1-27 帰還、そしてー②


 声を上げて泣いたのはいつぶりだろうか。心の底に溜まっていた何かを全て吐き出すように、リュウは泣いた。



 ーーどれほどの時間が経っただろうか。リュウは知らぬ間に眠ってしまっていたらしい。しかし、目を開いたリュウの周りに広がっているのは深い黒、闇という方が正しいかもしれない。いくら目を凝らしても、ミヤの姿はどこにも見えない。


 ……そうか、これは夢か。

 いつものあの夢に違いないと、俺はヤツを呼んだ。


「おい、シドー! いるなら早く出てこい!」


 しかし、何も聞こえない。やはり俺の周りに広がるのは「闇」ばかりである。何度も呼び続けるが、シドーの姿は一向に見えない。仕方なく諦めかけたその時、遠くで誰かの声が聞こえた。


「なんだよ、シドー。脅かすんじゃ……」


 俺はそこで息を飲んだ。目の前にいるのは確かにシドーである。しかし、そのシドーは俺がついさっき着ていた服を着て、その顔をミヤの胸に埋めていた。


「ミヤ……?」


 呟くと同時にガシャンという音がして、俺の周りは銀色の檻で囲まれた。


「お……おい! なんだよこれ!」


 檻の内の一本を掴むが、いくら力を入れてもビクともしない。


「それはナ、っていうんだヨ」


 聞き慣れた声が後ろから聞こえて、振り返ったが、そこには誰の姿もない。首を戻すと、シドーの姿がそこにあった。


「シドー! どういう事だよ!」

「リト。オマエはオレを少し舐めすぎてたヨ」


 シドーの紫の瞳には、何も着ていない俺の姿が写っていた。そして、俺に哀れみの視線を送るその左目には鈍い光が満ちていた。


「今、この体の主導権はオレダ。だから、オマエはそこで眺めててくれヨ」


 そう言うと、シドーの体は闇の中に消えて俺はまた一人になった。ただ、俺の左目の奥の方にはある映像が流れている。


[ちょっと! 待ってよリュウ!」

[別にいいダロ?]


 それは、俺の部屋でミヤが襲われている、というものだった。相手は俺だが、決して俺ではない。これは夢ではない、現実で起こっている事なのだと今更気付く。


「クソが……情けない」


 俺は今、「心の檻」とやらに閉じ込められていて、現実で俺の体を動かしているのはもう一人の俺であるシドーである。二心同体。その意味をしっかりと理解していなかったのは俺の落ち度だ。

 状況を整理すればするほど、自分の体の異常さに気付かされて、生きていくのが嫌になる。


「これから、俺はずっとここにいるのか……」


 とその時、左目の奥から俺の頭に悲痛な声が突き刺さった。


[アンタなんかリュウじゃない……! ねえ、戻ってきてよ!」


「!」


 俺はその言葉にハッとした。

 ……そうだ、ミヤは俺の事を必要としてくれていたんだ。俺がそれに応えなくてどうするんだ。

 気持ちは少し持ち直してきたが、体力的にはこの檻を開けるのは無理である。


「んむむむむむ…………」


 俺は考える。できるだけ時間をかけずに。今も左目の奥でミヤが襲われている。それを見るたびに俺の思考回路は加速していく。


「ゼーン!」


 閃くと同時に俺は叫び、右手を横に突き出した。すると、空間に歪みが生じて白銀の剣がそこに現れる。その柄を掴むと同時に、もう一度叫ぶ。


カイ!」


 右目に熱い何かが流れ込む感覚。俺は二回バックステップを入れ、その反動を使って前に思い切り飛び出した。


「てえりゃああああ!」


 ガキーン!という音とともに俺の体は元いた場所に弾き返された。


「いってえ……」


 目の力を付与したゼーンでもダメなのか。俺はまだ、ゼーンの打ち消しの力は使えない。しかし、それさえ使えれば、この檻も打ち消す事ができるはずなのだが……。


[力が……欲しいのですか……?]


 頭に声が響いた。


「誰だ?」

[……力が……欲しいのですね?]


 もう一度聞こえたそれは、とても優しく、美しく、暖かく全てを包み込んでくれるような、初めて聞く女性の声。その声が響くのは、剣を握る右手から。


「ゼーン?」

[そう、私はゼーン。この剣に宿りし聖竜、ゼーン。あなたは……力を欲しますか?]


 柔らかい声に、俺の焦りは落ち着いた。


「……そうだ、ゼーン。お前の力を俺に貸してくれ」

[わかりました。それでは、私のつかう勇敢な貴方と共に祝詞のりとを]


 右手から自然とゼーンが離れ、目の前に浮かぶ。そして、凛々しく美しい白竜の姿に。唱える言葉は互いの心から自然に紡がれた。


「聖なる者よ、悪しきを無に帰せ。聖なる心よ、悪しきを裁け。聖なる竜よ、悪しきを力に変え人に与え給えよ」


 唱えると、ゼーンは最後に咆哮した。それと同時に、右眼に今までよりも強い力が流れ込んでくるのを感じた。

 声の反響が終わる頃、ゼーンはその重みを変えて剣に戻ると、俺の右手の中に収まっていた。


「よし、行くぞ!」


 右手を大きく後ろに引き、全力で檻の反対側へ走り出す。


「うおおおおりゃあああ!」


 体を90度回転させて檻の一本へ横っ飛び。そして、引いていた右手を一気に前へと振り抜く。


[消失アーフェス!]


 ゼーンの魔力が剣を通して檻に伝わると、檻全体が泡のように消えていった。


「…………さてと。シドー! いるんだろ!」


 俺がそう叫ぶと、いつもの距離とは少し離れた場所にシドーは現れた。その左目は紫に怪しく輝き、俺の方を訝しげにじっと見ている。


「檻をブッ壊すヤツは初めて見たゼ……」

「まあな」


 シドーはすでに黒剣ーサナトスーを左手に持ち、その腹を右手に乗せたままゆっくりと近づいてくる。


「…………フッ!」

「うおっ!」


 急な突進に反応した俺はゼーンの腹でサナトスの突きを受け止めていた。お互いに一度離れ、また剣を交えると鍔迫り合いが始まり、顔とのわずかな距離を剣先で詰めていく。


「うらあぁあああ!」

「ハアアァアアア!」


 どちらの剣も届きそうで届かない。シドーの左眼の力に対抗して右眼の力を使えば使うほど、俺は消耗していく。均衡は一度も崩れることなく、お互いに消耗しきっていた。その時、二人の魂はリンクした。

 心の檻とやらを破壊したせいか、シドーの感情が俺の中に流れ込み、混ざり合う。自分がどちらかなど、わからなくなってしまった。


 俺の体だーーオレのカラダだ。

 それは俺じゃないーーそれもオマエだヨ。

 ミヤを助けるんだーーミヤビをヤるんダ。

 俺は俺だーーオレもオマエだヨ。

 渡せないーーわたさナイ。

 取り返すんだーーオレの物ダ。

 好きなんだーーオレも好きサ。

 隠さなきゃーーさらけだせヨ。

 抱きしめたいーーコロしたい。

 やめろーーコロす。

 やめろよーーコロすんだ。

 だめだーーダメだーーダメ?ーー殺す?ーーコロす?ーーコロすコろすころすころす殺す殺す殺す殺す殺す殺す、イヤだっーー



 目の前には、制服をはだけられて無防備になったミヤの姿があった。そこは、自宅のベッドの上。その目はじっと俺の目を見据えていて、


「リュウ?」


 そうか、戻ってきたのか……。戻ってこられたんだ。


「ミヤ、ごめんな」


 すると、ミヤの両目は一度大きく見開かれ、安堵の笑みを浮かべると、すぐにその口から声が漏れ出た。


「う」

「?」

「うわああああああ! リュウ〜〜〜〜! よがったよぉ〜〜〜〜!」


 突然、ミヤは俺に向かって体を起こし、抱きついてきた。


「わてっ、ちょっ! 待っ、て!」


 そのまま後ろに倒され、ミヤが上から被さるような形になる。


「だ、だってぇ。すんごく怖かったんだよぉ」


 それはそうだろう。普通の女子高生でも受けたことのないような暴行を、あの箱入りのミヤが受けそうになったのだから。


「はぁ……仕方ないな……」


 俺は甘んじてミヤの強張った体の重さを受け入れた。まだ少しだけ震えていて、俺は思わず左手をその頭に乗せた。


「……………………」


 俺もミヤも、しばらく何も言葉を交わさなかった。しかし、俺は重大な事に気がついた。……いろいろ当たっている!

 しかし、そんなことは俺の口から言うことはできない。ひとまず逃げの一手を打とうとしたその時。


「あのね、リュウ」

「ん?」

「安心しちゃってさ。その、腰が抜けちゃって……」

「ほう?」

「体が動きません」

「はあ!?」

「だから……もう少しこのままでいさせて?」

「……わかった」


 そういえば、落ち込んでいた俺はどこに行ったんだろう。そうだ、それもこれもミヤのおかげだ。仕方ない、今日ぐらいはミヤの好きにさせてやろう。


 このときはまだ、それ以上に重大な事に、抜け落ちた記憶があることに俺は気付いていなかった。


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