1-09 職場で第2フェーズ?


「というわけなんだが……」


 俺は目の前にいるミヤを見ながら説明をした後、そのすぐ隣に目を移す。


「なぜもう準備してるんだ? そしてなぜそんな大荷物?」


 そこには少し大きめのリュック。ミヤは既に準備を終えているようだ。


「えへへ〜」

「いや、えへへじゃなくてだな……」


 すると今度はちゃんと喋り出す。


「リュウの部屋に行く前に、私の部屋に来てたんだよ。あの人」

「あー、そうか」


 軽く相槌を打ってから、かなり重大なことに気づいた。


「……あ、あの人、現役JKの部屋に勝手に入ったのか」

「そういえばそうだね」


 そう言ってミヤは何か思い出したように部屋をぐるっと見回す。すると、


「あ、


 たしかに、奥のタンスの一番下の引き出しが数ミリほど開いている。本物のヤバイ人なのか、親父は……。


「それじゃあ、俺も準備してくるよ」


 そう言ってミヤの部屋から出ようとすると、ミヤに引き止められた。


「どうした?」

「おやつはいるかな?」

「知るか!」


 さっさと出て行く。セラの部屋にも行ったが、また親父が先だったらしい。ちなみに、セラの使っている部屋のタンスも少しだけ開いていたようだ。 ここまで証拠を残していると逆に怪しい。

 それでも、社会のクズと化した親父は後できっちり締めるとして、俺も準備を始める。


 ▽


 全員が準備を終えて道場に集まると、


「何してんの?」


 親父と康司さんがスパーリングしていた。それも、もの凄いスピードで。


「フッ! 竜雄さん、呼ばれてますよっ!」

「うおっ! とりあえずほっとけ!」


 俺はそこに落ちているー2人が使っていたのであろうー木刀二本を拾い、後ろにいるミヤに渡して目配せする。しっかりと意思が伝わったようだ。俺は木刀を大上段に構えると、ゆっくりと親父の方に近づく。何かを察して、康司さんが少し親父と間合いを取ったところで、


「せいっ!」

 バシッ! 少しずらされて肩に当たった。


「痛てぇっ! ……何をするんだ、息子よ」

「この後に及んでまだふざけるか……」

「いい加減に懲りなさい!」

 パーン!

「いだっ!」


 今度はミヤからの一発が綺麗に親父の後頭部を捉えた。完全に俺に意識を集中していたらしい。親父にとってミヤの攻撃は予想外だったようで、口を開けたまま間抜けな顔で俺たちを見つめている。


「ミヤビちゃん……?」

「竜雄さーん、さっき自分が何してたか覚えてますよねー?」


 ミヤは先程からずっと笑顔である。しかし、目が笑っていない。それどころか狂気すら帯びているように見える。近くにいたはずの康司さんも、いつのまにか俺たちの後ろに移動している。


「いやいや、なんの話だかさっぱりわからないよ?」

「さっきぃ、私の部屋のぉ、一番下のタンスが開いてたんですよぉ。セラのとこも開いてたみたいなんですけどぉ、ご存知ありませんかぁ?」


 ミヤの喋り方とその狂気から、犯行がバレたことをやっと察したらしい。親父はすぐさま正座して額を地面に擦り付ける。


「誠に申し訳ございませんでした」

「よろしい」


 その瞬間、親父は顔を、体勢はそのままで顔だけを持ち上げた。ただ、見ている場所は明らかで、目をカッと見開いて鼻の下を伸ばしている。


シロ!」

「……死にたいの?」

「ちょっとだけ痛くしますね?」


 ミヤの笑顔と共に、いつのまにか木刀を構えた康司さんの笑顔までもが消えて、親父はその身で罪を償った。


 ▽


「ほれじゃあ、ほれのひごとばにひふぞ」


 ボコボコの顔で親父はそう言う。


「あのー、やりすぎてません?」

「リュウは心配性だなー。ちゃんと刀身の側面で打ったよ?」

「それに、比較的柔らかい木を使用しているからね」


 徳川の親子としては、かなり手加減をしたということらしい。親父の見た目からそうは見えないが。


「そうだぞ、龍。お前は心配しすぎだ!」

「なんっで戻ってんだよ!」


 何かしらの魔法を使ったのだろう。無傷に戻った親父に俺たちはついて行く。康司さんは見送りだけだ。


ゲート


 またもやこの魔法だ。力が無いと言っていたので、割と簡単な魔法なのかもしれない。というか、


「仕事場までって、車とかじゃないの?」

「いやぁ、魔法は使っとかんと技術が落ちるからなぁ」


 と言うので俺は困惑する。


「ゲートって簡単じゃないのか?」


 すると、ミヤが呆れたように説明する。


「何言ってるの……。ランクだけで言えば転移魔法なんて最上位ランクだよ?」

「へぇー」


 なるほど、俺の身内がおかしいのかと実感する。まあ、状況自体がおかしいのだが……。ところで、


「このゲートって落ちるタイプ?」


 すると親父は「いいや」と答え、続けて、


「あの時のは即席だったからな。怜も少し焦ったんだろう」


 ……神様でもミスはするのか。


「ねえ、早く行こうよー」


 ミヤが我慢を切らしたらしく、口を尖らせている。さらに、


「ゲート閉まっちゃうよ?」


 確かにそうだ。先ほどまで全員が同時に入ってもまだ余裕がありそうなほどのサイズだったゲートは、少しずつ着実に縮まってきている。


「よし、行くか!」


 そう言って突っ込んで行く親父の後ろを、俺たちは歩いてついて行く。一瞬の暗闇。三回目だが、まだあまり慣れない。


 ▽


 急に視界が開ける。と、そこは……


「「「へ?」」」


 三人でハモる。


「ここが海崎法律相談所だ」


 そう言われたのは、アパートの一室。規模が小さいとは聞いていたが……


「マジ?」

「マジ。」


 親父はそう答えながら、しっかりと頷く。そして振り向いて、ドアを開ける。


「失礼しまーす」


 入って見ると、中に居たのはたったの二人。そして、その中に見知った顔はいない。

 まず、俺たちはおとなしそうなスーツの男性の所へ案内される。


「田中くん、後は頼んだ」


 すると、「田中」と呼ばれたその人は、一瞬ビクッとなってからイヤホンを外して親父に振り向く。


「竜雄さん! 頭に直接語りかけるのやめて下さいよ!」

「だから、魔法の技術はだな……」

「人間的な行動をとれっ! 僕は魔法耐性ないんですよっ!」

「ごめん……」


 ついにキレてタメ口になった田中さんに、親父はしおらしい態度で応じる。本当にこの人はここのトップなのか……?

 ふーっ、と息を荒くしていた田中さんは少しして俺たちに気づいた。


「え、誰ですかこの子たち」

「オレの息子とそのお友達だ」

「あー、そういえば言ってましたね」

「よし、じゃあオレは向こうで寝る!」

「はーい」


 それは怒らんのかい! 奥の扉に入って行く親父を見送った後、田中さんは立ち上がり、しっかりとこちらを向く。


「初めまして、田中たなかと言います。案内するほど広くないけど、ゆっくりしていってね」


 とても物腰の柔らかい喋り方をする人だ。さっきキレていたのが別人だと思えるほどだ。


「ところで、あれはいいんですか?」


 親父が消えていったドアの方を指差して聞くと、田中さんは苦笑いしながら答えた。


「あの人は、自分の仕事が無い限りあれだから。あと、僕が怒ったのは不用意に魔法を使われたからだよ。驚かせてごめんね」


 俺の心の声が見透かされたようなそのセリフに、この人はただ者では無いと察した。

 そして俺たちは、田中さんとデスクを挟んで反対側の、もう一人の所へ連れて行かれる。


「この人はシャーロットさんです」


 すると、「シャーロットさん」が、スマホから目を離し、椅子を回して振り向く。どこかとのハーフかな? こちらもスーツだが、女性的な部分が激しく主張している。


「奥のガールズは初めまして、かな? 龍ちゃんはワタシのこと覚えてないわよね」

「へ?」


 全く覚えていない。今見た印象だけだと、エロそうな人だなぁ、ぐらいか。しかし、それもすぐに確信に変わる。


「あっ?」


 バフン。

 顔の両側に柔らかい感触。俺はシャーロットさんに抱きしめられている。


「ちょっ、な、離して下さい!」


 必死に振りほどこうとするが、彼女はニヤニヤしながら俺を逃がさない。


「ああ、この反応。やっぱり男子高校生DKっていいわね〜」


 ……横目に見えるミヤとセラの顔は、赤くなっている。特にミヤに至っては、火が出そうな勢いだ。


「いい加減に……してくだ……さい」


 顔が埋もれているので、途切れ途切れにしか喋れない。すると、彼女は俺を解放してくれた。


「そうね、あんまりやると誰かに怒られそうだし♪」


 そう言ってまたニヤニヤとしている。その一瞬にミヤの顔がまた赤くなったのは気のせいだろうか。そして、シャーロットさんの目線は次の標的へ。


「あら、あなたいいモノ持ってるわね? ちょっと触らせなさい」


 そう言いながら両手をワキワキさせながら、セラにじわじわと近づいていく。


「はいそこまで。ストップ」


 田中さんが止めてくれた。


「何でよー」

「龍くんはまあ、百歩譲って良いとしましょう。でも、彼女はダメです。後であなたの身がどうなるかわかりません」


「ちえっ」と舌打ちしながらシャーロットさんはまた椅子に座ると、スマホとにらめっこを始めた。

 ……俺の事は百歩譲ればいいのか。たしかに、あの父親の息子だから仕方ないのかもしれない。続いて、田中さんは案内を続けようとするのだが、


「あれ、全員じゃないんですか?」


 俺の純粋な疑問である。もう他に人はいないはずだ。すると田中さんは困ったように笑う。


「うーん、それが普通の反応だよね……」


 どういうことだろう? 俺がそう思ったその時、ミヤが言う。


「あれっ? 忍さん?」

「雅様っ!?」


 声がした方を見ると、黒いスーツに身を包んだ女性が片膝をついて座っていた。

 なぜそんな所に、と言いたくなるような所にしゃがんでいたその人は、名前を「忍」というようだ。さらにミヤに説明してもらうと、


「あたしの家の筆頭忍者で、元あたしのお目付け役だった忍さん」

「忍と申します。以後、お見知り置きを」


 この喋り方に、ピシッとキメた黒いスーツを見ると、堅苦しい人だという印象だ。また、影が異常に薄い。普通なら気付く距離にいたのだが、全くわからなかった。それに気付いたミヤに田中さんも驚いていた。それだけ、ミヤと長い時間を過ごしてきたのだろう。今度こそ、全員の紹介が終わったようだ。


「以上の三名で基本的な仕事をしています。竜雄さんは、だけを取り扱っています」

「「へぇー」」


 と言ってから俺とミヤは顔を見合わせる。


「異種族がらみ……?」


 すると、奥のドアがバァン! と大きな音を立てて開く。


「そこからはオレが説明しよう」


 親父がタイミングを計っていたかのように勢いよく出てきた。というか、多分ドアの前でずっと待っていたのだろう。スタスタと歩いて俺たちの目の前の椅子に座る。


「オレが取り扱う異種族がらみの案件は、田中たちでは手に負えないレベルの物だけだ」

「ちょっと待て」


 俺は急ぎで親父を制止する。


「ここは普通の法律相談所とは違うのか?」


 すると、田中さんがため息をつき、怒り口調になって、


「竜雄さん、誰に対しても説明はちゃんとしてくださいっていつも言ってますよね?」

「いやー、説明したらついてきてくれなさそうだったからさあ……」


 また田中さんはため息。苦労が多そうだ。よく見ると目立ってはいないが、数本白髪が見える。親父は気にせず説明を続ける。


「まあ、要するにだ。この事務所の役割は、異世界での厄介ごとを解決することだ」


 俺はわかったの意で頷く。


「で、オレの力が減ってきてるからお前に継いでほしいというわけだ」

「もし断ったら?」


 聞き返すと、親父は首を横に振って、


「その時はこっちの世界が吹き飛ぶだろうな。あっちで起こったことは少なからず影響するわけだし」


 ほとんど脅迫じゃないか。俺はもう逃げられないということか。よし、ポジティブに考えよう。このまま行くと、ここで仕事が決まるということだ。就活を回避できるということになる。

 なかなかいいんじゃないか? ブラックじゃなければだが。


「で、断るのか?」

「腹は括ってるよ」


 即答する。仕方がない。そんな俺の言葉に、親父は満足げな顔をする。


「そこで、第2フェーズというわけだが……」


 親父はそこで言葉を溜める。どんな無茶振りが来るんだ……?


「お前の中にあるマカの使い方を教えよう」

「ええーー、って……」

「割と普通だね……」


 親父の割と普通な発言ー俺の「普通」は既に壊れてしまったーに俺とミヤは拍子抜けする。セラを見ると、ずっとついてこれていないみたいだ。その顔にはいくつものクエスチョンマークが窺える。そして親父は、「普通だ」と言われたのが少し悔しいのかこんなことを言ってくる。


「その普通のことがまだできないから言ってやってるんだろうが! その眼も使えないんだろう?」

「使えるよ?」

「まあ、そんなことは知ってたが……。ん? 今、なんて?」


 俺の言葉は予想以上に親父を驚かせたらしく、かなり慌てている。


「だから、眼は使えるって」

「う、嘘だ! なら、見せてみろ!」


 なぜか親父の口調がヤケクソになっている。そんな親父の想像を超えるべく、俺は右目に意識を注ぐ。マカが右目に強く流れ込んできて、全体を満たしていく感覚。

 ……軽く瞬きをするぐらい、思い切り開かなくても良い。


カイ!」


 見事に、俺の右目が前と同じ黄金に輝くのが鏡に写っている。親父は顔は落胆の色を見せる。


「はあ、オレの仕事が無くなったのは嬉しいような嬉しくないような……。もう閉じていいぞ」


 言われて、すぐに目を閉じる。


ヘイ


 目を開けてみると、俺の瞳は黒を取り戻している。


「お手上げだよ、第2フェーズは完了だ」


 親父は両手を上げてバンザイしながらやれやれという顔をしている。


「いやー、先にやっといて良かったね!」


 ミヤが明るい声でそう言うと、親父が頭を掻きながら、


「大体わかってはいるが……。誰に教えてもらったんだ?」

「母さんに」


 即答すると、親父は呆けた顔をして、頭を抱えるポーズ。


「オーマイガー……。あ、これほんとに俺にとっての女神様の話だよね!」

「上手くない」「ノロけんな」「ウザい」


 まだ最後の足掻きを見せた親父を、俺、田中さん、ミヤの順に審査すると、結果は散々である。


「あ、はは、あははは……」


 そう残して親父は崩れ落ちた。
















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