている。やはり母さんはそれを呆れるように見つめると、次にミヤに目を移した。


「大丈夫よ、雅ちゃん。あの紙から、嘘は見えないわ」

「そう、ですか」


 さすがに神様に言われると、ミヤも頷くしかないらしい。


「でも、ちょっとでも怪我して帰ってきたら怒るからね」

「わかったよ。ありがとう」


 ミヤも認めてくれたようで、これで俺は一人でリームに会いに行くことができる。



 ミヤを家に帰し、親父たちが眠った後で少しだけ姉と話した。


「姉さん、さっきはありがとう」

「別に。弟が珍しくやる気出してたから、男にしてやろうと思っただけよ」

「はは、ありがとう……」


 時計は12時を回りそうだ。俺がリビングを出ようとすると、姉さんがまた声をかけてきた。


「ミヤビちゃん悲しませたらダメだからね」

「わかってるよ。おやすみ」

「いい夢見ろよ」


 暴力姉とはいえ、姉は姉である。長子というのは大変だなと思いながら、眠りについた。

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