1-25 死神の歪笑


 セラとショウの魔法を浴びて初めて、ロードは動いた。


「ウオオオオオオオン!!!」


 突然の咆哮。今まで何も無かったために、俺たちは不意を突かれた。

 ショウとセラの手は離れ、ロードを眩く覆っていた白い光は魔法陣とともに消滅した。それを見守っていた俺やイオ様もその絶叫に体を丸めて耳を塞ぐ。


「オオオオオォォ……」


 咆哮が止まった。しかし、未だに耳鳴りがして頭が痛い。喉の奥の方がヒリヒリして、胃液が逆流しそうになっているのがわかる。ハッとして後ろを振り返るが、神王の体に異変は無いようだ。

 そこでホッとしたのも束の間、ロードの行動はそこで終わらない。先程の咆哮により、また周囲に現れていた通常サイズの死神がセラに向かって迫ってきていた。父の無事にホッとした顔のセラは、その事にまだ気付いていなかった。俺は叫んだ。


「セラ!」

「え?」


 セラが振り返った時には、死神の鎌がその頭上へと差し迫っていた。俺が思わず目を瞑ると、次に聞こえた音はギャリイイインという金属同士のぶつかる音だった。


 俺が目を開けると、死神の鎌とショウの槍とが交わっていた。


「逃げてんじゃねぇぞ! リュウ!」


 そう言いながら鎌をはじき返し、横に大きく槍を振るうと死神は霧散した。


「ごめん……」

「謝る暇があったら加勢しろ!」

「お、おう!」


 口調がいつもと違うショウに叱責を受け、俺はまた眼を開き、ゼーンを取り出してセラの前に出る。


「行くぞ、リュウ」

「ああ」


 俺たちは次々に現れる死神を屠り続けた。上から打ち下ろし、横薙ぎに払い、切り上げ、突き刺し、ついには剣の腹で叩き落とした。


 俺とショウのコンビネーションは何も考えずとも完璧に行われた。俺が前に出れば、後ろにはショウが必ずいる。後ろのショウが槍を振るえば、俺は跳んで避ける。


 次第に死神の数は減り、指で数えられるほどになった頃には、俺もショウも疲労がたまり、額には汗が浮かんでいた。


「はあああああ!」

「せあああああ!」


 残った二体を同時に突くと、死神の姿は消えて無くなる。俺とショウは振り返ると片手を挙げ、ハイタッチの音を議場に響かせた。ここまでの疲れからかショウがよろめき、俺が支えようとした、その時だった。


「ウオオン!」


 ロードが短く吠え、セラの目の前に姿を現した。さっきまでのは時間稼ぎか! 既にその大鎌はセラを捉えようとしている。


「くそっ!」


 動けないショウの代わりに俺は全力で飛び込んだ。

 ……もう絶対に、逃げない!


 振り下ろされる鎌の軌道の中間に、自分の剣を差し入れる。


「届けえええ!」


 瞬間、無いはずのロードの顔がフードの奥でニヤリといやらしい笑みを浮かべている気がした。


 ザクッ。


「が……は……あっ……!」


 俺の剣には何も当たらなかった。鎌が振り下ろされる角度には完全にあっている。ただ、ロードは鎌をのだ。俺の視界は、セラの腹から突き出す鎌の先と、背中から飛ぶ鮮血に覆われた。そう、ロード自身も囮。本命は死んだフリをして残っていた一体の死神。

 その死神は鎌を逆手に持ち、セラの背を腰からえぐるように突き刺していた。


「ああああああ!」


 倒れかけていたはずのショウが吠えながらそいつに槍を突き立てると、やはり同じように霧散した。さらにショウは固まった俺を押しのけると、ロードに飛びかかった。


「らああああああ!」


 槍を片手に持ち替えると、やり投げの容量で振り上げ、叫んだ。


絶対聖浄アブソルト・プリフィカーテ!!」


 その槍先がロードの体に吸い込まれると同時に、ロードの全身が白い光に包まれた。


「オオオオオオォォォ!」


 それが最後の咆哮だった。デスロードも他の死神と同じように、黒い霧となって消えていった。

 イオ様の空間分離が切れると、時間が止まってしまったような感覚に襲われる。デスロードが消えたのは喜ばしい事だ、しかし、俺たちが被ったダメージは非常に大きい。ショウに視線を移すと、その髪色は艶やかな銀色で、その姿に俺は見覚えがあった。


 ◆


通信シグナル


 彼はそう呟くと、相手から声が聞こえるのを待った。


「あー、もしもし?」


 そんな応答を聞いた途端に、彼の怒りは静かに放たれる。


「なんでだよ……」

「え?」


 その声を聞くと、彼の怒りの炎は真紅に燃えて、その銀髪を逆立てて爆発した。


「どうしてなんだよ! 約束と違うじゃ無いか!」

「約束って?」


 周りの人間が驚き、キョトンとしている。別にバレても構うもんか。


「セラ様だけは……セラ様だけには何もしないって!」

「僕は何もしていないよ? やったのは死神王デスロード、そうだろう?」

「……っ!」


 さらに相手は話を続ける。


「それに、今回のは僕よりも、リュウ君を責めるべきじゃあないのかい?」


 たしかに、そう言われてみればそうだ。彼の槍ならば確実に両方の鎌を処理できていたはずだ。そう考え始めると、憎悪と殺意が湧き始め、抑えられそうにない。

 リュウは睨みつけられると、後ずさって一歩体を引いた。


「これだから……。殺すっ!」

「まあ待ちなよ」


 リュウの方に飛びかかろうとした足は、兄の柔らかい声に止められた。


「たとえ下手でも、彼には聖竜剣ゼーンがあるんだ。迂闊に近づいちゃいけないよ」

「なら、どうすれば!」


 兄の声が少し自信ありげに聞こえる。


「なんのために僕が邪神剣サナトスを持っていると思ってるんだい?」

「!」


 彼は血を流し倒れたセラを優しく抱えると、彼に魔法、武術、学を与えてくれた者、そして、これまで親友のフリをして監視し続けてきた者に背を向けると、ゆっくりと歩き出した。

 目の前には、誰が唱えたでもなく、ゲートが現れる。その行先は暗く、一つの光も見えない。


「おい、待てよ!」


 彼はリュウの声にチラリと振り向き、歯をギリギリと噛みしめた。その目には怒りの涙が浮かび、迷いなく前だけを見ていた。


「待てよ、ショウ!」


 閉じていくゲートにリュウが手を伸ばしたが、止まったままの足は言うことを聞かず、その手は届かない。


 ……どうして、お前が!


 リュウの目に最後に映ったのは、以前に家を襲撃したその立ち姿と重なる、ショウ=カーム=スプレードの憎悪に満ちた背中であった。



***

通信シグナル……

イメージした相手と離れた場所から会話ができる。通信結晶(青い三角錐)の普及からあまり使われなくなった。

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