1-18 シューゴ=ウィント


 ワイバーンの背中は横幅が非常に狭く、骨張ってゴツゴツとした印象を受ける。しかし、一度乗ってしまえば、そのフィット感に驚き、愛用する人が増えるらしい。しかし、サルマ領の暑さの前ではワイバーンの翼は無力だという。


 ビュオオオオという風を切る音が耳に響いている。だが、自身に向かってくる風は爽やかで心地よい強さである。どうやらワイバーン自身が結界を張ってくれているようだ。よくしつけされているのだなと思う。だが、


「へくしっ!」


 俺たちは今、肌寒い夜の神界を北に向かって飛んでいる。どうやらワイバーンの力では、温度までは調節できないようだ。


「ふあああああ、ねむ……」


 いつもならば、今頃は熟睡している頃だろう。しかし、俺が寝てしまうと、今に関しては俺一人の問題では済まない。


「むにゃ……すう……」「……すう……ふふ」


 後ろの二人は俺の力で支えられながら、寝息を立てている。

 ミヤの方は俺にしがみ付いているので問題無いのだが、セラの方は手が届かないため、仕方なくマカを使う羽目になっている。当てずっぽうで「固定フィクス」と言ってみるとこれが大当たり。セラの体をワイバーンの背中に固定することができている。マカの扱いにはだいぶ慣れてきたのを実感するが、今回は容量の問題だ。いつまで持つのか全くわからな……い……。

 意識が少しだけ遠のいて、セラの体が少しだけ右方向に傾いた。


「うおっとぉ! 危ない危ない……。よし、何も考えない事にしよう」


 しかし、そう思ってしまうと意識は必ず身体に向いてしまうものだ。

 肩甲骨辺りに無防備な柔らかい感触が……。


「何を考えてるんだ俺は……。無心、無心……」


 結局この夜、リュウは一睡もせず、さらに魔力が尽きる事は無く、セラを無事に神殿へと送り届けることができた。また、リュウが眠らなかったのには、ミヤの身を呈したアシストもあったからだろう。

 ミヤビ本人はつゆ知らず、俺の背中にはその感触が一日残っていた。


 ▽


「うおお……生きてた、良かった……」


 ワイバーンがウィント領の神殿前に着陸すると、俺は安堵の声を漏らした。マカを継続して使っていたせいなのか、ワイバーンから降りるのにも一苦労だ。


「よいしょっ、と。ふう……」


 一度降りてから、ミヤとセラを起こす。


「ミヤ、セラ。着いたよ」


 声を掛けると、先に起きたのはミヤだ。


「ん……ふあああ。おはよー、リュウ。そんでもってお休みー」

「おいおいおい! そんなとこで二度寝されても困るんだが!?」


 ミヤはワイバーンの背中に顔面から倒れようとする。どことなくワイバーンの顔も困っているように見える。


「えー、別にいーじゃーん」

「それなら、置いていくからな。そんなに寝たきゃ勝手にしてくれ」


 俺が突き放すように言うと、ミヤはサッと起き上がり、


「うー、わかったー」


 寝ぼけたまま、ワイバーンから飛び降りる。


「うおっ!?」


 そんな様子のミヤが飛んだものだから、俺は慌てて飛びついた。しかし、ミヤは寝ぼけているにもかかわらず、俺を飛び越えて100点満点の着地を見せた。


「リュウ変だねー、泥んこだ」

「誰のせいだよ……」


 雨が降っていたわけでもないのに、地面がぬかるんでいた。ミヤもまだ寝ぼけているらしく、ふらふらっと俺の方に歩いてくると、今度は顔を両手で挟むように捕まえられた。


「今度は何だ……」


 もう疲れたので、好きにさせてやろうと思った。


「はいはい…………は?」


 ……ほう、チューとな?


「いやいやいやいやいや、待て! それはおかしいぞ、おい待ってくれ! 待って下さい!」

「ダメ…………?」


 俺の願いは、その言葉と上目遣いで打ち消されてしまう。俺は1つ前の時点で選択肢を間違えたらしい。ミヤの顔が近づき、女子特有の香りが髪から漂ってくる。


「……っ!」

 もうどうにでもなれっ!


「なんてね♪」

「は?」


 意を決し、目をつぶっていた俺にかけられたのはそんな言葉。目を開けてみると、鼻と鼻がつきそうなぐらいの距離にミヤがいる。


「期待した?」

「……そんなもんするか」


 俺がそう言うと、ミヤはフフッと笑い、俺に背を向け、一度伸びをする。


「んーーーーっ、よく寝た!」


 先程までの事がまるで夢だったかのように振る舞うミヤを尻目に、俺はセラを起こしに向かう。

 セラの寝起きはとても爽やかで、ミヤのように何か仕掛けてくることも無かった。


 ◇


 リュウに背を向け、伸びをした後で、ミヤビは先程までの自分の行動を思い出していた。


「チューする? ダメ……?」


 夢と現実がまだはっきりとしない時に自分が吐いたセリフである。

 ミヤビの顔は火を吹きそうなほどに赤く染まり、思わずうずくまる格好をとってしまう。


「あたしが止めなかったら…………フンッ!」


 そんな風に余計なことを考えてしまい、今度はその恥ずかしさを地面に打ち付ける。

 ズシン、という重たい音が頭に響く。だが、こうでもしないと今日はリュウの目をまともに見られない気がする。


「いったぁ……」


 そのままうつ伏せに寝転がる。でも、最後のリュウの顔は、ちょっとだけ可愛かったかも……。


 またそんな事を考えて、今度は顔をブンブンと横に振る。


「おい、どうしたんだ、ミヤ?」

「ふえっ!?」


 声の方を見ると、寝起きの割には普通のセラと件の幼馴染が立っていた。


「……何やってるんだ?」

「ちょっと天然の泥パックを」


 素早く立ち上がりながら出た言い訳だが、さすがに苦しすぎる。


「あ、ああ、そうか。なら良かった」


 リュウも引き気味だ。しかし、


「なんか困ってるなら相談してくれよ? 俺もあんまり隠し事したくないし」


 これは、小田くんの時の事もあってのことだろう。こういったリュウの小さな優しさに、ミヤビは惹かれているのだと思う。


「ありがと、リュウ」

「そんな礼言われるほどのことじゃないだろ。それに、お前が静かなのは……なんか気持ち悪い」

「ちょっ、何よそれ! セラはそんなこと思ってないよね!?」

「えっ、えーと、私は、その……あの……」


 突然のフリにセラが言い淀むと、ミヤビは慌てて待ったをかける。


「わかったから! そんなに頑張って言おうとしないで……」


 そしてリュウの方に向き直り、冗談めかして言う。


「君の胸で泣かせてくれる?」

「胸なら俺より……」


 リュウの目線がチラッと右側に行く。それに吊られてミヤビも視線を移すと、そこいるのはもちろんセラである。セラがハッとして体に腕を回すのを見ると、もう一度目線をリュウに戻し、ミヤビは最上の笑顔を向ける。


「……ミヤビさん、今のはアウトですか?」

「アウトですっ」

「痛でででででで!」


 ローファーのかかとでリュウの足先を踏みつけると、すぐに離れてセラの胸に飛び込む。


「セラ、行こ?」

「はい、そうしましょう」


 ミヤビとセラは、痛がるリュウを置いて仲良く神殿へと向かっていった。



「本当にここなのか……?」


 俺は目の前の光景に呆気にとられてしまっている。

 日が出てきて、視界がはっきりとしてきたので、先程まで神殿を探していたのだが、神殿らしき建物はどこにも無い。その代わりに、セラの示した座標に存在するのは、昭和のレトロな雰囲気が漂う一軒家である。

 入り口は片引き戸で、その横にはカメラ付きのインターホンと「神殿」と書かれた表札が付けられている。


「とりあえず押してみるか」


 そして、インターホンを押してみると、ピンポーンという音が鳴った。よく見るとカメラが付いており、意外にも新しい。


[どちらさんですか?]


 急にインターホンから男の声が聞こえたので俺はそれに応答する。


「あの、俺はリュウといいます。それで、」

[なんや、ガキか。目上の人を相手に“俺”とはなかなか肝が据わっとるやないか]


 俺の言葉を途中で遮り、嫌味ったらしくそんな事を言われる。仕方ない、選手交代だ。


「突然押しかけてすみません、あたしはミヤビといいます」

[おおっ、べっぴんさんやな。別にもっと砕けてもええで]

「は、はあ」


 俺の時とはかなり対応に差がある。しかし、これはチャンスだ。


「それで、教えていただきたいことがあるんですけど」

[ええで、オッチャンがなんでも教えたる。何が知りたいんや? 自主規制ピーーーか? それとも自主規制バキューンか? それとも……」

「ぬんっ!」

 バキッ。

「おぉーー」


 相手の次の言葉が聞こえる前に、ノーモーションからミヤの正拳突きが放たれ、インターホンを完全に捉えて粉砕してしまった。

 俺が感嘆の声を漏らし、拍手する中でミヤの顔は羞恥に染まり、セラはポカンとしている。


「あたし、別に悪いことしてないよね?」


 俺もセラも首を大きく縦に振る。突然、放送禁止用語を連発されたのだ。ミヤの怒りも仕方がない。

 しかし、これでは神殿に入ることができなくなってしまった。さて、どうしようかと思ったのもつかの間、セラが一歩前に出た。そして、大きく息を吸い込む。


「シューゴさん! 悪ふざけはほどほどにして下さい!」


 その透き通るような声は、ボリュームを上げても澄んだまま、真っ直ぐに前に飛んだ。

 すると、目の前の戸がガラガラ、と懐かしい音で開き、恰幅のいい男が現れた。


「ありゃ? セラ様やないですか。どないされましたか?」

「私達を中に入れなさい」

「なんや、それならもっと早く言うてくれたら良かったのに」


 アンタがこっちに一言も喋らせなかったんだろうが……。

 一瞬、声に出てしまうところだったが、心の中に留めておく。


「お邪魔しまーす」


 入ってみれば、すぐそこには三和土たたきと下駄箱。さらにその上には片目の無いダルマが乗っかっている。奥に行くと、居間の床は畳で、真ん中にはコタツ付きのちゃぶ台、そしてそこにはミカンと煎餅、という冬のセットがある。そんな中で、木製のテレビ台に乗った薄型4Kテレビが異彩を放っている。


「ま、くつろいでや」


 多分こんな環境で剣の話はできないだろうと思って断ろうとしたが、先にミヤが動いた。


「やったー! ぬくぬくだー!」


 そう言ってコタツに入ってしまった。


「あー、あったかーい……」

「わ、私もちょっと……」


 セラまでもが、ウィント領の寒さのせいか、コタツの魔力には逆らえないようだ。

 さっきまでの態度からして、きっと俺は入れてもらえないだろう、というか入っちゃダメだ。

 しかし、そんな俺の意志を打ち砕くかのように、シューゴさんは俺を手招きして言う。


「ほら、そこの少年も入りや。凍え死んでまうで?」

「……はい」


 やはりコタツの魔力には逆らえない。俺はコタツに入る。どこの神殿に行っても神様たちはフレンドリーだ。たまに行き過ぎている気もするが……。

 そういえば、俺はまだ寝ていなかったと今更思い出す。思い出すと急に眠気が襲って、コタツの温もりも相まって、ゆっくりと頭を机につけた。


 ▽


「……ん、はああ……」


 やはり眠ってしまったらしい。まあ、一晩寝ていないのだから仕方あるまい。

 まだ覚めきっていない目を擦りながら、一度外を見てみよう、と窓の方を見る。すると、その窓からは柔らかな白い光が差し込んでいた。その事に俺は驚嘆する。


「丸一日寝てたのか……」


 さすがに、一晩寝なかったからといって、一日を寝過ごす、ということは容易にできることではない。そしてここで、俺は日数を数えてしまった。


「昨日ここに着いて、一昨日はレイラさんとこで、その前の日はイオ様のとこで、その前の日はイオ様のとこで寝てて、その前の日が邪神…………!」


 俺は記憶の片隅に置いてあったカレンダーを引っ張り出す。


 ……確か、連休は四日間だったはずだ。神界の時間が日本と同じなら、今はもう月曜日。


「おい! ミヤ、起きろ!」

「……んにゃー? なんで起こすのよー、今いいトコだったのにー」


 寝ぼけているが、昨日よりはマシだ。


「人間界はもう月曜日だぞ! 無断欠席だ!」

「あーー、ダイジョブだって、あるから」

「へ?」


 ……初耳だ。そんな事、誰も教えてくれていない。いや、待て。よく考えたら、夜に家を出たのに、王都は日が出ていた。


「その時差はどれくらいなんだ?」

「えーっと、時差っていうかね……進むスピードが違うんだよ、海崎くん」


 突然、ミヤが先生モードになるので、俺の寝起きテンションはそれについていけない。


「で、どれくらい違うんだ?」

「えーっとねー、一日が……」

「人間界でいう36時間です」

「うおっ、セラ!? 起きてたのか?」

「今起きました……ふああああ」


 ということは、こっちでは人間界と比べて1.5倍のスピードで時間が進んでいるという事になる……多分。


 だから母さんの見た目は年齢とあっていないのかと、母の若さに納得したところで再度時間を数え直すと、


「日曜日か……ふう」


 俺はほっとして、胸をなでおろす。しかし、今日中になんとかしないといけない事がわかってしまった。


「シューゴさん! シューゴさん!」

「ん? なんや? どうしたんや、若者よ」

「起きてた!?」


 俺が叫ぶと、シューゴさんは両手の人差し指を俺に向けて、


「ガキにしては、なかなかええツッコミやないか」


 なんて言う。古臭いポーズだなとツッコミそうになったが、俺たちにはそんな時間は無い。


「シューゴさん、単刀直入に言います。サナトスの場所、知ってますか?」

「ん? なんでそんな事聞くんや? ははーん、さてはリームのヤツ、失くしよったな?」


 それを聞いて、俺が一度だけ頷くと、シューゴさんは少し真剣な顔になった。


「なんや、ネタやないんか。それやったら大問題やがな! あ、ワイは知らんで?」

「いえ、ありがとうございます」


 今日がゴールデンウィーク最終日だ、ということを知り、焦っている俺の身からすれば、シューゴさんのマシンガントークは非常にありがたい。


「それでは僕たちは帰らせていただき……」

「よっしゃ、会議開くで!」


 ミヤとセラを連れて帰ろうと、玄関の方を向いたところで、シューゴさんの声に引き戻されるように俺は振り向く。


「会議……ですか?」

「おう! 五神会議や!」



***

固定フィクス……

対象をその場に固定する。







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