1-06 声に舞い、剣と舞う

 起きてすぐ、たまに背中の手が届かない所が少しかゆくなることがある。まさしく今日はそういう日らしい。しかし、背中に意識を向けると昨日の柔らかい感触が思い出されて、と我に帰ってそれを振り払うように布団を軽く吹っ飛ばしながら立ち上がる。

 昨日はあの後、ミヤを女中さんの所へ運んだ後で、康司さんを捕まえてきっちりと謝ってもらった。

 居間でミヤと顔を合わせたが、本人は昨日のことは覚えていないみたいだ。


「どうかした?」


 と聞かれるが、言えるわけが無い。脱衣場まで眠ったミヤを背負って、一瞬でも全裸を見てしまったなんて……。考えると思い出してしまうので、ここで思考停止。


「別に」


 と短く返して朝食をかき込む。そしてついに今日、セラの制服ができあがった。サイズはピッタリだと言うが、ブレザーもスカートも少々ピッタリすぎる気がする。


「どうですか? リュウさん!」

「ああ……うん、似合ってると思うよ」


 嬉しそうにセラが飛び跳ねるたびに揺れるものがわかるので、俺はふいっと目を逸らす。逸らした先でジト目のミヤに気付き、スネに蹴りをもらう。


「痛てっ!」

「ごめーん、足が滑ったー」


 わざとらしくそう言うミヤは、俺をおいてセラと行ってしまう。俺は蹴られた右足を気にしながら、二人の後をついて学校に歩いていく。



 学校では、誰に投票するかによって派閥ができていた。小田のいる参組には、岩ちゃん山ちゃんの他に、ファンクラブが数人。

 弍組のミヤのところには、ファンクラブから流れたヤツや、俺の一言をわかってくれたヤツが。

 そして壱組の上本の周りが一番多く、ほとんどが男子で構成されている。こうなると、さすがに何かあるとしか思えない。

 そして今日は、公約の確定とそのための演説の時間が午後にある。無論、俺も何か言わなければならないのだが、


「どうしたんだ、セラ?」


 昼休み、スピーチ内容を考える俺の目の前をそわそわとセラが歩き回っている。セラは少し恥ずかしそうに、


「あの……ショウ君は……」


 ショウを探しているらしい。


「ああ、アイツは今日遅刻だって」

「そうですか……」


 とセラがしょんぼりとする。そういえば、セラが来た初日のショウもどこか落ち着きがなかったと上本が言っていたな。


「なあ、セラとショウはどこかで会ったことがあるのか?」


 あり得ない事だとはわかっている。わかっているのだが、聞かなければならない気がした。セラは驚いた顔で俺をジッと見て、少し迷ったような表情を見せてから微笑んだ。


「はい」


 答え、うなずいた。そして、俺が「なら、どこで?」と聞くことを知っていたように、セラは先回りして言った。


「彼も、私と同じ神族なのです」


 俺は、突然頭を横から殴られたような感覚を覚えた。

 ……理解不能だ。中学の頃からの親友が、セラと同じ神族だなんて。でもそれなら、あの日ショウが動揺していた事にも説明がつく。


「でも、セラって神界の王女様なんだよな? ……ショウってもしかして偉い人?」


 すると今度は首を横に振る。


「そんなに権力がある訳ではないのですが、ただ……」


[ゴーン、ゴーン……]


 そこで鐘が鳴る。セラは「また後で」と、一番後ろの席に戻っていく。


 ……うーん。すごく気になる。


 ショウの方に聞いても、多分答えてくれない。帰ってからセラに聞けば良いか。それはさておき、応援スピーチの内容が考えられていない。


「はあ〜〜」

 またアドリブかよ……。




 そして午後の演説である。俺は体育館のステージ裏でミヤと話し合いをしている。今は小田が演説中だ。


「なんで原稿できてないの!?」

「仕方ないだろー、セラと喋ってたんだから」


 ただ単に事実を述べただけである。しかし、ミヤは想像力、いや妄想力がお強いようで、


「ふん! どうせリュウもいやらしい目で見てるんでしょ!」

「なぜそうなる!」

「朝もそうだったじゃない!」

「あれは不可抗力だ」


 こうなるともはやただの口喧嘩だ。そこへ選挙管理の先生が来て、


「なんだぁお前ら、痴話喧嘩か?」


 と太い声で言うのでミヤは顔を真っ赤にする。


「「違います!」」


 見事にハモった。俺の顔も同じぐらい赤くなっているのだろう、先生はガッハッハと笑いながら、「頑張れよー」と言って立ち去って行った。


「あんな先生いたっけ?」


 ミヤに聞くと、


「体育科の近藤先生だよ。リュウのクラスには入ってないからじゃない?」

「あーそうか……。なんというか、緊張感無いな」

「うん……」


 近藤先生のおかげで二人とも緊張は無くなったが、原稿が無いことには変わりない。


[続いて、徳川雅さんです]

「呼ばれちゃった……」

「まあいいや、なんとかするよ」


 小田の演説はよほど観衆に響いたのだろう、その余波が残る中、俺は壇上のマイクの前に立った。横にはミヤがいる。まずは、生徒たち全員の気を引かないといけない。だいたい二百人。なんとかならないこともない。


「諸君! これが何か、わかるだろうか?」


 ざわめきはあまり収まらない。目算20%ぐらいか。


「このノート、実は彼女の秘密がぎっしり詰まっている」


 ミヤを指しながら言うと、残りの80%がこちらを向く。「秘密」というワードには誰しも反応するものだ。それもミヤの物なら尚更だ。もちろん、本当は何も書いていないただのノート。ここからは本当にアドリブだ。


「……さて、まずは彼女、徳川雅のプロフィールから!」


「おおおおっ」と、ある程度の歓声が上がり、俺はそのノリに勢いをつける。


「かの将軍徳川家康の子孫である彼女、なんとこの学校の理事長の孫でもある! そして、その人望はその将軍を凌ぐほどに!」


 話を切るたびにピューと指笛やら声やらが聞こえ、横でミヤは少し恥ずかしそうにしながら俺を睨みつけている。いつもなら逃げ出す所なのだろう。


「そしてその容姿、身長170cm、そして驚異の8頭身! そして、その小顔から繰り出される天使のようなスマイルは男女問わず人を虜にする!」


 身長はかなり盛ってしまったが、ミヤの自身のオーラでなんとかなるだろう。

 ……さあ、ここからが本番だ。

 俺がニヤリと笑うのを見たミヤは、何やら不安げな顔をしている。きっと俺の次の一言にミヤは驚愕するだろう。


「ここからはコアな情報だ! 彼女のスリーサイズは上からいてててててて!」


 さすがにミヤビ様もお怒りのようだ。頰をおもいっきりつねられ、言葉が遮られた。爆笑をかっさらったが、まだ足りない。


「わかりました、それではご本人の口から。どうぞ!」


 俺がマイクを台から外し、そう言ってからそれをミヤに向けると、


「バカッ!」


 つねられた次は可愛げのある悪口を叩かれる。マニアックな男子なら今ので失神しそうだが、俺はそうではない。俺がマイクを向け続けていると、ミヤは恥じらいながらも声を出す。


「そ、そういうのは気心が知れた彼女とかとやりなさいよ……」


 俺はこの時、シメたと思った。


「それなら、彼氏さんに頼みましょうか? おーい、彼氏ーー?」


 もちろん、誰からも声が上がらない。


「もう! そんなのいないわよ!」


 ミヤが痺れを切らして先に言ってしまう。


「おおーっと、彼女は現在フリーのようですね! さあ、ここからが本題です! 彼女に投票した人の中から抽選で一名。“一日彼女権”を差し上げます。僕からは以上!」


 少し間が空く。


「うおおおぉおぉおおお!!!」


 男子の咆哮。少し女子がいたのは幻覚かな?

 とにかく、これでミヤのスピーチは観衆に届きやすいはずだ。さらに、後援会とあまら接点がない人たちにも俺とミヤがそういう関係じゃないことをわかってもらえただろう。一石二鳥。アドリブにしては上出来じゃないか?

 改めてミヤの方を向くと、ミヤはプルプルと震えながら顔を赤くし、こちらを見つめている。


「どうぞ?」


 ステージの真ん中に立つよう手を出す。するとミヤは、握った右手を後ろに大きく振りかぶって……。


「死ねっ」


 ……マイクをオフにしておいて良かった。

 ゴスっという鈍い音と共に遠のく意識の中、俺が思ったのはそれだけだった。


 ▽


 目が覚めると、白い天井が目に入った。体を起こして、首を回すとコキコキという音が出る。俺が寝ていたのはベッドの上、そして横には厚布の白いカーテンがかかっている。


「保健室か……」


 カーテンを開けると、見えた景色はドアの小窓から入ってくる光でオレンジ色に染まっている。


「だいぶ寝てたね、海崎君」


 話しかけられた方を振り向くと、光で見えにくかったが、白衣を着た若い男性が丸椅子に座ってこちらを見つめている。


「えっと……」


 名前がわからない。しかしそれを察したのだろうか、優しい笑顔を俺に向ける。


「名乗らないとわかんないよね。僕は養護教諭の視神遼みかみりょうです」

「すいません、ありがとうございました。視神先生」


 すぐにそう言うと、視神先生は「いえいえ」と、手を振ってスマイル。


「養護教諭の仕事なんてこれぐらいしかないからね」


 ……うん、すごくいい人だ。


「いい人」というレベルで片付けられない優しさを感じる。顔もいいから、やっぱりモテるのかな? そんな事を聞こうとしたとき、


「そういえば」


 と思い出したように視神先生が声を出す。


「徳川さんが外で待ってるって言っていたよ」

「あー……」


 ……律儀だなぁ。

 しかし、それが徳川家の教育なのだろう。俺は立ち上がって急ぎ足で保健室を出ようとする。ドアを開ける直前、振り返って一礼。


「本当にありがとうございました」

「うん、お疲れ様」


 視神先生はまた、周りにバラが咲きそうな爽やかな笑顔で俺を見送ってくれた。



 校門のところまで来たが、ミヤの姿が見当たらない。ミヤを探しながら一度外に出てみると、


「おーい、ミヤーーーーー? うおっ!?」


 校門の前、俺の足下で座り込んで寝ているミヤを発見。


「外でって……教室の前とかでいいだろよ」


 すうすうと寝息を立てている姿は、いつものミヤ以上の幼さを感じさせ、俺の顔も少しだけほころんだ。だが、


「疲れるとすぐ寝るのは克服するべきだな」


 やはり選挙関係の仕事は多く、今日は俺が眠ってしまったせいで量は半端じゃなかったはずだ。とはいえ、こんなところで美少女が眠っていれば、何かあってもおかしくない。

 昔からミヤはこうなるとなかなか起きないのを知っている。つまり背負って帰らなければいけないのだが、案外その事に疲れは感じない。


「ういしょっと」


 夜が近づく町を、ミヤを背負って歩く。このとき、もちろん意識はできるだけ自分の腹側へ……。


「うぅ……」


 どうやらうなされているらしい。呻いては寝息を立てを繰り返している。


「リュウ……」

「え? 俺?」


 人の夢に自分が出ているところを見るのはなかなか無い体験のような気がする。


「リュウ……………………すき」

「へ!?」


 突然背後から飛んできた言葉のミサイルは俺を撃墜するのには十分すぎた。

 くっそ……。寝てれば可愛いなチクショウ!

 頭を冷やそう。そう思って全力で走り出すと家まではすぐだった。



「お疲れ様」


 そう言いながら、康司さんが俺に冷えた麦茶を渡す。


「ありがとうございます」


 受け取って一気に飲み干す。俺の横に転がっていたミヤは、女中さんに抱えられて部屋に連れて行かれた。意外と重かったというのは言わないでおこう。


「今日はやめておくかい?」


 康司さんがそう言うので、俺は首を横に振る。


「いえ、やります」

「おっけー」


 道場に移動すると、木刀を投げ渡されて、お互いが反対の位置に立ってから構える。

 いつも通り、康司さんはいつもと同じ左手のみで中段に剣を構える。対して俺は、いつもと構えを変える。


 ……夢の中の俺がしていた構えをどうにか再現すれば。

 その事だけを考えていると、自然に体が動き出した。足は肩幅に少しだけ右足を下げる。両腕は力を抜き、腰の位置に下ろして剣先は相手よりも少し前の地面へ。


「ふふっ、面白い構えだね」


 そう微笑んだ康司さんは、人差し指を俺に向けると「来いよ」とアピールした。

 それに応えるように俺は一歩踏む、と同時に前に飛び出してそのまま中断に突き、これはかわされる。だがそんなことは想定内、左手を離して避けた右側に剣を払う。しかしこの一振りも空を切った。それでも俺は間を置かずに攻める。右から中段、下段突き、斬り上げ、斬り下ろし、と四連撃も不発。普段なら簡単に終わるのだが、今日は練ってきたものがある。


 一度距離をとると、康司さんも何かを感じ取ったようで俺の目を見て一瞬ニヤリとした。比較的短く「ふうっ」と息を吐いてから体を傾けて勢いよく突進する。剣先が康司さんに届く、


「当たらないよね」


 後ろに大きく退いて、俺を前に転ばせようとするのがこの躱し方だ。しかし、俺は剣を滑らせ、そのまま走り込んで斬れる形を作る。康司さんは飛んで退いた所で避けられないはず。


「読めてるよ」


 突然康司さんが右に移動した。どうやらこれを読んで小ジャンプで交わしたらしい。


「俺も読んでますよっ!」


 走っていた勢いを思い切り右側に振る。今度こそ大きく飛んで退いていた康司さん目掛けて斬り払い。だが、体を倒されてギリギリ当たらない。


 ……まだだ!

 勢いを利用してもう一回転。捻った体がギリギリと鳴るのが聞こえるようだ。ギョッとする康司さんの顔が見えた。空中で回避する手段はもうそれ以外にはないでしょう?


「もういっちょぉおおお!」


 同じ向きに横薙ぎ一閃。パーンという木刀同士の気持ちいい音が鳴って、俺の剣が止められる。人生で最も長いこと宙にいたような気がする。足が地に着くとほぼ同時に俺は大の字に倒れ込んだ。


「よっしゃ!」


 俺は初めて木刀同士が打ち合う音を聞いたのだ。普通にしようとしていても、思わず口角が上がってしまう。康司さんは悔しそうに、また嬉しそうに言う。


「行動を読んで避けられない状況を作る。いやー、参った」

「いえ、まだ当たっただけで勝ってはないので。その言葉は取っといて下さい」

「お、僕に勝つつもり?」

「あ、圧がすごいです……」


 仕合い後の話が一段落すると、康司さんは「さて」と切り出した。


「第1フェーズはクリアだね」

「へ? 第1フェーズ?」


 やっぱり、次は体に当てるまで帰れないとか言うんじゃ……


「今日、というか僕はもう終わりだよ」


 そう言って康司さんはいつもと同じように優しく笑う。


「第2フェーズの担当は僕じゃないからね」


 俺はさっさと風呂に入って寝ることにした。「第2フェーズ」というのが少し気になるが、康司さんに戦略勝ちを決めた興奮の冷めやらぬまま、俺は目を閉じた。

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