1-08 親父襲来


「リュウは副会長ね!」

「は?」


 帰り道、唐突にそう言われて、俺は自分の考えが甘かったと気づく。推薦人の次は副会長か。しばらくはミヤに振り回されていようと覚悟を決め、不自由な生活を悟った。


「ところで、ミヤは“第2フェーズ”って聞いたことあるか?」

「ん? 無いけど、どうかしたの?」

「いんや、昨日康司さんに言われたから、知ってるかなーと思って」


 顔はまだ直視しない。一度再燃した気持ちを元に戻すのはなかなか難しいもので、出来る限り接触は減らしておきたい。

 そうしていると、あっという間に徳川家に着いた。……とりあえず着替えて道場行くか。


 そう思って俺は借りている部屋の障子扉を開けて、中に入ろうとしたその時。


「おう、龍! 一週間ぶりだな!」


 俺は踏み出しかけた足を引っ込めると素早く扉を閉める。今、なにか見てはいけないモノが見えた気がする……。一度先程の映像を頭の中から振り払い、もう一度扉を開ける。


「おう、龍! 一週間ぶりだな!」


 再び素早く障子扉を閉める。まだ幻覚を見ているようだ。もう一度だけチャンスをやろう、俺の視覚神経よ。


「フッ……龍。一週間ぶりだな……」


 障子扉のピシャッという音が好きになってきたかもしれない。しかし、これは幻覚では無い。間違いなくいる。心の準備をしてからそーっと扉を開けると、その人は隅でうずくまって、すすり泣く声が聞こえてくる。


「うっ……うぅっ……」

「失礼しましたー……」


 今度は空気を読んでゆっくりと扉を閉めようとすると、その人が猛烈なスピードで立ち上がり飛びついて来て、扉を止められた。


「なんで閉めるんだよおぉぉ、そんなに俺のこと嫌いかよおぉぉ」


 涙でグッショグショになった顔を近づけてくる親父を押しのけながら、


「急にいたらビックリするだろうが! あと気持ち悪いっ!」


 俺が軽く突き飛ばすと、親父は受け身をとったにもかかわらず、わざとらしくその場にへたり込み、


「んもう、龍ちゃんったらいつからそんなに口が悪くなったのぉ?」

「親父にあの羽見せられた時からだよ。あと、キモい」


 いつのまにか親父のテンションは上がり、元に戻っている。しかし、正直なところ自分でも、尊敬していたはずの親父にここまで冷たく当たれるとは思わなかった。少し楽しいのは、俺にSの素質でもあるのかもしれない。

 それはともかく、親父がその気持ち悪い動きをやめて、俺の方にしっかりと向き直ると、


「それとな、さっきのは三段オチだぞ? せっかくイケボにしてやったのに」

「知らんわ!」


 そこまでして親父の気も済んだのか、今度こそ真剣に話し出す。


「さて、龍。俺が何の要件で来たのか、わかるか?」


 親父の真剣な表情に合わせて、俺は首を横に振る。


「簡単だ。俺が第2フェーズの担当だからだよ」


 俺はただ単純に驚いた。そんな気はしないでもなかったが、力を失ったと言っていたので、違うだろうと思っていた。


「で、今度は何をさせられるんだよ」


 そう聞くと、親父は少しだけニヤッと笑い言った。


「俺の仕事場に来い。ミヤビちゃんたちも連れてな」


 親父の……仕事場……?


「……それって事務所のこと?」

「ああ、そうだ」


「事務所」とは、竜雄の仕事場である海崎法律相談所のことである。規模は小さくCMなども流れていない。しかしその分、関係各所のお偉いさんたちが多く来るらしい。親父によれば、これも経営戦略だそうだ。

 今までに俺は行ったことはないが……。


「そこで何すんの?」

「それは行ってからのお楽しみとしておこうぜ?」


 と親父はウインクしながら言う。変なところで器用だと思う。この後、俺が感じていた嫌な予感は確かに当たるのだった。









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