1-02 神界にて

 1-02 神界にて


 少し歩くと、日本にもよくある商店街のような、レトロな街並みが見えてくる。ミヤはそこに行くつもりらしい。


「なあ、あそこ行って何するんだ?」


 するとミヤは長い髪を揺らしながらこちらを振り返る。


「買い食いとかするつもりだけど……?」


 ミヤの何気ない仕草に、俺は思わず見入ってしまった。周りの風景がいつもと違うせいかもしれないが、神界でのミヤはいつもの2割増しでかわいく見えた。


 ……バカやろう。コイツの本性を知ってるヤツが何を思って、あ、かわいい。もうバカ!


 そうとはいえ、喋らなければかわいいものはかわいい。ミヤから目が離せないでいると、ミヤは赤面して言う。


「な、なんでそんなに見るの……」


 そう言われてハッとなり、俺はようやっと目を離す。


「ああ……悪い」


 少し気まずい雰囲気のまましばらく歩いて、商店街に着いた。


「……それで、お金はあるのか?」


 恐る恐るミヤに聞くと、


「大丈夫! コレがあるから」


 そう言って取り出した高そうな財布から、真っ黒いカードを取り出した。


「ブラックカードかよ……」

「ふふん」


 多分、また祖父の力を借りているのだろう。とはいえ、俺もその凄さは重々わかっているので何も言わない。ただ、


「使えるのか? それ」


 こちらの世界でも日本円は使えるのだろうか。


「ふっふっふ、私のご先祖様のおかげで、こっちの世界は日本円対応なのですよ。わかるかね、海崎君」

「あいあい、わかったわかった」


 かなりしつこく徳川の先祖を自慢してくるので、適当にあしらっておく。それに、今のミヤにはまた目を奪われてしまうような怖さがある。


「んもー、もうちょっと乗ってよね」


 ミヤのテンションがいつも以上におかしかったのはさておき、俺たちは神界の食べ物を楽しんだ。


 やはり見たことの無いものが多く、まず俺たちは少しトゲトゲした「ガレア」という手の平サイズの果物にかじりついた。ミヤは少し渋い顔をしたが、俺はそのほろ苦さがやみつきになり、もう一つ買ってしまった。

 その店の店主に聞くと、これは竜族に好まれる味らしいから、俺の血に裏付けがついてしまった。

 さらには徳川の影響なのか、米が売られていたり、餅が売られていたりしたので、買ってみると、日本と全く変わらない味だったことに心底驚いた。それから、怪しげな占い師の店や、なぜか点在するお土産屋さんも見ていった。



「はぁーーー」


 俺たちは一通り食べ終わった後、近くのベンチで一息ついていた。


「神様の世界がこんなだったとは」


 小さな羽の生えた子供たちが目の前を走り回っている。よく見れば、人によって羽が背中に生えていたり腰に生えていたりする。そんな光景を見ながら俺がつぶやくと、ミヤはこちらを見て笑う。


「あたしも最初に来たときはびっくりしたよー。だって普通に買い物してるんだもん」


 あはは、と笑い合う。爽やかな風が吹いている。


「……平和だなぁ」

「それってフラグじゃないの?」


 ミヤは中二の時の俺に付き合ってくれていたせいか、意外にもこういった用語に詳しかったりする。


「やめてくれ……」


 多少願うように言った直後に、遠くからドスドスという足音と、女性の叫び声が。


「ひったくりーーー!」


 ……きっちりフラグ回収かよ。そういえば言葉も通じてるな。


 そう思いながらも、走ってきたひったくりの前に立つ。しかし、ソイツに焦るような気配は全くなく、鞄を持っていない左手を俺に向け、何やらブツブツと言っているのがわかった。


「リュウ!」


 ミヤが飛び出してくる、と同時にひったくりが左手をさらに前に出して叫んだ。


噴火ボルカノ!」


 左手から、顔ぐらいの大きさの火球が飛び出し、ものすごいスピードで迫ってきた。


「うぉわっ!」


 当たる寸前、ミヤに勢いよく押し倒された俺の頭上を炎の塊が飛んでいった。

 鼻につく焦げ臭さは俺の前髪が燃えた匂い。火球の行方を見ると、シュゴオオッという音を立てながら、近くの木が燃え盛っていた。もしあれが当たっていたら、考えただけでも恐ろしい。

 そうこうしている内に、ひったくりは逃げて行ったかと思いきや。


「ハッ!」

「うぎゃっ!?」


 俺の上に乗っかっていたミヤが何かを投げたのが見え、そのコンマ数秒後にはひったくりが呻き声を上げて倒れていた。

 よく見ると、クナイらしき物がひったくりのふくらはぎから飛び出していて、前に倒れ込んでいる。ミヤが動けないひったくりに向かって走り出し、俺も状況が飲み込めないまま立ち上がり、すぐにその背を追った。

 少ししてから、「衛兵」と呼ばれる人たちが現れ、彼を連行していった。


「ふうーー、疲れた。危ないよー、もう!」

「いや、危ないよー、じゃなくてな!? 何だよ今の!?」

「魔法だよ」


 しれっと答えるミヤに俺は調子を狂わされる。


「いやしかしな……」

「リュウ、どうやってここに来たの?」


 聞かれて思い出すと、変な穴から……そういえば、母さんもなんか言ってたな。


「なるほど、魔法か……。なら、お前のあの超人的スピードも魔法なのか?」


 そういえば、ミヤが俺を押した時のスピードは異常だった。しかし、ミヤはニヤニヤしながら俺を見て答えた。


「ううん。あれはあたしの普通だよ」


 唖然とする。開いた口が塞がらないとはこのことだ。


「今までは隠してきたんだけどね。ちゃんとしてればリュウぐらいには勝てるよ?」


 その一言に、多少負けず嫌いの俺はカチンとくる。さっきのスピードを見たが、別に見切れない速さではない。


「なら、勝負しようぜ」

「どんな?」


 ミヤは首を傾げる。確かに、直接戦闘をこんな所でやるのはダメだろうし、パワー系なら流石にこちらに有利すぎる。ならば、ミヤが得意だと言うスピード系が良いか、とまとまった。


「……ダッシュ系で勝負しよう」


「わかった」という笑顔はいつも通り自然だったが、やっぱり2割増し綺麗に見えて、それだけで俺はやられそうになった。


 ルールはいたってシンプル。この混雑した商店街を先に通り抜けた方の勝ちだ。

 俺がこの勝負を仕掛けたのは、速さには自信がある、ということに加え、さっきのミヤのスピードと真っ向から戦いたかったからだ。

 ちなみに、俺は姉との練習のおかげで反応速度が上がり、「人の動線を読む」ことに関しては負けることはないと自信を持っていた。


「行くよー、よーいドーン!」


 スタート直後からするりするりと人と人の間を抜けて行く。ミヤの姿は見えない。勝てる、と確信したその直後、俺の頭上に見たことのない形をした影がかかる。思わずその影の方を見た。


「……ほえ?」


 俺は、ミヤが飛んでいるのを見た。小さく開いた口の隙間から間抜けな声が漏れる。ミヤは一度振り返って俺に手を振った。その口は「バイバイ」と言っているらしかった。そこで我に返り、俺はスピードを上げるがもう間に合わない。

 ゴールすると、ミヤが待っていて、偉そうにしている。


「ま、頑張ったんじゃない?」

「飛ぶのはズルいって」

「そんなルール聞いてないよ?」


 たしかに、ルール上走らなければいけないとは言っていないので、何も返せない。


「わかったよ、俺の負けだ」


 素直に認めると、ミヤは満足げな顔をする。そのとき、ミヤのスマホが鳴った。ミヤはメッセージを見てから、俺の方を向く。


「ゲートの準備ができた、って怜さんから」

「ゲート? ……あぁ、最初の穴のことか」

「最初の広場に居ろ、だって」

「遠いな……」


 俺がそう言うと、ミヤが何か思いついたように明るい声でこう言う。


「飛んでく?」




「うおおおぉぉおーーー!」


 俺はミヤに手を引かれながら、高速で空を飛んでいる。体は羽が生えたらように軽く、重力を全く感じない。初めての感覚に、俺は恐怖やら感動やらいろんな気持ちが入り混じった叫びをあげる。


「もうちょっとだけスピード上げるよ?」


 いじらしく笑ってそう言うなり急加速すると、俺の視界に入る景色が全て線になった。


「ちょっと待てええぇええ!」

「あははは!」


 どうして笑っていられるのか、慣れというのは恐ろしいものだ。なんて考える内に、俺は体のバランスを保てなくなった。


「あ、無理だ」


 力が抜けて、ミヤの手が離れてしまった。そのままスピードに乗って急降下。タイル張りの地面が近づいてくる。


 ……今度こそ死んだ。


 そう思って、俺は思わず目をつぶった。しかし、なかなか体が地面につかない。おそるおそる目を開けると、鼻先数センチのところに地面がある。しかし、落ちない。俺は硬直したまま謎の浮遊感を全身に感じていた。


付与反転リベルス解除カンセル


 突然そう聞こえたかと思うと、俺の体は縦方向に綺麗に反転し、足がゆっくりと地面に触れて重力が戻ってくる。


「生きてる……?」


 初めて知る、死を眼前にしてからの生の感覚。俺は込み上げたものを抑えなかった。


「生きてるっ!」


 大きくガッツポーズをすると、道行く人々の危ないモノを見る目が痛い。そろそろ恥ずかしくなってきたころ、聞こえた声を思い出して振り向く。

 まず目に入ったのは透き通るような翡翠色の瞳。そして、フワッと広がった長い金髪。白を基調としたワンピースの少女が、首を傾げて微妙な表情をしていた。ああ恥ずかしいっ!


「んんっ……えっと、私を助けて下さったのはあなた様にございますですか?」


 羞恥心からか、その高貴そうな見た目からか、俺の口は正しい日本語を忘れていた。


「はい、そうですよ」


 先ほどの微妙な表情から一転、微笑みながらゆったり答える彼女を見ると、俺の心も落ち着いていくようだった。


「助けてもらって、ありがとうございます」

「いえ、当然のことですから」


 そう言って彼女はまた笑う。


「何かお礼を……」


 そう言いかけた俺の声は遠くからの大音量でかき消された。


「リュウーーーー?」


 ミヤが涙声で俺を呼んでいる。早く行かないと本当に泣き出しそうだ。


「……すみません、ツレが呼んでいるので」

「いえ、早く行ってあげてください」


 ミヤの声は、俺でなくともその悲壮さが伝わるものだった。


「必ず、この恩は返しに来ます」


 そう言って、俺が足早に立ち去ろうとしたときに見えた彼女の笑顔は、どこか悲しそうに見えた。


 ▽


 なんとか号泣される前にミヤと合流した俺は、最初に来た広場にいた。


「……ごめんね、リュウ」


 かなりショボくれたミヤが俺に謝る。


「別にいーよ、大怪我どころか無傷だし」


 沈黙。それを破るようにミヤのスマホが鳴る。


「5秒後にゲート出るって」

「オッケー」


 すると、すぐ目の前に来た時と同じ形の穴が現れる。早めに帰りたい一心でそこに入ろうとしたとき、ふとミヤが聞いてくる。


「そういえば、なんで無傷?」

「落ちたときに助けてもらったんだけどな、お前が呼ぶから名前聞けなかったんだよ」

「うー……だって心配だったんだもん」


 本当に心配してくれていたらしく、俺の小言に言い返す気も無いらしい。


「それで、どんな人なの?」


 俺は頭をフル回転させて思い出す。


「金髪で……、目が綺麗な緑色で……」


 するとそのとき、商店街の方からバタバタと騒がしい音がする。そして、走ってきた人影が、


「あっ! ミヤ、あの人だ」

「ふーん、女の人。へーえ……」

「ん? なんだあれ?」


 ミヤの発言はあまり意図がわからなかったが、さっきの少女がなぜ走っているのかはわかった。懸命に走る彼女の後ろからは、衛兵らしき人たちが多数、猛ダッシュでついてきている。


「セラ様ーーー!」


 セラ様、と呼ばれた彼女はこちらに向かって走ってくる。


「どうする、リュウ?」

「もちろん、助けてあげないと。さっきの恩もあるし」


 オッケー、と言うミヤと俺が考えていることは多分同じだ。

 商店街でしていた話だが、ゲートは開いている時間に制限があるらしく、母さんのように長い時間維持できる人はかなり稀だそうだ。閉まる前に飛び込むしかない!


 走ってくる彼女も、俺たちの構えと目の前の穴を見て何をする気かわかったらしく、より一層スピードを上げると、ゲートまであと数mというところまで到達した。衛兵は付いてきているが、少し距離が開いたように見える。俺たちはしっかりと彼女を受け止められる体勢を整えた。

 しかし、そこで彼女がつまずいた。二人の頭の中には無かった予想外の出来事だった。にもかかわらず、その瞬間、俺の体は今までに無いスピードで動いていた。しっかりと体をキャッチ。フワリとした女の子の柔らかさが腕の中にあることを確かめ、すぐに切り返してゲートに飛び込んだミヤの後に続いた。

 後ろに続いていた大勢の人たちがたどり着く前に、ゲートは完全にその口を塞いだ。



「ふー、危ない危ない」


 疲れて寝てしまった彼女を背負いながらそう言うと、ミヤは俺を見て妙な顔をする。


「ところで、さっきのスピードは何?」

「俺そんなに速かった?」


 自覚が無かったので聞き返すと、「はぁ」とため息だけが返ってきた。



 ゲートから出た俺は、あることに驚愕する。


「……なんで家あんの?」

「それぐらい、俺ならちょちょっとすれば直せる。しかし……誰だその巨乳ちゃんは」


 親父が答え、逆に聞いてくる。親父のセクハラ発言が示すように、たしかに俺はずっと背中に意識を向けないようにしていた。


「あら、セラちゃん?」


 ふいに母さんが名前を呼ぶ。それを聞き、彼女は目を覚ました。


「ん…………レイアさん?」


 その瞬間、


「きゃー! 久しぶりねー、元気だった?」

「はい、またお会いできて嬉しいです」

「もー、硬いわねえ」


 キャーキャー言う二人の関係は、周りにいる俺たちの誰一人としてわからない。


「どういうご関係で……?」


 聞くと、母さんがこちらを向く。


「セラちゃんとは、あっちでよく遊んであげてたのよ」


 続けて彼女が言う。


「すみません、自己紹介がまだでしたね。私の名前はセラ=ホウリ=シーザー。神界の王女です」


 聞き終わってから呆然とする。


「母さん、何でそんな人と知り合いなの? というかレイアって何?」


 その名前を聞くと、「人狩り行こうぜ!」と言いたくなるのはゲーマーの性だろうか。


「そういえば言ってなかったわね。私の神界での名前はレイア=スプレード。こっちに来る前は、邪神をしてたわ」


 さらに呆然。突然のカミングアウトに俺の脳内はパンクしそうである。



 ***

 噴火ボルカノ……

 炎の塊を飛ばして攻撃する。


 反転リベルス……

 対象を反転する。


 解除カンセル……

 基本的な魔法の一つ。使った魔法の効果を解除する。



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