1-15 イオ=サルマ


 俺たちは揃って絶句した。


「どうして……そんな物が……」


 より長い時間を神界で過ごしてきたセラにとっては、信じられないらしい。そんなセラに対してもリームは穏やかな声のままゆっくりと語りかける。


「わたしのような邪神の主な仕事は、人の生死を分けることにあります。そのため、死神と呼ばれる者を使うことがあります。リュウさん、ミヤビさんは知っていたかな」


 俺たちはゆっくりと頷き、セラに目を移すと、彼女の目はカッと見開かれ、体が震えている。


「でも! それならそんな剣いらないじゃない!」

「いえ、サナトスはその死神を統制するためにあるのです」

「それだと、もう今頃はパニックになってるんじゃ……」


 そう言ったミヤに対して、リームは続けて言う。


「現在は、わたし自身の力で抑えている状況です。しかし、これもいつまで持つか……」


 かなり深刻な様子だ。実際、俺の目の前にいるリームは目の下にが出来ており、疲れた顔をしている。その顔を見て、俺は決心した。


「……わかりました。俺たちが探し出します」

「本当かい?」


 俺の発言に目を輝かせるリーム。それとは対照的に、ミヤの顔には曇りが見える。


「リュウ、本気?」

「ああ、本気だ」


 俺の答えに、セラも続いた。


「私は、神界にそんなモノがあるなんて信じたくない。でも、そのせいで私が生きてきた世界が壊されるのはもっと嫌です」


 セラの言葉からは、強い意志と静かな怒りの色が見える。


「はあ……仕方ない。やりますか」


 ミヤもやる気が出てきたようだ。三人の意思がまとまったところで、俺はリームに向き直る。


「俺たちが、必ず探し出します。それまで、持ちこたえてください。お願いします」

「ああ、もちろんだよ」


 リームの表情は晴れやかなものになっている。


「神の祝福があらんことを!」


 神様自身がこれを言うのは、少々可笑しい光景だと思うが、その分安心感がある。

 親父にも電話でその旨を伝えて、俺たちの長い長いゴールデンウィークが始まる。


 ▽


「暑ーーーーーーーーい!」


 ミヤが叫んでいる。確かに暑い。軽く40度は越えていそうである。


「ねぇー、体温調節の魔法とか無いワケ?」


 あまりの暑さに、ミヤの喋り方はいつも以上にぶっきらぼうになっている。


「ミヤビさん、頑張って下さい」


 セラが励ます。しかし、そのセラもまた暑そうで、服をほとんどはだけてしまっているので、直視しづらい状況だ。


「あのー、セラさん? 服をちゃんと着ていただきたいんですが……」

「リュ、リュウさん!? どこを見て……」

「あー、リュウのエッチー」


 露出された部分を隠すように体に手を回すセラも、それを見ながら俺をイジるミヤも、もちろん俺も既にフラフラである。


「とりあえず、服はちゃんと着てくれ……」

「わかりました」

「もー、つまんないのー」


 そんな会話も、長くは続かない。この異常なまでの暑さで思考がほとんどやられている。そしてついに、


「もうダメ……」「限界です……」

「ちょ、おい! しっかりしろ!」


 二人ともほぼ同時に力尽きてしまった。俺は仕方なくその体に手を置き、


収納リクエイヴ


 二人の体を別空間に一旦収納してから、また歩き出す。


 ここは、神界のスプレード領から見て南側に位置するサルマ領である。

 母さんの話していた通り、この世界には、神王、邪神の他に三人の高位神がおり、合わせて「五神」と呼ばれている。それぞれが一つの領地を持ち、それを治めている。なので、サナトスを探し出すため、一度各神殿を訪ねてみようと考えたのだが、


「暑いなーーーー」


 それもそのはず、サルマ領のほとんどは「サンヨル砂漠」という砂漠地帯で、太陽はギラギラと全身を焼くように照りつけている。

 結果、最初にサルマの神殿を選んだのは間違いだったと今さら思う。俺の視界もそろそろはっきりとしなくなってきた。しかし、そんな中でも足を前へと進めなければならない。


「あ」


 とうとう砂に足をとられて、前のめりになると、倒れ込むように転ぶ。


 もう……ダメだ……。


 俺は、自分の意識が熱い砂の中に埋もれて遠ざかっていくのを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。



 全身が涼しく心地よい感覚に包まれているのに気づいて、俺は目を覚ました。なるほど、死の感覚とは意外と清々しいのだなとぼんやり思う。


「お目覚めですか」


 突然、優しい女性の声が俺の右から聞こえた。体が重くて動かない。かろうじて動かせる目を横にずらし、その声のした方を見る。すると、そこには白地に赤い線の入ったの修道服を着た若い女性が座って俺を見ていた。


「俺は死んだんですね……?」


 まだ朦朧とした意識の中、彼女にそう尋ねる。


「いいえ。ここは、サルマ領の神殿です」


 ……そうか、俺は死んでいないのか。ところで、サルマ領の神殿か。綺麗なところだな……ん? 神殿?

 意識が少しずつハッキリとしてきた。


「神殿!?」

「あっ! ダメですよ、今起き上がったら……!」


 俺は彼女の忠告にも従わず、体の重さを忘れて飛び起きた。その瞬間、全身のありとあらゆる筋と節が悲鳴を上げた。


「っあ……!」

「もう、寝てないとダメですよ?」


 心配そうに彼女はそう言う。どうやら俺は幸運にも助かったらしい。彼女はきっとこの神殿の補佐官のような人なのだろう。

 一瞬ホッとしてから、重大なことを思い出した。


収納リクエイヴ


 俺はおもむろにそう呟いた。すると、右手側に空間が現れる。そんな俺を見て、彼女は急にあたふたとする。


「ダメですよ! こんな時に魔力を使ったら!」


 俺は彼女の言葉をよそに、残っている力を振り絞ってその空間に手を差し入れる。


「あっ、ちょっと待っ……」


 俺の言葉と、空間から出てきたモノに、彼女は驚きを隠せなかったのだろう、口がポカーンと空いている。

 俺は、あられもない姿になってしまっているミヤとセラを引っ張り出した。


「……あと二人、助けてください」


 それだけ言って俺は力尽き、もう一度目を閉じた。


 ▽


 目を開けると、窓から強い光が差し込んでくる。ハッとなって俺は起き上がる。体の重さはあるが、少し前まであったはずの痛みは、もうほとんど無くなっている。何より、この日差しは……


「朝か……」


 ゴールデンウィークの貴重な一日を、寝て過ごしてしまった。それも異世界で……。

 ふと、思い出して右を見ると、俺が寝ていたのと同じような布団に、ミヤとセラが並んで寝息を立てている。


「よく……寝すぎたな……」


 そんな事を呟きながら、立ち上がって伸びをして、昨日の事を整理する。

 簡単に言ってしまえば、俺たちはサルマ領の砂漠で倒れた所を運良く神殿の人に発見、介抱されて今に至る、というわけである。

 上半身はだいぶ伸びたので、今度は脚を伸ばす。まずはアキレス腱を伸ばす動きから……


「なんで起きてるんですか!」


 俺たちを介抱してくれていた女性が気づいて寄ってきた。


「いや、体が鈍りそうだったので……」


 詰め寄られて、腰が引け気味になっているところに追い打ちをかけるように、


「ダメです! 体力回復はまだ……」


 と、そう言いかけて、彼女の口が止まった。

 そして今度は、不思議そうな表情で口を開く。


「なんで立ち上がれてるの? というかなんでそんなにケロッとしてるの……?」

「いや、なんでって言われても……」


 体がいつも通り動いていることはわかるが、俺の身体状況はそれほどまでに重症だったのだろうか。

 修道服の彼女は、俺がピンピンしている事にまだ納得いかないらしく、少しムキになっている。


「あの毒砂漠で炎熱光線ガンガン受けてたのに……? 絶対おかしいです! 寝ていて下さい!」

「別にいいでしょ、動けてますし」


 と、そんな俺たちのやりとりの最中に起き上がったのは、俺の隣で寝ていた美少女が一人。


「ふわあああ……。リュウ、?」

「疑問形にするなよ……。大丈夫だ、おはようで合ってる」

「ん、じゃあ、おはよう」

「おはよう、ミヤ」


 長めの呼応の後で、朝の挨拶を交わす俺とミヤを見ながら、修道服の彼女は目を丸くしている。


「こ、この子も回復が早い……」


 彼女は頭を抱えるのだが、思い出したようにミヤの奥、セラの方をジッと見る。


「すう……すう……」


 セラは寝息を立てるだけで、起き上がるような素振りもない。そのことに、修道服の彼女がホッと胸をなでおろした。


「良かった……普通の人がいて……」

「別に良いわけじゃないし、この子は普通じゃないよ?」


 急に背後から声がした。


「イオ様! いつから!?」

「一応、最初からいたんだけど……」


 声は聞こえるが、気配はほとんど無い。俺とミヤは恐る恐る振り返った。目の前には誰もいない。


「こらこら、どこを見ている。こっちだよ」


 少しだけ目線を声がした方に下げると、そこには白いローブを床に余らせる少年が偉そうに立っていた。


「えーと……どなた?」

「何を言っているんだい? さっきシーナが言ってたじゃないか。ボクがこの神殿のだよ」


 俺とミヤは、開いた口がしばらく塞がらなかった。


 外れかけた顎をしっかりと調整すると、本題へと向かう。その途中でセラが目覚め、「シーナ」と呼ばれたその人はがっくりと肩を落としていた。


「なるほど……リームに頼まれてサナトスを探しているのか……。というか、盗まれた事が問題だな」


 ごもっとも。俺、ミヤ、そしてセラの三人は円形の机の向かい側に座る少年が、そう呟くのを聞いた。


「さて、改めて自己紹介しておくよ。ボクはイオ=サルマ。この神殿の神官だ。えーと、君たちは……」


 相変わらず偉そうにそう言うイオに、仕方なく俺たちが答えようとすると、


「リュウ=カイザーに徳川の娘、それとセラ様か、中々のメンツだね」

「神王様の娘……。全然普通の子じゃなかった……」


 イオの横に座るシーナさんが驚いている事とはまた別に、イオの口から出た言葉に、俺たち三人は驚かずにいられなかった。そして、始めに口を開いたのはセラだ。


「私はともかく、なぜこの二人まで……?」


 驚く俺たちを見て、さらにふんぞり返っているイオは楽しそうにしている。


「五神をナメちゃいけないよ、セラ様?」


 俺はスプレードの神殿でリームさんから聞いた話を思い出した。ミヤも同様である。すると、イオはそんな俺たちの顔を見て、こう言った。


「その様子だと、ある程度のことについては知っているみたいだね。それじゃあ、聞いた話かもしれないけれどボクからも少し」


 その後の話は大体こんな感じだ。

 母さんが言っていたように、五神にはそれぞれ役職があるということ。その選び方は人間界でいう選挙とあまり変わらない。しかし、いくら人望があったとしても、力を受け入れる器がなければ五神にはなれない……。


 さらに、サルマ領の砂漠の砂には少しの毒性があるそうだ。また、日差しも「炎熱光線えんねつこうせん」と呼ばれ、体温を上げていく性質があるらしい。俺たちのように生身の人間が歩いて助かったのは奇跡的なようだ。


「わかったかい?」

「ああ、それはわかったんだが……」

「ボクにはそんな器があるように見えない?」


 またしても読まれている。これは力の一部なのだろうか?

 俺が考えている間、イオはその白いローブを指でつまみながら、何か呟いている。


「おかしいな、ちゃんと大人に見えるように工夫はしてるつもりなんだけど……」


 ……いやいや、イオ様? いくら大人用の服を着ても、余らせてちゃ逆に子供っぽく見えますよ?


「……むう、ボクはキミ達より大人なんだけど?」


 やはり頭の中を読まれている。それも、「キミ達」ということは複数人同時にだ。しかし今度は、セラは驚いていないようで、蚊帳の外にいる俺とミヤは顔を見合わせてから、イオをジッと見る。すると、イオが口を開いた。


「……わかった、ボクのこの身体の事についてはちゃんとキミ達に話そう。いいね、シーナ」

「はい、かしこまりました」


 イオが言うと、シーナはスタスタと神殿の奥の方へ歩いて行ってしまった。それを確認してから、イオが話し出した。


「ボクは『しん』の神、イオ。真実を見極める力を神王から与えられてる。そういう訳だから、相手が何を考えているのかがすぐにわかる。さっきまでのはそういう事だよ」


 ゆっくりと、そしてはっきりとした口調で答えるイオの姿は、確かに大人びて見える。


「それと、ボクはキミ達よりずっと長生きしてるんだよ?」

「と言いますと?」


 聞き返すと、イオは少し考えてから口を開いた。


「……んーと、少なくともぐらいは違うかな?」

「……100?」「ひゃく!?」「百……」


 俺とミヤはともかく、セラまでもが知らなかったようだ。俺たちは三人とも目をパチパチと瞬かせ、イオを見る。


「イヤだな、疑ってるの? ボクは真実の神様なんだし、嘘はつけないよ」


 確かにその年であれば、リームを呼び捨てにしていたことも、俺たちに対して偉そうな態度なのにも納得できる。だが……


「見た目はどうにかならないの?」


 俺が言う前にミヤが言ってしまった。しかし、イオは怒るかと思いきやため息をつき、


「はあ……実は、若返りの魔法にちょっと失敗しちゃってね。それからずっとこうなんだ」

「どんな魔法ですか、それは……」

「たしか……“フォレヴェル”だったかな?」


 最近気づいた事だが、魔法というのは英語のスペルが基本の形になっているらしい。例えば、前に神界でひったくりが打った「ボルカノ」なんて良い例だ。発音通りそのまま直せばvolcanoである。

 そんな感じで今の「フォレヴェル」を脳内で変換してみると、forever。意味は永遠。ということは。


「イオ様、多分ですけどその魔法の効果は不老不死だと思われます……」

「ほ、本当かい?」

「ええ、おそらく」


 すると、イオは顔を輝かせて俺に握手を求めてきた。


「ありがとう! いやー、この魔法の効果がわかんなくてさ、ホントにありがとう」


 そんな事を言っている場合ではないと思っているのは俺だけだろうか。まさかこの姿で永遠に生き続けるとは……。

 と、そんな中でシーナさんがお茶とお菓子を持って帰ってきた。


「しないといけない話は終わりましたか?」

「「「「」」」」


 シーナさん以外の四人ー特にイオだがーは完全に目的を忘れていた。俺から切り出す。


「とりあえず、サナトスが今どこにあるのか分かりますか?」


 すると、イオは申し訳なさそうに首を横に振る。


「すまない、ボクにはサッパリだよ」

「あー……」


 きっとそうだと薄々感じてはいたが、どこか期待していたのかも知れない。少しだけ落胆している自分がいる。そのまま外に出ようかと思ったその時、イオがさらに言葉を続けた。


「……ただ、リームには気をつけた方が良いよ。アレは何を考えてるのかわからない」

「えっ? アンタならわかるんじゃないのか?」

「フフッ、“アンタ”とは言われなれないな。アレは読めない。なぜかわからないけれど、見えないんだ」


 イオの顔は何とも言えない複雑な表情だった。


 ▽


 神殿の前には、馬車ならぬラクダ車が俺たちを待っていた。


「ボクが手配しておいたんだ。また倒れられちゃ大変だからね」

「ありがとうございます」


 そう礼を言ってそれに乗り込む。神界のラクダは砂漠の毒も炎熱光線の影響も受けないように進化したらしい。


「それじゃあ、また」

「じゃあね、頑張って」


 小さな窓からイオに手を振る中、ラクダ車が動き出した。俺たちはサルマから北に、次の目的地であるオータル領の神殿を目指す。


「王都を突っ切った方が早いんじゃないかなぁ……」


 ミヤのぼやきが隣から聞こえる。


「いえ、いちいち王都に入るのは非常に面倒くさいです」


 セラがそれを言うと、説得力がある。その結果、ラクダ車の中に流れるのは沈黙のみ。


「ところでなんだが……。セラ、オータルの五神はどんな人なんだ?」


 俺は空気を変えようとしてみる。すると、セラは少しだけ苦笑いして、


「きっとリュウさんもよく知ってる人ですよ」


 セラの意味深な言葉を最後に、俺は突然の睡魔に襲われた。



***

永遠フォレヴェル……

不老不死の魔法。多分。





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