神の世界と二つの剣

1-01 始まり、始まり……


「かいざー? 何ソレオイシイノ?」


 脳内に食欲だけを残して、思考が別世界にトリップしたのは一瞬のことだった。正直に言って意味不明だ。そんな言葉は聞いたこともない。


「うんうん。それは順を追って説明するから……ジャック!」

「はい」


 ジャックはトコトコと二本の足で歩いて俺の目の前まで来ると、短い前足を器用に前で組んだ。


「僭越ながら私が説明させていただきます。マイマスター」


 柴犬のはずのジャックの口から、流暢な日本語で昔話が語られる。



 ーー今から約四〇〇年程前。日本は江戸時代前期、つまり徳川家康の時代です。そんな頃に、神王しんのうが治めていた神界しんかいと、魔王まおうが治めていた魔界まかいとの間で、ちょっとした諍いから戦争が起こりました。

 それはそれはお互いに全軍を使っての大きな戦争でした。両軍の激しい衝突があると、それは地球のあらゆる場所に地震や台風などの異常気象を起こしたそうです。

 その戦いの最中、将軍家康は「これは天災だ」と、何度も仏にすがったそうです。すると、そのときの神王であったほとけが姿を現し、家康にこう言いました。

「お前の忍びを貸してくれ」

 と。



「……話が見えてこないんだけど?」

「まあまあ」


 半分は困惑、もう半分はイラつきながら話を聞いていると、にやけ顔のミヤになだめられた。


「ところでその、いさかいってのは……」

「続けますね?」


 絶対しょーもない事だ。ジャックの有無を言わせないその目が逆にそう訴えていた。



 ーー徳川の忍びは優秀でした。魔界に度々入り込み、スパイ活動を行なった上で死人を一人も出さなかったのです。

 そして江戸時代の終わり頃、戦いは続いていたが徳川は衰退、しかし神界からその功績が認められた事で、その支えを受けて、今の時代まで途絶えることなく徳川家は続いているのです。



 隣を見ると、ミヤは目を丸くしている。


「……ミヤ、知らないで聞いてたのか?」

「うん、そこまでは知らなかった。でも、こう聞くと徳川が続いてるのはすごいことなんだって実感するね」


 そこで俺は、あることに気づいた。


「でも、お前で途切れるんじゃ……」

「大丈夫! 婿入りさせればいいから」


 女って怖え、という言葉が喉まで出かかったが、性差別になりかねない。心の中に留めておこう。



 ーーそれからおよそ二五〇年、二十世紀に入ってもまだ戦いは続いておりまして、ここで戦いには新しい展開が起こりました。竜界りゅうかいの参戦です。しかし、参戦といっても直接神や魔王と戦ったわけではなく、竜界の中で神派、魔派に分かれた内乱が起こっていました。まあ、中には神魔しんまの方に茶々を入れる竜もいたそうですが。

 そのころ、竜界の烈風市、奥まったところの小さな里で新たな命が生まれました。その子は後に、竜界の内乱および神魔の戦争をも終着まで導き、こう呼ばれます。

龍帝カイザー、と」



 ジャックが話を終えると、一つ疑問が浮かんだ。


「なんで俺はそのカイザーってのにならないといけないんだ?」


 言うと、ジャックの隣であぐらをかいている父さんが話をつなぐ。


「こういう時は察しが悪いな、龍。……とりあえず、これを見ればわかる」


 そう言うや、俺の目の前にはありえない光景が現れた。父さんの背中から、コウモリのような爪がありながら、柔らかな羽毛に包まれているような神秘的な翼が左右に開いたのだ。


「俺がその話に出てきた初代、というわけだ」


 しかし、言い終わると同時にその背中に生えていた翼がしおれて地に落ちた。


「だが、俺ももう歳で、本来の力を発揮することができない。だから、力のある者と代わらなければいけないという訳だ」


 そう言うと、父さんは真剣な眼差しで俺を見つめる。


「どうだ?」


 俺は考える間もなく、すぐに答えを返した。


「辞退させていただきます」


 父さんとジャックは明るい返事を待ってニコニコしていた。それが、俺の返答を聞くと口を大きくあんぐりと開き、同じ顔でこちらを見つめている。


「なぜだ!? せめてもう少し溜めても……」

「いや、いきなり過ぎんだろ! というかもっと適任がいるだろ! 父さんならそれぐらいすぐに見つけられるだろ!」


 一気にまくし立てると、どんどん父さんが萎れていく。すると、ミヤが俺を真っ直ぐに見つめて言った。


「ホントにそれでいいの?」

「当たり前だろ。逆にこれでオッケー出す方が怖えわ」


 即答だ。俺にはまだこれが現実だと信じられないし、それに何より普通の学校生活を送りたい。

 そう思っていると、母さんが「はあ……」とため息をつきながら、おもむろに右手を横に伸ばす。


「ゲート」


 と言うと、母さんが伸ばした右手側の何もない空間が裂け、パックリと穴のようなモノが現れた。


「ミヤビちゃん、よろしくね」

「はーい」


 すると、動揺する俺の背中にミヤの手が付いた。そして、穴の方向へ押しこまれる。


「えっ、えっ?」


 ……つ、強い!

 俺はこらえようとするが、ミヤの力にずんずんと押されていく。抵抗もむなしく、穴からわずか数cmというところまで来てしまった。その時、なんの脈絡も無く玄関のドアが吹き飛んだ。途端に母さんの顔が強張る。

 ミヤの力が緩まり、二人ともそちらを向くと、サファイアを思わせる鮮やかな青色の目に、爆風に対して一切の乱れもない銀髪を持ち合わせた少年が立っていた。

 そして次の瞬間、


あつっ!」


 少年が懐から取り出した真紅の本から、炎が飛び出た。その炎は跳ねるように複雑な動きをしながら、どんどん迫ってくる。


「龍! 早く!」


 母さんが俺を急かす。しかし、こんな訳のわからない状況でここに入れって……。


「いいから行けー!」


 ミヤの渾身の一押しは、俺をその得体の知れない穴に放り込んだ。


「うわああぁぁあぁあああーーーーーー⁉︎」


 ……深い! 死ぬ!


「そちらさんにしては、ちょいと気付くのが早いんじゃねぇかな?」


 上では父さんの、いや敬意を込めてこれからは親父と呼ばせてもらおう。親父の呑気な声が聞こえる。さよなら俺の余生、さよなら高校生活……。



 ーードスン、という音とともに俺は地面につく。


 ……あれ? 俺生きてる?


 そんな訳ないと思った瞬間、俺の全身に影がかかった。


「避けてーー!」


 ボフッ。


「……痛たたた。あっ、リュウ! どこ!?」

「……ここでふ」


 マンガとかでよく見る展開。もちろん俺の顔はミヤの尻の下にあった。さらに、俺が声を出したので、


「ひゃうっ!?」


 ミヤは声を上げて飛び上がった。そして、俺に向き直り、


「……ごめん」

「いえ、ありがとうございm、ぐはぁっ!」


 ミヤのビンタは姉よりも弱かったが、痛いものは痛い。本音というのは隠すべき時の方が多いものである。


「ところで、ここどこ?」


 俺は頰をさすりさすり聞くと、ミヤはまだ顔を赤くしながら言う。


「どこって……神界よ?」

「へ?」


 周りを見渡してみると、白い翼の生えた人が大勢いる。夢ならば、さっきのビンタで目が覚めているはずだし、ここまで大規模なドッキリはさすがに無理だと察した俺は、ついに諦めをつけた。


「なるほどなー、これは信じるしかねえや」

「よろしい」


 そう言うなり、ミヤは俺の手をとる。


「怜さんの準備ができたら帰れるらしいから、ちょっとだけ歩かない?」

「わかった」


 これでもう、逃げられない。俺が普通の高校生として生きる事はもう無くなった。これが、本当のスタートラインだ。







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