1-22 防衛、反逆


 ◇一班の場合


 王城の地下、大広間の真下に兵士たちの訓練場がある。王城を守る一班の内、神王、レイラ、将軍アリノの三人がここに固まっている。ちなみにショウは、王城全体を遊撃的に巡回している。

 なぜここにいるのか、というと、


「いやはや、ここまであからさまに反応を残されるとな……」


 いつも着ている分厚い服ではなく、軽い皮の鎧に身を包み、ゆうに1mは超える長剣を背負った神王アルバートは、そんな事を言いながら頭をポリポリと掻いた。


「罠かもしれませんね」


 そう言うのは、偽神ぎしんレイラである。いつもと同じ色のローブだが袖は無く、さらに脚の方にはスリットが入っている。しかし、それを聞いたアリノがガッハッハと豪快な笑い声を上げる。


「これはリーム殿の過失でしょう。誰が罠を仕掛けるというんです? レイラ殿」

「それもそうですわね、ウフフフ」


 この時、レイラの腹の中は大変な事になっていた。


 ……何も知らねえくせに、この脳筋の猿が。偉っそうに知ったような口ききやがって。違う時空にでも飛ばしてやろうか。


 ちなみに神王には、自然に心の声が聞こえているわけで、


「おー、怖」


 なんて呟いてしまうのを、レイラは耳ざとく拾って神王の方へ振り向く。


「なにか?」


 口角を最大まで上げた笑顔。しかしその目は笑っていない。これこそが、最も恐れるべき表情だと神王は知っている。


「いや、何も無いぞ」

「そうですか」


 簡単に言葉を交わすと、神王はブルッと体を震わせて、この会話は収束する。しかし、無神経な人間が一人。


「何ですか、お二人でヒソヒソと。私は寂しいですよ」


 そう言って近づいて来るのを見て、神王はレイラの苛立ちが限界に達したのを感じた。


「ーーっ」


 レイラが何か言おうとしたその瞬間、神王の手元にあった青い三角錐が光り出した。三人は打って変わって真剣な表情になり、その通信機に顔を近づけた。


[えー、こちらカーム。二階の五番客間から魔法陣の気配を捕捉。そちらは大丈夫ですか]

「ああ、問題無いぞ」


 返答は簡潔に済ませておく。カームの能力は、兄のリームに負けず劣らず、だからセラの執事として近くに置いている。


[それでは、撃墜に向かいますので、そちらもお気をつけて]

「わかった」


 通信機の青い光が消えた、と思うと、また光が戻り、カームと似ているが少し低い声が聞こえる。


[みなさん、準備はいいですか。僕の方はもう限界です]


 これはリームの声だ。死神を抑えていた魔力があと数秒で尽きるらしい。


「構わん、いつでも来い」

[準備オッケーです]


 やはりカイザーの息子は堂々としているな。二班ともに応えると、すぐにリームの苦しそうな声が返ってくる。


[それでは、三秒後に解放します。三、二、一]


 神王は背負っていた鋼の鞘から長剣を抜き、自分の前に突き立てた。アリノも腰の刀を抜き、大上段に構えて神王の右に立つ。レイラは両手に黒い革手袋をはめ、神王の左に立った。


[ゼロ]


 数十個の魔法陣から、死神たちのおぞましい姿が現れる。全ての魔法陣が消滅し、死神たちが殺戮を開始しようとしたその瞬間。


封印網セアルネット!」


 神王の声が響くと、その突き立てた剣から光の筋が稽古場全体に伸びる。その筋は二十体以上の死神を絡め取るように捕らえ、そのまま連れて消滅してしまった。ここで神王は、大技の反動で硬直状態に入る。


 しかし、残ったのは二体のみ。彼らは、仲間を消された怒りなのか、それとも自分の仕事を全うしようとしているのかはわからないが、隙ができた神王へ鎌を振り上げ、猛スピードで近づいてきた。


 そこにレイラとアリノが割って入り、死神を二手に分断して神王から引き離した。


 死神たちが距離を取った隙に、レイラは左手親指を自分の胸につけ、そして叫ぶように唱える。


身体強化ストレングヘン!」


 すると、レイラの全身が淡く発光する。右手を握りしめ、右半身を後ろに引いてタメを作り、再度向かって来る死神の顔らしき所に狙いを合わせる。そして、間合いに入ったところを


「セイッ!」


 ゴシャッという鈍い音がし、死神はその場に崩れ落ちて、すぐに消滅してしまった。


 アリノの方は鎌と刀での打ち合いを繰り返していた。しかし、それももうすぐ終わりを迎える。

 アリノの刀が光を帯び始めると、その速度が死神の鎌の速度を明らかに上回り始めた。


「うらららららら!」


 彼の刀はついに死神の鎌を弾き、スピードはそのままに、死神の本体をめった斬りにした。


「ふうー。神王、もういませんか?」

「お怪我はありませんか?」


 神王は、心強い部下を持ったことを嬉しく思い、大きく頷いた。


「うむ。大丈夫だ」



 一方、城内を駆け回るカームの姿があった。ときどき、片手に握った長槍の石突を時折床に打ち立てて死神の居場所を確認しては、「位変モヴィング」で移動する。そして、光または聖属性系の攻撃で葬るといったカームにとっての単純作業を繰り返していた。


「はあ、疲れた。まだかな、兄さんは……」



 ◇二班の場合


 彼らはリームの助言により、神殿の外にいた。リームが魔力の限界を迎え、倒れこもうとしたのをシューゴが支え、リームの体を近くの柱に預けさせる。


「ありがとうございます……」

「あんまし喋んなや。今は力溜めとくべきやで?」


 シューゴがそう言い切らない内に、リームは目を閉じて少しの眠りについた。

 その時、スプレード神殿の中から、解放された数十体の死神が飛び上がっていくのを、シューゴは見た。


「よっしゃ。師団長さん、頼むで!」

「了解です」


 シューゴは自分を鼓舞するように、腕を回しながら何度も何度もジャンプを繰り返す。その高さは徐々に上がっていき、死神たちと同じ高さに来ると、


「おおおおおおおおーーーー!」


 その叫び声は空気を震わせ、大地を揺るがし、周囲を飛ぶ死神たちの注目を集め、一瞬の隙を作った。


付与身体強化ストレングヘン付与高速化スペードウプ


 間髪入れずに師団長マルクがシューゴに強化魔法をかける。するとシューゴの体は淡い光に包まれた。次の瞬間、


「よいしょお!」


 シューゴは近くの死神のフード部分を右手でひっかけ、そのまま急降下して地面に叩きつけた。

 ゴゴォンという音がして、また地面が揺れ、砂埃と共に死神が霧散した。


 仲間の一体が倒されたからか、標的を見つけたからか、他の死神たちは急降下して、シューゴに向かって猛突進してくる。だが、その事をシューゴは完全に読んでいた。

 死神たちが向かってくるほんの数秒の間に、打ち合わせ通りマルクが強化魔法を重ね掛けする。そして、向かってきていた残りの死神全てが自分の間合いに入ったその瞬間、


獄炎球ヘルフィレ・スペレ


 唱えると、シューゴを中心とした半径5mほどの半球が完成する。その半球は、向かってきた死神たちを飲み込むと、中で黒い炎の渦を構成し、一瞬にして死神たちの姿を消し去ってしまった。


「よし、終わった。マルク、行くで……?」


 シューゴはその場から立ち上がると、マルクのいた方に振り向いた。

 しかし、すぐそこにいたはずの彼の姿がどこにも無い。その代わりに、下の芝生が赤黒く染まっている。


「まさか……!」


 シューゴがある事に気付いた。それは想定される事態であったが、逆に今は、最も想定の範囲外の事態であった。そう、リームがいないのだ。

 そして、シューゴがそのことに気づくのに、コンマ数秒もかからなかった。ただ、シューゴは考えてしまった。一瞬でも隙を作ってしまったのだ。


「ゴホッ! ……ん?」


 突然の嘔吐感にてを口元まで持っていく。咳き込んだその手を見ると、さっき見た芝生と同じ赤に染まっている。さらに腹部の方にも違和感を感じる。その違和感の正体を見極めるべく目線を下に向けると、自分の腹には拳一個分は入りそうな穴がポッカリと空き、そこから大量の血が流れ出していた。


 それを見た途端、体中の力が抜けて、シューゴは仰向けに倒れこんだ。そして、その顔を覗き込むように現職の邪神が現れる。


「リ……ム……」

「いやー、危なかったですよ。シューゴさんったら速攻で死神倒しちゃうんだもん。どのタイミングで殺そうか迷っちゃいました」


 普段の業務連絡だけしかしないリームが、ここまで饒舌になるのは、シューゴも初めて見た。


「楽しそう……やな」

「そりゃあそうですよ。僕らの手でこの世界を作り変えるんですから……ふふ、あははははははは!」


 この時、シューゴの思考は自身の蘇生ではなく、リームの更生の方向へ働いた。


「や……め…………け」


 しかしすでに呂律が回らない。シューゴの命は今、どうにかしてリームを止めなければいけない、という信念で動いている。


「はぁ……」


 そんなシューゴの姿にリームはため息を漏らした。ただでさえ無駄が嫌いなリームだ。目の前の光景はあまりにも無様で、無価値で、無意味な事にしか見えない。


 リームはシューゴの体を両脚で挟むように仁王立ちすると、左手に握っていた歪な形状の剣を逆手に持ち替え、思い切り振り上げた。


「そ……れ……!」


 シューゴはその剣に見覚えがあった。先の大戦を一振りで終わらせたその剣が、血眼になって探したその剣が今、シューゴの命を削り取ろうとしている。


「さようなら」


 血に飢えたようにギラギラと光るその切っ先が、勢いよくシューゴの胸に飛び込み、その命を喰らった。


「……さて、弟クンは上手くやってるかな? ふふふふ……」


 こうして、邪神リーム=スプレードは、反逆者リーム=スプレードへと堕ちた。



***

封印網セアルネット……

光の網を展開して、対象を別次元に捕縛する。使用者は発動後に3秒弱硬直する。


身体強化ストレングヘン……

対象の元の身体能力を倍増させる。使用者の魔力量により、強化レベルは増減する。


位変モヴィング……

短い距離を高速移動する。効果範囲は最大100mほど。


高速化スペードウプ……

対象の行動を通常の倍速にする。使用者の魔力量により、速度レベルは増減する。


獄炎球ヘルフィレ・スペレ……

使用者を中心とした球を形成し、向かってきた害意ある相手を黒炎で焼き尽くす。その半径は、使用者の魔力量によって増減する。

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