1-24 イオの実験


「デスロード……」


 俺は誰かがそう呟くのを聞いた。


「ウオオオオオオン!!!」


 デスロードが吠えた。その顔は無いが、頭には直接声が響いた。その周囲には、俺たちが倒してきたのと同じ死神達が次々と現れていく。

 デスロードの出現に戸惑う者が多い中で、イオ様の反応は早かった。


空間分離スパーセ・セグレガティオン!」


 素早く術式を唱えると、前に突き出した杖の先から光が溢れて、部屋全体を包み込んだ。

 次の瞬間、俺たちは今までに感じたことのない力で地面に押し付けられた。周りの死神は地につき、あのデスロードでさえも、空中に浮かぶ事が精一杯に見える。


[みんな、もう少しだけ我慢してね]


 突然、頭に語りかけるようにイオ様の声が聞こえた。その声がしてから数秒後、その下向きの力は消えて俺たちはゆっくりと立ち上がった。その時には周りの死神は消え、ロードだけになっていた。


「イオ、何をしたの?」


 レイラさんが聞くと、イオ様はロードから目を離さずに早口で答えた。


「この空間を世界から隔離した。今ならどれだけ暴れても大丈夫だよ」

「そういうこと……」


 イオ様の言葉を聞くと、レイラさんは握った拳からパキパキと音を鳴らし、ニタァッと笑顔を浮かべた。

 側から見ていると、イオ様の魔法はまったくもって意味がわからないし、レイラさんは怒りが治らないのだろう。完全に悪人顔で、その様子からはヤのつく職業が伺える。


「レイラ、まずは様子を見よう」

「あいあい、わかってるよ」


 レイラさんが先走りそうになるのを、事前に止めるイオ様は、先ほどまでと別人のようだ。これが五神たる所以か、イオ様からは今までと違う張り詰めた気を感じる。


 俺たちは身構えつつ、ロードの動向を見る。相変わらず、空中でゆらゆらと揺れているだけで、攻撃するようなそぶりは何一つ見せていない。


「ねえ、やっぱり行っちゃダメ?」


 レイラさんはボクサー的な小ジャンプをずっと続けていて、たまに前に出ようとするのだが、イオ様に制止される。そして、その次にイオ様が切ったカードは俺を驚かせるもので、


「よし、それじゃあリュウくん。眼を使ってくれ」

「うぇっ?」


 イオ様の策に俺が組み込まれているとは、全く予想をしていなかった。しかし、言われたからにはやらなければ。


カイ!」


 その瞬間に、俺の体が軽くなったのを感じる。そして、イオ様をもう一度見る。


「で、どうすればいいんですか?」


 ここで、イオ様はその体格を活かした天使スマイル。


「ちょっと殴ってきてくれる?」

「わかりま……はぁ!? 何言ってるんですか! 死にますよ!」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ」


 この人はシリアスを知らないのか? 俺の抗議は真っ直ぐにイオ様の右耳から左耳へ抜けていったようだ。一度でもこの人がちゃんとした人だと思った俺がバカだった。

 仕方なく前を向くと、目の前で怪しげに揺れる黒いマントとギラギラ光る大鎌が、俺を捉えたような気がした。


「リュウくーん、自分の目を信じるんだー」


 イオ様の間の抜けた応援が俺を少し萎えさせる。


「あー、もう!」


 やけくそである。思い切って正面から突っ込もうとした。しかし、謎の威圧感に三歩目で俺の足は鉛のように重くなり、そこから先へ足が上がらない。即座に回れ右、そしてそのまま急バック。


「無理無理無理無理!」


 三歩でこれなのだ。これ以上進めば俺の精神がどうなるのかわからない。リームに逃げられ、悔しいとは思うのだが、こればかりはどうしようもない。


「はあ、仕方ないなぁ」


 イオ様たちの元に戻ってすぐ、ため息をつきながらイオ様はそう言った。そして、気づけばレイラさんに後ろ手で拘束されていた。


「は?」

召喚サモン大砲カノン


 イオ様がそう言うと、俺の目の前にはちょうど人が一人入れそうな大きさの大砲。俺は顔だけを出した状態でその中に突っ込まれる。


「はい、じゃあ行くよー」

「ちょっと待ってください?」


 イオ様が大砲の照準をデスロードに定めると、俺の声も聞かずにカウントを始める。


「3、2、1……」

「話を聞けーー!」

「ゴーッ!」

「うぁあああぁあぁあああ!」


 俺はロードに向かって放たれた。あまりの速さに目をつぶりそうになるがそうもいかない。


「あれ? レイラ、彼の手は?」

「あっ、ごめん。ー」


 ……うおおおい! それものすごい重大ミスだよね!


 そんなことを考える間も、俺は真っ直ぐに死へと近づいていく。もうすでに黒いローブが眼前にある。

 ……終わった。そう思って目をつぶり歯を食いしばった。直後。


 ズン、という衝撃が頭から全身に突き抜け、俺は何かに押し戻されるように跳ね返って尻餅をついた。


「てっ!」


 目の前のロードは動かない。俺は訳がわからないまま、本能的に後ろへと全力で退いた。


「いやー、見事な頭突きだったよ」


 イオ様が手をパチパチと叩きながら俺を迎え入れる。


「死ぬかと思いましたよ! なんなんですか、本当に!」

「すまないね、これは実験なんだよ」


 どうやら、イオ様はあのロードを使って人体実験をするらしい。


「ちゃんと倒そうとしてください!」

「大丈夫だよ、神王とシューゴの治療はしてるから」


 後ろを見ると、シーナさんとマリ姉、そしてセラが二人の治療を始めている。


「リームさんはどうするんですか!」


 叫ぶように言うと、イオ様は少し考えて結論を出した。


「……確かにそうだな。早く倒してしまおう」


 忘れていたのか!? あんな事があったのに!? もう一度ちゃんとした作戦会議をする。


「リームが掛けていった魔法の通り、ヤツに飛び道具は効かない。だから、レイラとリュウが接近戦で倒すしかない」

「よしっ」

「結局、俺もなんですね……」


 少し憂鬱になる俺と、対照的にやる気のレイラさんは、イオ様から作戦を聞くと、ロードを見据えて並び立った。


「行くよ」

「はい」


 確認を交わすと、二人ともロードに向かって走り込む。そしてまた、使ったことの無い魔法を使う。


同調トゥーネ


 俺がそう呟くと、俺の足はレイラさんと同じスピードで回り出す。さらには、ロードの手前で止まるタイミングも狂いなく、そのままレイラさんの左、俺の右の拳が同時に打ち出された。


「ハッ!」「セアッ!」


 完璧に腹に入った。しかし、ロードは全く動じず、攻撃の気配すらも無い。俺たちは一旦退いて、もう一度イオ様と話をする。


「ねえ、効いてないんだけど?」

「うーん、どうすればいいんだろうね?」


 打撃が効かないとすると、次は斬撃、刺突だろうかと俺が考えていると、イオ様からは別の案が浮上する。


「飛び道具がダメなだけで、普通の魔法は効くんだよね?」


 なるほど。何か、そういう魔法でもあれば……そこで、俺の頭はフル回転した。


purificateピューリフィケイト!」


 思い出して、つい叫んでしまった。イオ様もレイラさんも俺を訝しげな表情で見ている。


「浄化の魔法です! ……多分」


 俺がそう言うと、二人とも顔が明るくなる。


「よし、それならを呼ぼう」


 レイラさんは議場の奥で治療をしていたセラと、暇そうに突っ立っていたショウを連れてきた。


「私、頑張ります」

「仕方ないですね」


 二人はロードの前に立つと、お互いの手をぴったりと合わせてそのフードを見据えると、もう片方の手を前に突き出して叫んだ。


「「大いなる聖浄グレアト・プリフィカーテ!」」


 すると、ロードの頭上に魔法陣が現れ、そこから白く眩い光が注がれた。



***

空間分離スパーセ・セグレガティオン……

別空間へ対象を移動する。対象の大きさは使用者の魔力量に比例する。


同調トゥーネ……

使用者と対象の動きを同期させる。人と人の場合は左右対称になる。


聖浄プリフィカーテ……

アンデッド、死神などを浄化する。聖属性。

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