1-13 カレカノ(仮)


 気づいたら朝になっていた。仮ではあるが、今日だけはリュウの彼女として生活できる。それを考えるとあまり長い時間眠ることができなかったが、目覚めは最高だ。鏡の前に立つと、今日はいつもより念入りに髪型と服装をチェックする。


「よし!」


 気合いも十分。軽めの朝食をとってからリュウの家に向かったのだが、


「ごめんね〜ミヤビちゃん。今起こしてくるから」

「はい……」


 ミヤビはわかりやすく落胆する。たとえどれだけミヤビに気合いが入っていようとも、リュウのマイペースは何も変わらない。


「すまん! 寝坊した!」


 ドアが勢いよく開き、全力で謝りながらリュウが飛び出してくる。


「いーよ、別に。いつものことでしょ」

「いや、マジですまん」


 こうやって真剣に謝ってくれることにさえ、愛らしさのようなものを感じてしまうミヤビである。チョロいのはダメだ、と頭ではわかっているのだが、自分の気持ちの針が勝手に振れてしまう。


「さっさと行くぞ! ミヤ!」

「えっ、あ、うん」


 そして、切り替えが早く、ネガティブなことを引きずらないのがリュウだ。いつものミヤビなら、そこは美点だと捉えられるのだが、


 一応、今日は彼女なんだから、もっと気にしてくれてもいいのに……。

 そんなことを思いながら、リュウの後ろをかけ足でついて行く。


 ▽


「おはよー、ミヤビ。今日もギリギリだったね」

「……おはよー、サキ」


 一時間目終了後、遅刻ギリギリで学校に来たミヤビが力無く返すのを聞いて、サキは心配そうな顔になる。


「どうしたの?」

「それが……」


 ミヤビは昨日のこと、今日の朝のことを話した。すると、サキは呆れたように「はあ」とため息をついてから、


「アイツもアイツだけど、ミヤビももう少しアピールしなきゃダメだよ?」

「でも……」

「あー、もう。めんどくさいなぁ。あいつにメッセージでも送ってやろうか?」


 ポニーテールを指でいじりながら、サキはスマホを取り出そうとする。


「ちょっ、ちょっと待って!」


 ミヤビが全力で止めに入ると、サキはスマホを持ったまま、じーっとミヤビを見る。


「……お昼休みに頑張るから」


 ミヤビがつぶやくと、サキは呆れ顔でスマホを胸ポケットにしまい直す。


「はあ〜、じれったいなぁ。まあ、仕方ないか。……チャンスがあったらキスぐらいしてきなよ?」


 ニヤニヤしながらそう言うサキに、ミヤビの顔は赤くなる。


「そんなこと……」


 恥ずかしさに何も言えなくなったミヤビにサキは追い撃ちをかける。


「じゃって? ヤる気だねぇ?」

「もう! やめてってば!」


 サキの言うことは冗談なのか本気なのかよくわからない。しかし、それがミヤビの気持ちに整理をつける助けになっていることには違いない。休み時間終了の鐘が鳴る。


 ▽


 時間は進んで昼休みである。ミヤビは自分のクラス、弍組の扉の手前で固まっていた。


「よっ、ミヤ。一緒に飯食おう?」


 そんなセリフに、クラス全体の空気が張り詰めてシーンとなる。ミヤビの目の前で手を上げるリュウは、朝とは違い、少し恥ずかしそうにしている。


「う、うん。行こ」


 硬直から解けたミヤビは、しどろもどろに答えて、リュウの隣を並んで歩く。教室を出た途端に、中からは女子のキャーキャー言う声が聞こえてくる。大半の男子は、昨日の事を知っているのでとても静かだ。なぜリュウが急に来たのか、ミヤビにはわからない。サキも驚いた顔をしていた。

 食堂に着くと、日替わりランチのAセットをリュウ、Bセットをミヤビがもらい、二人とも席につく。


「いただきます」


 どこかぎこちない雰囲気で挨拶をしてから食べ始める。会話は無い。ミヤビ自身、何か喋らなければいけないと思うのだが、話題が出てこない。


「なあ、ミヤ」

「は、はいっ!?」


 急に話しかけられ、返答の声が上ずってしまった。リュウは少し照れ臭そうに笑いながら、


「そのエビフライちょっとくれない?」

「え、あー、うん、いいよ」


 そう言ってエビフライを一本リュウの皿に置こうとした。しかしそこで、ミヤビの思考は切り替わり、手を上に持っていく。


「……はい、あーん」


 ミヤビの行動に、それを見ていたらしい生徒たちがザワつく。

 ……あたしだって恥ずかしいよ。

 ミヤビがそう思うのに対し、リュウは普通にそれを口で受け取った。


「んあ。モグモグ……ん、うめ」


 また周りがザワザワとうるさくなる。


 ……はあ!? あたし結構思い切ったんだけど!?


 顔を赤くしながらそんなことを思っているミヤビに対して、リュウはさらに聞いてくる。


「あ、ミヤもなんかいる?」

「ん? じゃあ唐揚げ」


 とっさに答えてから気づく。もう少し女の子らしい回答が出来なかったものか。しかし、その後悔を吹き飛ばすほどのリュウの一撃。


「おっけ、ほれ。?」


 今度はザワつくどころか、リュウへの悪口さえ聞こえてくる。ときどき女子もキャーキャー言っている。


「どした? 食わないのか?」


 そう言うリュウを見てから、意を決して唐揚げにかぶりつく。


「……ん、おいしい……」

「だろ? って、俺が言うことじゃないか。ハハハッ」

「あ、あははは……」


 朝とは全く雰囲気の違うリュウに、嬉しいながらも様子がおかしいと思うミヤビであった。


 ◇


「龍ー! 起きなさーい! ミヤビちゃん来てるわよー」

「んっ、んーーーーーー」


 母さんの声が聞こえて、目がさめる。ベッドに腰掛けて、伸びをしながら時計を見ると、7時35分。完全に遅刻コースだ。


「やっべ!」


 全力で支度し、玄関のドアを勢いよく開ける。すると目の前には、やはり呆れ顔のミヤがいる。


「すまん! 寝坊した!」


 全力で謝ると、


「いーよ、別に。いつものことでしょ」


 こんな風に流してくれるのはいつものことなのだが、

 ……呆れ方がいつもよりヒドい気がするのは気のせいか?


「いや、マジですまん」


 そう言ってもう一度謝ると、ミヤの顔は少しだけ普段の明るい感じを取り戻したように見える。と、そこで時間のことを思い出す。


「さっさと行くぞ! ミヤ!」

「えっ、あ、うん」


 なぜか今日のミヤは歯切れが悪い。それに、いつもなら俺を追い抜いて行くはずなのに、後ろをついて来ている。


 ……なにかあったのか?


 とりあえず、詳しくは聞かずに学校へと急ぐことにした。


 ▽


「なあ、俺またなんかしたっけ?」


 一時間目を終えてから、俺は母さんが持たせてくれた朝ご飯代わりのパンをかじりながら、後ろの席の情報屋にまた質問をしている。


「お前なあ……」


 そう言う上本は、いつにも増して呆れた顔、というよりも蔑みの目を俺に向けている。


「昨日の放課後のこと覚えてないのか?」

「昨日の……放課後……、あ、本当だ、忘れてた」


 俺も上本の立場なら、ため息をつきたくもなるだろう。俺は昨日の放課後の件で、今日だけミヤの彼氏(仮)であるということをすっかり忘れていた。上本はこの事をしっかりと男子勢に伝えてくれていたようだ。これなら、今日の朝のミヤの態度にも男子多数の視線にも説明がつく。

 と、記憶力が不安な俺に上本はやれやれという手振りをしながら、


「おいおい……、しっかりしろよ。今回ばかりは命かかってるぞ」

「お、おう……」


 確かに今日は、視線だけで殺されそうな感覚を全身にひしひしと感じている。


「それで、具体的に何すればいいのか教えていただけませんかね、上本様」

「やめろ、俺にできるのは情報を渡す事だけだ。恋愛なんて俺には……ひぐっ、ううっ」

「すまん、悪かった」


 どうやら恋愛に関しては上本の手は借りられないみたいだ。仕方なく、俺は恋愛マスターのいる参組へと足を運ぶ。


「ショウ、いるか?」


 今日はいつもの女子団子が見当たらない。しかし、ショウが休んだというのは聞いていない。


「呼んだ?」

「うわっ! 後ろから来んなよ……」


 ショウはたった今登校してきたらしい。ショウも昨日の事はわかっているので、用件から言う。


「俺はミヤとどう接したらいいんでしょうか。恋愛マスター殿」

「やめてくれよ、リュウ。それに、オレは恋愛マスターなんかじゃないよ」

「お前がそれを言うかよ……」


 ショウの今の発言で、健全な男子学生の6割が心に深いダメージを負い、3割がショウを潰しにかかるだろう。えっ? 残り1割? それはもちろん、ショウと同種の人間か女に興味の無い人間または……と、そんなことは置いておこう。何だかんだちゃんと答えてくれるのがショウである。俺が真っ直ぐにショウを見ると、顎に手を置いて考え出す。


「うーん……。あ、昼飯に誘ってみたら?」


 そして、ショウが出す案は必ずと言っていいほど良案である。


「なるほど……とりあえずそうしてみるよ」


 ▽


「よっ、ミヤ。一緒に飯食おうぜ?」


 ……うっわー、言っちゃったよ。うん、予想はしてたけども、かなり恥ずかしいぞコレ。

 弍組の生徒達の視線が突き刺さる中でそんなことが頭を巡りながら、ミヤの返事を待っていると、


「う、うん。行こ」


 ミヤもまた、恥じらいの色を見せている。……やっぱり、付き合うって大変そうだな。


 俺は、ショウに言われた通りにミヤの隣を歩幅を合わせるように歩く。その間、何も話すことができない。

 ……気まず過ぎる。


 あっという間に食堂に着いた。早く席を取るため、二人とも日替わりランチにした。もちろん、A、B別の物を頼んでいる。さて、俺にとってはここからが勝負だ。


「いただきます」


 ゆっくり食べ始める。彼氏彼女らしい会話も無く、ただの食事と化してしまっている。しかしここで、恋愛マスターからの言葉を思い出す。

[ベタなやつなら、『あーん』とかどうかな?」


「なあ、ミヤ」

「は、はいっ!?」


 ミヤの返事が上ずった。俺より緊張しているのかもしれない。そう思ったら少し心に余裕ができた。

 俺はミヤのプレートの上にあるBセットのメインを指差して言う。


「そのエビフライちょっとくれない?」

「え、あー、うん、いいよ」


 そう言うと、箸でエビフライをつまんで俺の皿に持ってくる。


 ……違う! そっちじゃない!


 すると、その思いが通じたのだろうか、ミヤの手は軌道を変えて俺の口の前に来る。


「……はい、あーん」


 ミヤの顔を見ると、頰が赤く染まっている。


「んあ、モグモグ……ん、うめ」


 予測していたせいか、意外にも周りを気にすること無く食べられた。

 周りがザワついている。視線が怖い。明日来たら殺されそうだ。しかし、俺はそんなことで止まってはいけない。もらった分は返さなければ。


「あ、ミヤもなんかいる?」

「ん? じゃあ唐揚げ」


 答えはすぐに返ってきた。唐揚げかよ……。ミヤのこういう純粋なところに、俺は惹かれたのかもしれない。違う、これは仕事だ。


「唐揚げいる? ほれ、あーん」


 ピーーーーという規制音が必要な程の罵詈ばり雑言ぞうごんが俺の耳に直に届いてくる。

 ……真剣に明日殺される気がする。


 モジモジしているミヤを見ていると、俺は少し楽しくなってきた。


「どした? 食わないのか?」


 すると、上目遣いで俺を見てから、唐揚げをパクっと口に入れる。


「……ん、おいしい……」

「だろ? って、俺が言うことじゃないか。ハハハッ」

「あ、あははは……」


 ……ミヤ、そんなぎこちない笑いはやめてくれよ。俺も笑ってないとこんな台詞言えねえし、お前の後ろの方にいるやつに殺されそうだよ……。


 その後も、俺が主導で話し、ミヤとの昼食を終えた。終始、ミヤはぎこちなかった。


 ▽


 教室に戻る前に参組に寄り、ショウと話す。


「どうだった? 昼飯は」

「死にたくなった……」

「なんだ、失敗したの?」

「いや、そうじゃ無くてだな、単純に周りの目に殺されそうになった」

「あー、そういう事ね。よくある事だよ」

「無えわ」

「普通は、ね?」


 ショウの珍しいドヤ顔に苦笑しつつ、この後の事だけは伝えておく。


「とりあえず、帰りは二人で帰ることにするよ」

「おっ、やる気だ」


 そんな話をした後に教室へ戻る。上本にはあまり触れない方が良さそうだ。五、六時間目を終えて放課後、俺は弍組へ。と、こちらに歩いてくるミヤを発見。二人の足が止まった。


「ミヤ、一緒に帰らないか?」

「リュウ、一緒に帰ろう?」


 二人で同時に言って、お互いの顔を見つめ合う。俺から見たミヤは、恥ずかしいような、おかしいような顔だ。きっと俺の顔もそんな風になっているのだろう。


「プッ」


 息が漏れた。もう止まらない。


「プハハハハハハ! なんだよその顔!」

「あははははっ、そっちこそなんて顔してんのよ! あはははっ」


 今度こそミヤの笑い声は生きている。俺たちはそんな雰囲気のまま、二人で家に帰った。


 朝のことだったり、昼の時の内心だったり、いつもより話題は多く、会話は弾んだ。

 もしかすると、傍目から見れば本当のカップルに見えていたかもしれない。俺はそんな事は1ミリも思っていないが。


「じゃあね、リュウ」

「また明日な、ミヤ」


 別れてそれぞれの家に帰る。明日から、また神界へ行かなければならない。こうして普通の高校生から遠ざかっていくのだなと、ふと思った。

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