1-05 想定内と想定外


 朝だ。今の時刻は6時30分。俺はまだ半分眠っている体をゆっくりと起こして制服に着替える。そして、寝ぼけ眼をこすりながら朝の白い光が当たる縁側を歩いて行くと、左手に障子扉が現れたので、そこを何気なく開けてみる。


 ……ん? 縁側? 障子?


 扉を開けた俺の目の前には下着姿のミヤが。


「お、おはよう……?」


 薄いピンク色の、派手さは無いが可愛らしい下着が目に入った。それと同時にその素肌も……おっと、これでは変態ではないか。

 ミヤは顔を赤くし、次の瞬間、グーの形になった右手を大きく振りかぶった。


「変態っ!!!!!」

「ごめぶっ!」


 日本庭園を横切るように勢いよく転がりながら、ミヤの家だった事を思い出した。そして今日はミヤに変態だと思われながら過ごす事が決定してしまった。



 俺は赤く腫れた頰をさすりながら、なんとかミヤと一緒に学校に向かおう、と思いきや……


「どうしたんだ、セラ?」


 セラが何か言いたげな顔をしている。


「私も、学校に行きたいのですが……」


 と言うので、ミヤを見るが目は少しも合わない。


「いいよ、許可は取ってあるし」


 このあたりはさすがである。セラの顔はパアッと明るくなる。


「制服はないから、とりあえず見学ってことでいい?」

「はい!」


 どうやら昨日何かあったらしい。なんとなくだが、セラの距離感が俺とミヤで微妙に違う。俺は先を行く二人の美少女の後ろに付いて学校に向かう。



「すごいな……」


 セラが同級生たちに囲まれて、質問責めに会う姿はまさに囲み取材であった。金髪碧眼という日本ではあまり見ない顔の上、ミヤとはタイプの違う美人だと噂されている。

 今のところ、ミヤはキレイ系でセラはカワイイ系に分類されるそうだが、俺の印象はどちらかというと逆、むしろミヤはどちらにも入らないと思う。

 そして、そんな二人と登校してきた俺には、男どもだけでなく、女子からの鋭い視線があらゆる方向から突き刺さっている。


「リュウよー、何でお前のとこばっかり美人が集まるんだよー?」

「知らねーよ……」


 肩身の狭い教室で、唯一話しかけてくれるのは上本だ。上本自身、さっきまではあの輪の中で奮闘していたようだが、もういいのだろうか。


「カップサイズ聞いたら追い出されましてな、ムフフ」

「さすが、そういうことをやらせると右に出る者はいないな」

「ありがとう。俺のことを本当にわかってるのは君ぐらいだ」


 全く褒める気なく言った棒読みの褒め言葉に真っ直ぐな褒め言葉で返してくる。この辺りの立ち回りが上本を上本たらしめる要因だと勝手に思っている。

 少し照れて、俺が何も返せなかったのを見ると、上本は余計な情報を付け足した。


「ちなみに、だそうでございますよ」

「……ノーコメント」


 多分こいつのことだ、質問のテンポが良い時に勢いで聞いて言わせたのだろう。聞き出すスキル自体は良いのだが、その使い道はどうもしもの方に偏っている。

 そして、今度は面白い情報を付け足してくる。


「そういえば、ショウが変な反応してたぜ?」

「ショウが?」


 上本によると、ショウはセラの姿を見た瞬間に普段見せないような、目を見開いてギョッとしたような顔をしたそうだ。さらに、その後はセラを不自然に避けるようにしていたらしい。考えてみると、


「…………好き避けってやつだったりして」

「おっ、ついにあいつにも春が来たか!」

「あいつの周りは年中、が咲いてるだろ」

「はっはー! 上手いなリュウ。座布団一枚!」

「そりゃどーも」


 ショウが女子を侍らせているのは周知のことだ。しかし、その女子たちに対して、セラのような反応は一度も見たことがない。これはもしかすると……。



 帰る頃にはセラへの質問攻めは少なくなり、教室はいつも通りの賑やかさに戻った。セラは帰り道で今日された色々な質問を俺とミヤに嬉しそうに話していた。その中には、上本の話も少しあって、ミヤの顔が一瞬怖くなったのを俺は見逃さなかった。

 それと、どうやら俺の変態認定は撤回されたようで、「今度から気をつけてよね」と注意されるだけで済んだ。


 帰ってからは昨日と同じく康司さんに鍛えてもらい、就寝は10時頃だった。ちなみに、今日も康司さんには一本も当たらなかった。



 ▽



 準備期間の二日目、今日の俺は変態認定されていない。セラはどうやら転入することにしたらしく、制服を注文したようだ。

 今日は七時間目に選挙についての説明があるため、体育館に移動する。それと同時に推薦人紹介と公約の提示があるらしいが……


「指名制だと!?」


 事前説明書によると、推薦人は立候補者自身が指名する規則だそうだ。一番推薦してくれそうな人を選ぶのも会長の技量という事らしい。

 一番始めに壇上に上がったミヤとバッチリ目が合い、思わず俺は頭を抱えてしまう。


 絶対に指名される。指名されなかったら逆におかしい。いや、これは俺の自意識過剰か? そういえば中居もいるし。そうだ、無心になれば、無心に……


「私は、推薦人に壱組の海崎龍君を指名します」


 ……そうですよね。いいですよ別に、知ってましたもん。

 指名された場合、前に出て一言という苦行が待っている。多少いじけながらも俺は席を立ってステージの方へ歩いていく。

 周りの視線、特に男子からの視線が痛い。俺の豆腐メンタルはもうすでに原型をとどめていない。もういっそこのまま消えて無くなってしまえればいいのに。

 ステージに上がってミヤの横に立ち、マイクをもらう。そして、固くなりすぎないように注意しながら、一言ずつ大事に発音する。


「先程指名されました、一年壱組の海崎龍です。指名されたからにはちゃんとやります。それともう一つ」


 一息、


「人の外見だけで票を入れるのはやめて下さい。徳川雅という人間の中身をしっかりと見て、票を入れてください、以上です」


 予想していたものとは違い、力強い拍手が全体から起こる。俺は言いたいことだけを言った。ペースト状になりかけていたメンタルもちゃんと元の白い長方形にまでは戻った気がする。

 その後の推薦人指名は、小田が岩ちゃんを指名。そしてもう一人。


「上本!?」


 何も聞かされていない。あいつが立候補するなんて。一体何を企んでいるのか。それはこの推薦人指名でわかるかもしれない


「参組、見神翔君を指名します」


 上本の言葉は途中からかき消された。ちらほらと暴言が聞こえるのは男子の声で、基本的には女子のキャーキャー言う声が上がっている。

 しかし、その騒がしいギャラリーたちをショウは壇上に上がった自分の足音だけで静まらせた。


「指名を受けました、一年参組見神翔です」


 そして一喝。


「諸君! 上本に入れろ。以上」


 キャー、という悲鳴のような歓声が女子から上がる。そして、男子の一部はそのカリスマに当てられたのか、一緒になって騒いでいるのが見えた。男にモテる……だと……!


 参組、伍組からの立候補者はおらず、その後は公約についてのおおまかな内容だけが発表され、下校となった。



「ふいーーーーー」


 俺は康司さんとの仕合いを終えた後、ゆっくりと風呂に浸かっていた。

 徳川家の風呂には大浴場と普通の風呂があるのだが、俺は普通の方を借りている。大浴場はその名の通り銭湯並みの広さを誇る。それに比べて、普通の方は洗い場が広く湯船が少し狭い。俺にはこっちの方が合っている。


「結局今日も当たんなかったな……」


 今日は少し剣の振り方と軌道を変えてみたのだが、それも難なくかわされ、最後には笑顔で、


「いい変化だね」


 と言われる始末である。どうすれば当たるか……と、頭を悩ませていたそのとき、脱衣所の戸が開いた。康司さんだろうか、あまりよく見えない。その人影が風呂の戸を開け、姿が見えた直後、俺は硬直。相手も硬直。そして叫ぶ。


「なんで……!?」

「なんではこっちのセリフだ!」


 ミヤが持っていたタオルでバタバタと前を隠すのに対し、俺は顔を両手で覆ってその景色に背中を向ける。変態のレッテルを貼られるのはもう嫌だ。


「だ、だって大浴場お父さんが使ってるし、こっちなら空いてるかなって……」

「バカかお前は! 扉に使用中ってあっただろが!」


 確かに、使用中の紙は貼っておいたはずだ。ミヤに限って見落とすはずが無い。ならなんで。


「え? 空きって書いてたけど……」


 そんなバカな。誰かが剥がしたとでも言うのか。そんな嫌がらせみたいな事をするヤツがどこに……。


「あ」

「どうした?」


 ミヤの呟きに、顔を背けたまま聞いてみる。


「そういえばさっき、お父さんが外でコソコソしてたような」

「なるほど……。よし、とりあえずお前は外に出ろ」


 犯人はわかった。確かに、康司さんは俺をミヤとくっつけようとしている節がある。きっとあの人は嫌がらせだなんて思っていないだろう。


「え? 脱衣所で待ってたら一緒じゃない? ていうかそっちの方が湯気なくて危ないじゃん!」

「なんでお前は全裸で待つつもりなんだ!」

「一回脱いだ服もっかい着たくないもん。それならリュウが出てよ」


 なんと強かな女だろうか。やっと暖まってきたところなのに先に上がれと申される。湯気もほとんど抜けてしまった。背に腹は変えられない。


「わかったよ……」

「よろしい」


 そう言うなり、風呂の戸を閉めて普通に体を洗い出す。そういう音が聞こえているだけだ、俺は断じて見ていない。それ以上に、


「なんで入ったんだよ! 出られないだろ!」

「じゃ、そこにいなよ」


 ……なんだこの状況は!? 完全に主導権を奪われた俺はただ洗い場に背を向けて風呂に浸かっているしかなかった。

 そして、家の外観からは想像できない程に現代的なシャワーの音が止まる。そして背中側でチャプンという音が立ち、お湯のかさが少し増した。


 ……なぜ入った!?


 狭い風呂に高校生の男女二人。教育的に良くない妄想のネタにしかならなさそうなこの状況である。動くと何かに当たってしまいそうなので、俺は目を瞑って意識を天井に向ける。すると、ふいにミヤが、


「ねえ、リュウ」


 と、疲れたような、そして少し甘ったるい声で俺を呼ぶ。


「な、なんだよ」

「……ドキドキしてる?」


 ……なんだその小悪魔的発言は。 幼馴染よ、お前はもっと恥じらうべきではないのか!


 そんな風に思って、背中越しに説教でもしてやろうかと思ったその直後。

 ふにゅっ、と突然背中に何かが当たった。その感覚と、頭に浮かんだ想像を全力で振り払う。


「ミヤ! さすがに悪ふざけが……」


 右肩に乗っかってきたミヤの顔を見ると、すうすうと寝息を立てている。


「なんだよ……」


 はあっと大きく息をして、横から手を伸ばしてミヤの頭を撫でる。


「お前も疲れてるんだな」


 後でわかった事だが、会長選に向けて俺と比べ物にならない量の作業をこなしていたようだ。


 俺また恥ずかしいことしてるな……。

 ミヤに起きる気配が無いのを見て、黒歴史にはならなそうな事を安心してからもう一つの重大な事に気付いた。


 この後どうしよう……?

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