1-17 レイラ=オータル


 目の前にあるのはサルマの時と似たような形の神殿である。


「なんか代わり映えしないな……。ところで、ミヤはどこ行ったんだ?」


 さっきから、俺の隣を歩いているのはセラだけでミヤの姿が見えない。


「ミヤビさんでしたら、先に神殿に入っていかれましたよ。なんでも、ここは来た事があるとか」


 初耳だ。さっきの車の中でそんな事は一言も……俺は寝てたか。


「勝手に入っても大丈夫らしいです。行きましょう」

「ああ」


 俺とセラは、並んで長い通路を歩いていく。


「そういや、ここの五神は俺の知ってる人だ、とか言ってなかったか?」

「はい、言いましたよ。教えませんけど」

「別に教えてくれって言ってねーよ……」


 言っていないだけで、思っていない訳ではない。というかむしろ誰なのか教えてほしい。全く検討がつかないので、心の準備すらできない。

 考えている内に、扉の前まで来てしまった。ただ、今回の扉は今までのように重苦しい雰囲気は無く、季節外れのリースがかけられている。むしろ扉というよりもドアと言った方が正しいかもしれない。


 俺がそのドアを開けると、高いトーンの笑い声が三つ聞こえてきた。

 一つは間違いなくミヤの声だ。しかし、なぜかもう一つ知っている声が聞こえる。俺が聞き間違えるはずのない声だ。


「……母さん?」


 俺がそう呟いたことで、目の前の三人の視線が一斉に集まり、沈黙が流れる。そんな空気の中、ミヤがクスッと笑うと、その周りにも笑い声が伝染していく。

 そして、笑いながら俺に近づいてくるその声の持ち主は、見た目までもが母さんそっくりだった。


「おー、本当にあのかー。デカくなったなー」


 そう言いながら俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる。母さんそっくりな姿や声とは裏腹に、その仕草はガサツそのものである。


「あ、あなたは誰ですか?」


 頭の上で動き回る手を避け、なんとか質問をする。しかし、返ってくるのはため息だ。


「はぁー、アンタは昔っから連れないねー」


 一息。


「しゃーないなー、覚えてないみたいだから自己紹介しとくよ。私はレイラ=オータル。ここの神官で、アンタの母さんの双子の妹。つまりはアンタの伯母さんだ」


 かなり早口で言われたせいで、俺の頭はずっと高速回転している。


 ……伯母さん? なんで母さんと苗字が違うんだ? 喋ってる感じだと、会ったことはあるみたいだけど、日本ではなんて名前を使ってたんだ?


 そうして考え込む俺を見て、明らかにイライラしている彼女の姿がそこにある。


「あー、めんどくせえ!」


 そう言うや、また頭を掴んでわしゃわしゃされる。しかし、先程よりも数倍強い。


「聞くことあるならさっさと聞きな!」

「わ、わかりましたから、離しt、痛い痛い痛い!」


 一瞬強さが増してから、スッと手が離れる。今ので一つわかった事がある。姉さんは多分この人に似てしまったんだろうと。まあ、今はそんな事どうでもいいのだ。


「それじゃ……まず、俺と初めて会ったのはいつですか?」

「もちろん生まれた瞬間には立ち会ってたよ。あの時は可愛かったのになー」

「えっと……それはどこですか?」

「ん? あー、そうか。姉さん言ってないんだ。アンタの生まれはこっちだよ」

「こっち?」

「そう、アンタは。この目で見てたんだ、間違いない」


 かなり衝撃の事実が俺を襲っている。俺の血が色々混ざっているのは前に考えたが、生まれが人間界ではなかったとは……。

 という事は、この人に人間界での名前は無いのだろうか。


「まだ聞くことある?」


 また考えてしまっていた俺に、少しイラついていらっしゃる模様。


「ここからはプライベート以外の質問になるんですけど……」

「いいよ、先に言っといてあげる。私の能力は“”。人のウソはわかるし、自分のウソはバレない。むしろ私は普段からウソばっかりついてるよ」


 やはり早口で言われると、一瞬理解が追いつかなくなる。


「は、はあ……。ってええっ!? それじゃさっきまでのは……」

「ああ、それは本当。さすがにそこまで意地悪しないよ」

「それもあまり信用できないんですが……」


 あははっ、と笑うレイラさんを見ると、この人の方が邪神らしいように見える。


「もう質問は終わりかい?」


 俺を覗き込むように言うと、俺の返答も聞かずに席に戻っていく。


「まあ、座りな」


 どうせ座るなら、先に座らせて欲しかった。


 席につこうとすると、円卓に座っていたもう一人の女性、俺よりも少し年上に見える女性がわざわざ立ち上がって、椅子を下げてくれた。


「ありがとうございます」


 その人は、見るからに美人であった。顔立ちはやはり母さんやレイラさんと似ているのだが、その動きはどちらかというと母さんのものである。

 俺が一礼すると、その人は席に戻っていく。しかし、その背中からはなぜか残念そうな雰囲気が漂っている。


 ……何か悪いことでもしただろうか?


「えっとー、とりあえずお名前を聞いても……?」


 そう言うと、その人はさらにシュンとなってしまう。レイラさんは、はあっとため息をついてから俺を睨みつける。


「やっぱり覚えてないんだねぇ、従姉妹いとこなのに」

「へ?」

「へ? じゃない! ……マリエもなんか言いなさい!」


 ゲンコツが飛んできた。向かい側なのに素早い動きだ。同じく、俺の従姉妹だという「マリエ」さんも軽く小突かれる。

 すると、彼女はおずおずと話し始める。


「私は……マリエ……あなたの従姉妹……。覚えてない……よね。……昔はマリ姉なんて言ってたのに……」


 彼女の言動からは、そこはかとない哀愁が漂っている。

 ……ん? マリ姉?

 思い出せそうで思い出せない。一瞬引っかかった分、気持ち悪いというか、もどかしい感覚だ。

 さらに彼女は、頬杖をついてこちらを覗き込むように見てから、前髪を横にかき分け……


「………………あ、思い出した!」


 瞬間、記憶がフラッシュバックした。そういえば小さい時、よく遊んでくれる年上の女の子が近所にいた。今のは確か、その子と同じ仕草だ。


「うっせえ」


 思わず出てしまった声が大きかったようで、またレイラさんに殴られた。


「……思い出した?」


 一方のマリ姉は少し恥ずかしそうにしているにも関わらず、俺が全く想像しなかった言葉が飛んでくる。


「それで……ね? ……なんだけれど……」

「……は?」


 沈黙が流れる。そして、マリ姉は見るからにシュンとなってしまう。


「そう……だよね……子どもの時の話……だもんね」


 取り繕うにも取り繕えないのが今の俺の現状である。そんな約束は覚えていない。マリ姉の俺を見る目が少し潤み、背中が冷や汗の感触を覚える。そこで、レイラさんから助け舟が出された。


「そろそろ、ちゃんとした話をしたいんだけど……。ミヤビちゃんとセラ様、マリエを外に連れて行ってくれないかしら?」

「はーい」「わかりました」


 二人とも返事をしてから、マリ姉を真ん中に挟んで部屋の外へと出て行った。

 ドアが閉まると同時に、レイラさんは口を開く。


「で……要件を聞こうか、リュウ坊?」


 頬杖をつくレイラさんは、なぜかニヤニヤしながらそう聞いてくる。


「本当は知ってるんですよね?」


 聞き返したのが間違いだった、というのは後の話である。


「そうか、そうだな、うん、私は要件をよく知ってる。美少女に囲まれればそれはそうなるよな……うんうん」

「へ?」


 レイラさんは何度も頷くが、俺には話が全く見えてこない。


「可愛い幼馴染に巨乳の王女に、さらにはいとこのお姉ちゃんまで……」

「ちょっと待て」


 あらぬ方向に話が逸れていきそうなので、この際タメ口でもいいだろう。


「俺の要件は知ってるって言ったよね?」

「ああ、私のかわいい甥っ子が欲求不満で耐えられない、ということだろう?」

「何を言ってるんですか」


 俺の中には怒りと呆れが半々ぐらいで生まれる。そんな俺を見ても、この人は全く動じない上に、


「ここのトイレなら貸してやってもいいぞ」


 なんて言っている。ここまでくると、反論する気も一気に失せてしまう。

 すると、そんな俺の態度を見て何かを察したのか、レイラさんの声のトーンが少し変わる。


「そんなに深刻なのか? ……ハッ! もしかして、欲求不満じゃなくて二人とも手を出してまって、誰にするか迷ってるとか……?」


 どうしてこの人は年齢制限に引っかかりそうな方向にばかり話を持って行こうとするのだろうか。俺が嘘をついてないことはわかるはずなのに……。


「で、どう迷ってるんだ。うちのマリエは良いぞ。昼も夜もきっと尽くしてくれるぞ」

「もうやめて下さい……」


 俺の態度もすっかり元に戻ってしまい、レイラさんも俺の嘆願を聞き入れてくれたようだ。


「はー……やっぱり連れないねー? で、邪神剣がどうしたって?」

「やっぱわかってたんじゃないですか……」


 すまんすまん、と言っているが、全く悪気は無さそうである。


「うーん……悪いけど知らないね」

「そうですか」


 サルマの時と話をしたが、ここもやはりハズレだ。次の神殿でもう最後だというのに。しかし、落胆している場合ではない。そう思って、ミヤとセラを呼びに行こうとしたら、レイラさんに呼び止められた。


「ところで、リームには会ったのか?」


 イオ様にも聞かれた事だが、やはり何かあるのだろう。


「はい、会いましたけど……」

「気をつけなよ。別にパッと見で悪いヤツには見えないけれど、アイツの心の中はだから」

「イオさんは見えないって言ってたんですけど……」


 と言うと、レイラさんは少考えるような素振りをみせてから、また口を開く。


「私にも、ボンヤリとしか見えないよ。でも、何かヤバいもんを持ってる事はわかるんだ。ただの勘だけどな」

「ご忠告、ありがとうございます」


 深く礼をして、部屋の外へ足を運ぶ。長い廊下を早足で歩きながら、ミヤとセラに軽く報告をして、三人で外のラクダ車に乗り込……


「あ、あれ?」


 神殿の前にいたラクダ車は、跡形もなく消えてしまっていた。その代わりに一匹、いや一頭の、3mはゆうに超えているであろうトカゲがいる。さらに不思議なことに、ソイツの背中にはコウモリのような羽が生えている。


「ド、ドラゴン?」


 いきなりの出来事に俺の思考は停止する。後ろの二人も同じように固まっている。そんな状況の中、後ろからレイラさんとマリ姉がゆったりと歩いてくる。


「惜しいな、ソイツはだ」


 レイラさんの発言に俺は困惑する。


「ワイバーンとドラゴンは違うの……?」


 ミヤが俺の思ったことをそのまま言ってくれた。すると今度は、マリ姉の方が話し出す。


「ドラゴンの生息地は……地上。ワイバーンは……飛んでること……多い。だから……“飛竜ひりゅう”……って呼ばれる……」

「で、このワイバーンは私が呼んだんだ。感謝しろよ、リュウ坊」


 飛んでいく方が速いのは間違いない。しかし、かなりの危険を伴っている気がする。


「落ちたりしない?」

「そこは大丈夫だ。私の特別な訓練を受けているからな」


 たしかに、ワイバーンの首にはレイラさんのローブと同じ臙脂えんじ色の首輪が付いている。安心はしきれないが、まあ大丈夫だろうと俺は高を括った。俺たち三人はワイバーンの横幅が狭い背中にまたがるようにして俺、ミヤ、セラの順に並んで座った。


「それじゃあな、良い結果を期待してる」


 そう言ってレイラさんは手を振り、ワイバーンを離陸させた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます