1-12 公約はマストです。


「おいこら!」

「待て、海崎!」

「公約は絶対だろうがああああ!」


 俺は、だいたいこんな感じのことを叫ぶ同級生の男子どもから、ミヤを連れて全力で逃げている。なぜこんなことになったのかというとーー


 ーー日付は変わって5月1日。俺はいつものようにミヤビとセラの三人で登校していると、妙なことが数回起こった。

 例えば、妙な視線を多方向から感じたり、さらは、たまに後ろから走ってくるやつに肩を叩かれては、「頼んだぞ」とだけ言って走り去って行かれたり。その度、ミヤに「知り合い?」と聞かれるのだが、ほとんどが名前も知らないやつだ。


 学校に着いても、そういうやつは増えるばかりなので、思い切って上本に聞いてみた。


「なあ上本。俺って男子に好かれるようなことしたっけ?」


 すると、上本は「やれやれ」と首を振る。すごく馬鹿にされている感じだ。落選した事についてはもう切り替えたらしい。


「はぁーー。お前は自分がスピーチで何言ったか覚えてないのか?」


 言われて俺はキョトン。スピーチ? なんの話だ?


「ミヤっちの応援演説だよ。思っきし殴られたやつ」

「ああーー」


 そういえば、あの時の記憶が一部飛んでいる気がするが……。


「あ、思い出した」


 そうだ、たしかに投票者から一人を抽選して「徳川雅一日彼女権とくがわみやびいちにちかのじょけん」を渡すとか言った気がする……。


「あれか……」

「さてはお前、忘れてやがったな」

「全くその通りです……」


 俺は現在、ただただ自分の発言に後悔している。


「女に飢えた男子どもを代表してオレから言わせてもらう。舐めてんのか!」

「お前は立候補者だろうが! 投票権ないだろ!」

「どうだろうな?」


 意味ありげに言う上本は、何かを企んでいるように見えた。後でミヤビと一緒に職員室に行って先生と話をしよう。待てよ、選挙管理の先生って……。



「却下だな、がはははははは!」

「そこをなんとか!」


 昼休みの職員室。懇願する俺の前で、大音量で笑っているのは近藤先生である。


「いいじゃねぇか。他の男どもにも夢ぐらい見させてやれって」


 教師にしては寛大すぎる気がする。ミヤビも首を大きく横に振っている。と、そこへ一人の女性教師がツカツカと歩み寄ってきた。


「どうされました?」

「おお、荻野おぎの先生。ちょうど良かった、実は……」


 荻野先生は、英語科で、もう1人の選挙管理委員らしい。たったの二週間で、すでに怖い先生だと噂が広まっている。俺が口走った公約について聞くと、


「徳川雅さん、海崎龍さん」

「「はいっ!」」


 急に名前を呼ばれ、2人とも返事が上ずる。


「公約はマストです。わかりましたね?」


 これは選択肢が一つしかないやつだ。仕方ないと思ってミヤを見ると、ミヤもこちらを見つめ返してくる。少し涙目だ。


「ただ」


 急に荻野先生が付け加える。


「抽選の方法は自分たちで考えてもいいのではないでしょうか?」

「「方法?」」


 二人で首を傾げる。


「そう、例えば……とか、ね?」


 そう言われて、俺たちは顔を見合わせる。そして、同時に頭を下げる。


「「ありがとうこざいます!」」


「いいのよ、別に」と言う先生は自分の席へ戻って行った。俺たちが荻野先生に持っていた怖い印象はキレイになくなった。そして、俺たちは急いで放送室を借りに一階へと下りた。


 ◇


「珍しいですな、荻野先生」

「何がです?」


 荻野優子おぎのゆうこは生徒からは基本的に冷たいとか、怖いとか、そう思われる存在であろうとしている。しかし、先の対応はどうもそれとは違う。


「あの二人に優しくないですかね」

「別に」


 フワッと聞いた近藤にたいして、荻野はそっけない返事をする。


「わかった。聞き方を変え


 近藤は口調を変えた。


「荻野、また薄い本書いてるのか?」

「近藤!? どうしてそれを!?」


 やはりか、と近藤は白色が増えてきた頭を掻く。


「やめろって言ってるよなぁ! 趣味を持ち込むのは!」

「だってぇ、あの二人絶対両思いですよ? 推さないという選択肢は無いですよぉ!」


 これが荻野の本当の顔。そう、荻野は。そして、近藤は彼女の直属の上司である。


「近藤さんは堅いんですよぉ」

「お前は軽すぎんだよ!」


 皇徳高校では、職員のほとんどが徳川の人間だ。その中でも、この二人は特に優秀な部類である。


「ほら、一緒に読みましょ? ね?」

「男同士なんかいらん!」


 職員室は今日も賑やかだ。


 ◇


[ピーンポーンパーンポーン。こんにちは! 生徒会長の徳川雅です。私に投票してくれた方々に、海崎君から報告があります。では、どうぞ]


 公式の音を使うのが面倒くさかったのか、それとも生徒受けを狙っているのか、はたまた天然なのかはわからないが、ミヤは自分の声だけで放送した。

 そのために、上が騒がしくなる。俺は少しだけ放送のボリュームを上げた。


[あー、どうも副会長の海崎です。えー、今回の選挙で、『徳川会長一日彼女権』なるものを公約としておりました]


 一度息を吸い込み、自分の中のテンションを少し上げる。


[しかし、ただの抽選ではつまらない! という会長たっての希望で、この権利は自分たちで勝ち取っていただくことになりました]


 横でミヤがものすごい目で俺を睨んでいる。しかし、そんな事は気にしない。


[希望者は放課後、グラウンドに集合して下さい、以上で放送を終わります]

[ピーンポーンパーンポーン]


 今度は公式の音で締めた。俺が言ったところで誰も得はしないだろう。



 さて、男子は1クラス大体20人なのだが、ほとんどがグラウンドに集まっている放課後である。ざっと見て80人くらいか。その中にはミヤに投票していないヤツも数人いると見える。

 俺は拡声器を持って、全員に呼びかける。


「あー、聞こえてますかー」


 そう言うとすぐに静かになる。コイツらはどんだけミヤが好きなんだ……。


「それじゃあ、抽選方法を発表しますね」


 そう言って、ミヤに拡声器を渡す。


「あたしたちと鬼ごっこをしましょうーー


 ーーそして、今に至る。俺はミヤの手を引きながら廊下を全力疾走だ。

 ルールは、4時の鐘が鳴るまでに、校内を逃げる俺かミヤにタッチした一人だけが「彼女権」を手にする。


「ほら! 速くしないと追いつかれちゃう!」

「うるせー! ……はぁ、はぁ」


 俺が疲れていて、ミヤに余裕があるのには理由がある。俺はミヤの手を引いているが、ミヤは走っているわけではない。地面スレスレを飛んでいるのだ。脚は動かしているので、バレる心配は無いが、心配なのは俺の体力の方。


「リュウ! ストップ!」


 そう言われて俺はかかとで急ブレーキをかけて、後ろを振り返る。


「ありゃ?」


 見ると、さっきまで廊下にごった返していた男子生徒が一人も見当たらない。


「どうする?」

「そう言われてもなあ……。でも、どうせどっかで挟み撃ち仕掛けようとか考えてるんじゃねーの?」


 大きめの声で言うと、廊下の反対側からバタバタと足音が遠ざかるのが聞こえる。


「そうだなーー、あそこの裏に隠れてて、気になって見に来た所をタッチしよう、みたいな!」


 今度はミヤがそう言うと、ガッシャーンと大きな音が廊下の角から聞こえた。


「単純だな……」

「そうだね……」


 腕時計を見ると、あと5分で4時というところだ。


「5分かー、楽勝だな」

「一応、気をつけよう。策士がいるかもしれないし」

「だな」


 俺は、周りを見回してみる。すると、階段から下りてくる人影が。身構えると、やはり奴がいた。


「カミモト?」

「ミヤ、近づくなよ」

「でも、あいつ参加できないよね?」


 それはもっとも。しかし、上本は参加できないことを利用して、何かしてくるのではないかという根拠の無い予感がある。


「いや、あいつが策士だ」


 上本の背後からは男子20人ほどが横並びで歩いてくる。

 ……まずい。そう思って後ろを振り返ると、そこにも壁ができており、廊下には逃げ場が無い。さらには、窓の外にも男子の群勢が控えている。完全に塞がれた。


「さて、どうするねリュウ君?」


 上本がゆったりと近づいてくる。それに続いて、男子がじわじわと詰め寄ってくる。


「待てよ。お前が俺たちにタッチしたところで、何も無いだろう?」

「そんな事はわかっている。しかし、この人数が一気に襲い掛かれば、ミヤっちがどこを触られようと犯人はわからないぞ?」


 ミヤは青ざめ、俺に向かって首をふるふると横に振っている。


「さあ、俺のタッチを許可してミヤっちの貞操を守るのか、それともこの男の群れにミヤっちを放り込むのか。どっちだ!」

「わかったよ……」


 俺はゆっくり上本に近づいていく。できるだけゆっくり……。


「早くしろ! 襲わせるぞ!」


 なんというパワーワード。俺は歩を早める。上本が手を差し出した。あとは俺がこの手を握るだけ。


「あー、終わった……」


 突然、ミヤがそう言いながらその場に座り込んでしまう。それもで。すると、前の方の男子から、おおー、という声が上がる。上本も口元が緩んでいる。


「こらっ! そんな座り方するな!」

「別にいいでしょ、あたしの勝手」

「ああ、そうか。お前は人に下着を見せつけるような変態だったんだな」

「!」


 ミヤは俺の言葉の意味をようやく理解したらしく、すぐに正座になる。そして周りの男子を睨むように見てから赤面する。


「あ、ありがと……」

「いや、丁度良い時間稼ぎだった」


 ミヤのおかげで上本の動きまでもが止まっていた。男子どもが気付いた時にはもう遅い。


[ゴーン、ゴーン、ゴーン……]


 4時の鐘だ。


「タイムアップだな」


 周りの男子どもは呆然として、固まっている。上本に至っては実に間抜けな表情だ。


「くそおおおお!」

「さっき、パンツさえ見なければ!」

「目先の利益に負けた!」


 集団の前の方にいたやつと上本は、悔しそうにそんなことを漏らしている。ミヤは完全に引いている。さらに、俺をジトッと見てくる。


「リュウ?」

「あ、ああ。俺は見てないぞ?」

「良かった……」


 そう言うミヤの方からそこし距離をとって顔を背け、先程のシーンを脳内でプレイバックしてみる。


「…………………………………………黒か」

「え?」


 思わず呟いてしまった。ミヤは立ち上がると、俺に向かって笑顔を浮かべながら少しずつ近づいてくる。


「ち、違うんだミヤビさん、これは不可抗力であってだな……」

「最低っ!」


 俺の左頰に叩き込まれたのは、華麗な右フックだった。


 ▽


「ところで、どうするんだ? 彼女権って」


 男子たちが全員帰った後、俺が左頰を気にしながらミヤに聞くと、驚愕の答えが返ってくる。


「勝っちゃったからねー……。リュウがもらえば?」

「また恨みを買いそうな気がする……」

「大丈夫だよ、上本になんとかしてもらえば」


 そう言って、隣の上本を見る。するとショウは親指を立て、頰の腫れた顔でニッと笑う。


「安心して俺に任せろ」

「わかった。それじゃあ、ミヤは明日俺の彼女役をするんだな?」

「う、うん……」


 ミヤの顔はなんだか赤い。それを見ている上本はずっとニマニマしている。


「どうした? 熱でもあんのか?」

「ううん、大丈夫! 気にしないで!」


 やっぱり変だ。でも、大丈夫だと本人が言うなら仕方ない。


「よし、帰るか」


 日も暮れかけ、空は暗くなりつつある。明日の学校はどうなるのやら……。









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