1-10 聖竜剣


 ーー4月25日、水曜日。俺が康司さんに勝つ1つ前の日である。その日の深夜、あたりが寝静まった頃に向かいの海崎家のリビングで俺は母さんと話をしていた。


「母さん、俺にマカの使い方を教えてくれ」


 俺のその言葉は予想外だったらしく、母さんは一瞬目を丸くしてから首を傾げる。


「あら、意外とやる気なのね?」

「別にそういうんじゃ無いよ。けど、また光ったらめんどうくさいし」


 俺の話を聞いて、ウフフと笑う母さんは嬉しそうだ。


「それじゃあ、まずはマカを可視化する練習をしましょう」


 そう言うと、母さんの服は前に見せてもらった紫紺のローブに変わる。そして、人差し指を立てると、そこに光が灯る。蛍光灯やLEDとは全く違う柔らかな光が、次々と色を変え、家の中を幻想的に照らしている。


「この状態になったら合格よ」


 光がパッと消える。


「まずは思うようにやってみなさい?」


 家に戻る前、夕食後のミヤに聞いたところ、マカというのは血液の流れみたいなものらしい。

 俺は右手の人差し指に集中し、ゆっくりと力を入れてみる。しかしながら、何も起こらない。今度は目をつむって感覚だけを気にしてみると、指先に何かの流れを感じた。もう一度力を込めてみると、フワッと指先が温かくなる。


「あら、一発成功?」


 そう言われて目を開けてみると、俺の指先にも小さいながら先程と同じ光が灯っている。


「おお……」


 自分でも驚いた。しかし、あまりに感覚がフワフワとしている分、全くと言っていいほど実感がない。そして、安心で力が抜けたせいか、その光は己の目で見た瞬間に消えてしまった。


「やっぱり、あの人のDNAよねぇ……」

「え? なんか言った?」

「いいえ、なんでもないわ。次に移りましょう」


 そう言うと、母さんは俺の右目を軽く触る。そして、


カイ

「へっ!?」


 先程と比べ物にならない量のマカが、勢いよく目に流れ込んでくるのを感じた。


「いきなり何を! ……って、鏡?」

「前に言ったでしょ? 目は開閉だ、って」


 母さんが出してくれた鏡で、右目の光を確認する。そういえば、あまり目のことを気にしていなかったかもしれない。


ヘイ


 母さんがまた、俺の右目に優しく触れて、今度は右目の光が消える。


「閉じる方はわかるんだけど……開けるのって意味あんの?」


 すると、母さんは優しい笑顔を俺に向ける。


「その内にわかるわ。ほら、早くやってみなさい? どうせまた一発でしょうけど……」


 最後にボソボソと言った部分が聞こえなかったが、気にせずに俺は目をつぶる。


 ……強い、流れ……


 さっきの流れを頭の中にイメージしながら、右目に意識を集中させる。目の細胞一つ一つに自分自身のマカが集められていく。


 ……全体に行き渡った!


 そう思った瞬間、俺の口は自分でもわからないままに動く。


カイ!」


 目を開く。すでに母さんは俺に鏡を向けていて、そこに写る俺の右目は輝いていた。しかし、そこで俺は妙な感覚を覚えた。


「なんか、前のより光が弱くなってない?」


 光が小さい。これぐらいなら、眼帯をつければ学校にも行けそうである。

 俺がそんなことを考えている間、母さんはやれやれという顔をしている。


「それはね、龍自身が自分にとって丁度いい量のマカを注いだからよ。はぁ、弱い方が出来たら、後は簡単だものね……」


 母さんは仕事が減って悲しいやら、息子の成長度合いが喜ばしいやら、複雑な表情で感嘆と呆れの混じったため息をついている。


「もう私が教えることはないわ、その力は好きに使いなさい」

「ありがとう、母さん。ヘイ


 俺が眼を閉じると、またため息をつく。


「はあー、それにしても早いわねぇ。たったの30分程度でマスターするなんて、はあ」


 ……なんだろう、褒められてるのか呆れられてるのかよくわからない。


「それじゃあ、俺はミヤの家に戻るよ。本当にありがとうーー



「と、こんな感じで……」


 俺がここまでを親父に話すこと約10分。周りの社員三人も一緒に聞いていたが、話が終わると同時に俺は彼らの性格の違いを知る。


「流れる感覚ってどんな感じなんですか?」

 と、研究熱心な田中さん。


「はあ、ワタシの今までの苦労はなんだったの……」

 と、諦め加減のシャーロットさん。


「や、やはりこの方は雅様の婿に……もがっ!」

 忍さんは、少し興奮気味に何かを言おうとしたが、なぜかミヤに口を塞がれている。

 それはさておき、俺は田中さんの質問に答えなければいけない。


「ええっと、流れっていうのは俺よりもミヤに聞くのが良いと思います。マカが血の流れみたいな感覚っていうのを教えてくれたのはミヤなので」


 田中さんは「なるほど」と、頷いてから忍さんを責めているミヤの方を向く。シャーロットさんは俺のことを「タッちゃんよりバケモン」と言って、デスクに戻ってしまう。忍さんはミヤに責められて、さっきよりも影が薄くなっている。

 そして、一番この話を聞いていたであろう親父はいつの間にか隅の方に移動してブツブツと何か言っている。


「何だよ、結局30分で出来るんだったら、第2フェーズとかいらなかったじゃんか。しかもただでさえ少ない役目を怜に取られるとか、俺の存在意義って……」


 親父はこれまでの酷い扱いでストレスが溜まっていたのか、完全に末期症状だ。


「あ、死のう……」


 親父は立ち上がり、ロープロープ、と呟きながら事務所内を歩き回り出す。まずい、これでは本当に死にかねない。


「竜雄さん! まだ最終フェーズに見せ場が残ってるじゃないスか! なに暗い顔してんスか!」


 突然、田中さんがテンションを上げて、親父の背中をバシバシ叩く。


「ホント? 俺必要?」

「当たり前じゃ無いスか! よっ、我らが代表! 海崎竜雄!」


 見え見えのヨイショに、親父の顔はどんどん明るくなっていく。


「よっしゃあ! もう俺からお前に教えるようなことは特に無いぞ、龍! だから、ここからは最終フェーズだ!」


 すっかり元の元気を取り戻した親父は、ウザいほどに明るい。きっと、田中さんに白髪が見えるのはこうして親父の調整役を請け負っているからだろう。


「お前には、俺が使っていた剣を預ける!」

「お、おう」


 勢いと流れで反射的に応えてしまい、ミヤが横でクスッと笑う。


「お前に与える剣が、これだ!」


 そう叫ぶ親父の手元には空間の歪みが起き、剣が現れる。それは片刃で、白銀の刀身が輝いて……


「あっ、その剣……」


 思わず声が出てしまったが、その剣の形を俺が見間違うはずが無い。何度も夢の中で握ってきたあの剣だ。


「こいつはゼーン。『聖竜剣せいりゅうけん』なんて呼ばれていた。俺が龍帝と呼ばれていた頃、使っていた物だ」

「呼ばれて……いた……?」


 どうして過去形なのか、というのが俺の疑問である。親父の力が弱くなったとはいえ、俺が後を継がされたわけでもないのに。

 突然テンションを落とした親父は、そんな俺の考えを察したらしい。


「なんで過去形なんだ、ってか? それはな、俺が表で活躍してたのを知ってる奴がもう少ないんだ……」


 親父のその真剣な、名残惜しさのようなものを感じさせる言葉に、俺は思わず戸惑う。


「俺のことをちゃんと知っていてくれる奴らはみんな……」


 俺はゴクリと唾を飲み込む、そして不覚にも目頭が熱くなりかけた。


「今も元気に、俺のことを龍帝って呼んでくれる」


 同じトーンだが、明らかにポジティブな内容。一瞬でも親父に同情しそうになった自分を馬鹿だと思った。


「……親父」

「もしかして騙されちゃった? ハッハッハッ、あいつらピンピンしてるよ! まだまだ甘いなー、龍は」

カイ!」


 素早く瞬きをして、目を使う。なぜかはわからないが、そうするべきだと本能が悟った。親父の体の中心線に集中しながら、体をひねってタメをつくる。


「えっ、あ、ちょっと待っ……」

「セイッ!」


 親父の声を遮るように、一気にひねりを解放して、その力を前に全て持っていく。

 そのとき俺は、風が鳴る音を聴いた。ビュオッ! という音を連れて、俺の拳が親父に当たった。いや、正確には「受け止められた」と言うべきだろう。

 俺の右手は親父の左手の中にしっかりと収まっている。


「危ねえぞ? こんなとこで眼ぇ使ったら」

「……今、何を……?」


 親父の右手には、先程のゼーンが逆手で握られており、その刀身は輝きを変え、淡い緑の光を放っている。

 たしかに今、親父がその剣を凄まじいスピードで下から上に切り上げるように振った時、俺の拳は勢いを落とした。しかし、ただ剣を振っただけなのだ。


「これがゼーンの力だ」


 そう言いながら、親父はその剣を両手に乗せ替え、俺に渡してくる。


「オレがコイツを完璧に使いこなすのには、一年かかった。お前も精進してくれ」


 俺は、親父のその圧倒的な力に魅了されている事に気がついた。これは海崎の、カイザーの血なのかもしれない。魅了されている自分に感じるのは、興奮と気持ち悪さと呆れだ。


「大事に使わせてもらうよ、父さん」


 この日、俺の龍帝に対する考えは一転した。今思えば、俺に初めて自覚が芽生えたのはこのときだったのかもしれない。

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