0-day6→7 リヴ・アズ・カイザー


 土曜日ーー昨日は、夢を見なかった。起きたら治ってるんじゃ、というのはただの理想論で、現実はそう甘くない。そして迎えるは日曜日である。


「誕生日おめでとう〜!」


 嬉しそうな母と、それとは対照的にめんどくさそうにしている姉から、派手にクラッカーを鳴らされる。ミヤは二人の間で「おめでとー」と言いながら、笑顔で俺に拍手を浴びせた。さすがに高校生にもなると、こんな風に祝ってもらうのをこそばゆく感じる。だが、別に嬉しくないわけではない。


「しっかし……父さんも勝手だなぁ」


 父親がいるはずだったその席は空いているままだ。


「仕方ないよ、仕事なら」


 かなり身内感が出ているミヤも呆れている。


[ちょっとだけ仕事残ってたわ! すぐ終わるから先に始めといてくれ!]


 さっき届いた父さんからのメッセージだ。詰めが甘いのは父さんの悪いところだと、こういう時は本当にそう思う。

 俺が主役のはずなのに、母さんと姉さん、そしてミヤが勝手に俺の昔話を喋っている。男一人では肩身が狭いなぁ……。




「プレゼントターイム!」


 目の前にあった料理が全て無くなり、全員のお腹が満足した頃に、母さんが陽気にそう言う。顔がいつもより赤く、少し上機嫌なのはアルコールのせいだろうか。


「今年は変なのやめてくれよ」

「さあ、どうでしょうかー?」


 ミヤが茶化す。俺は中学生になった頃から誕生日プレゼント、というのを頼んでいない。しかし、ありがたい事にこの人たちは、毎年俺にプレゼントを贈ってくれる。早速姉さんからは、


「ほい、いつもの」

「ん、ありがと」


 姉さんは姉さんである。毎年のようにスマホ用のプリペイドカードをくれる。ただ、俺は課金勢では無いしスタンプにお金をかけるタイプでもないため、全て金券ショップで現金と交換している。

 続いてミヤはいつのまにか持っていた小さな袋を開いて、そこから四角形の何かを取り出すと、俺の手に乗せた。


「はいどーぞ」

「……何これ?」


 俺は手に乗せられたクッキーらしき四角形の固形物を親指と人差し指でつまみ、まじまじと見つめた。


「ま、いいからいいから。食ってみ?」


 言われるがままにそれを口に放り込む。


「んんっ!?」


 甘い、しかしほろ苦く、それでいて舌を刺激する辛味を持ち、独特の酸っぱさが鼻に通ってetcetc……


「ゲホッ、ゲホッ!」


 あまりの衝撃にむせてしまうが、固形物はなんとか胃まで放り込んだ。


「どーよ? あたしの自信作の味は?」

「非常に独創的ですね……」


 我ながらよくできた返しだと思ったが、ミヤはそうでもないらしい。


「その心は?」


 悪戯っぽい笑顔を見て、これは正直に言っていいのだと判断する。俺は口の中に残っていたクッキーの残り香を声に乗せて全て吐き出す。


「こんなもん食えるかっ! 一体何使ったんだ?」

「あははは…………聞きたい?」

「やっぱやめとく……」


 その一部始終を見ていた母さんと姉さんは興味津々である。


「……食う?」


 二人はうなずいて、ミヤのクッキーを口に放り込む。すぐに目を丸くして、むせる。それを見て俺たちが笑い出すと、つられて母さんたちも笑い出したーー



 ーーようやく笑いがおさまった頃、母さんが何か大きめの箱を持ってきた。


「はい、最後にこれは私からよ」


 箱はキレイにラッピングされており、上はピンクのリボンで結ばれている。


「去年みたいなびっくり箱じゃないよね?」

「さあ?」


 とぼける母の表情からは、何も掴めない。去年も同じような大きさの箱で、開けると人形がバネ式で飛び出してきて、腰を抜かして立てなくなったのを姉とミヤに笑われたのを覚えている。


 ……とりあえず開けてみよう。


 恐る恐るリボンをほどく。しかし何も出てこない。ふう、と一息ついてから箱を開けようと手を伸ばしたそのとき、


「ワン!」

「どわぁっ! ……あれ? ジャック?」


 飛び出してきたのは、愛犬のジャック。しかし、その姿は黒いタキシードのような服に包まれている。さらに驚くべきは、その姿。

 後ろの二本足で立っている。


「何これ、ロボットかなんか?」


 生まれた疑念をそのまま口に出す。


「いいえ、ジャックは私ですよ」


 ……あれ? 誰が返答したんだ?


「今のって母さん?」


 そう言って母さんを見ると、フルフルと首を横に振って俺の正面を指差すので、俺はもう一度ジャックの方に向き直ると声が漏れた。


「……マジで?」

「マジにございますよ?」


 今度は間違いない。ジャックが喋った。


 ▽


「いやぁ〜、柴犬の真似も一苦労ですね」


 この狂った状況をあまり理解できていない俺の隣で、女子三人と二足歩行する一匹はそんなことを話している。


「……なあ、ホントにどういうこと?」

「私は元々喋れるのですよ、坊ちゃん」


 そう言ってニカッと笑うと、右側に少しだけ飛び出た鋭い犬歯が見える。どれだけ穴がないかと探しても、本物だという証拠しか見つからない。


「まだ疑ってるの?」


 母さんが聞いてくる。


「そりゃ疑うよ……。父さんが言うんなら、ちょっとは信じるかもしれないけどさ……」

「ん? 呼んだか?」


 俺の言葉を遮るように呑気な声が聞こえた。


「……………………ん?」


 声がした方を振り返る。


「よお、龍。久しぶりだなぁ」

「父さん!? 何でいるの!?」


 俺の口は開いたまま塞がらない。


「いやな、仕事終わらしたらすぐに来いって怜から連絡来たからさ、飛んできたんだよ」

「それにしても早くないですか……?」

「まあまあ、その話は一旦置いといて。お前の将来の話をしようぜ?」


 ……俺の将来? もちろん、父さんのような弁護士になりたい、とは思っているが。


「お前に俺の後を任せようと思うんだ」


 あまりにも唐突だった。嬉しいを通り越して意味がわからなかった。


「りょ、了解しましたっ! 頑張ります!」


 半ば勢いでそう言った途端、姉さんは「あーあ」と天を仰ぎ、母さんは「頑張ってね、いろいろ」と完全に我関せずという、二人ともどこか複雑な感じである。


「もしかしてこれって、受けちゃダメなやつだった?」

「もう遅いぞ、龍」

「そうですねぇ」


 父さんとジャック(だと思う)からは、ものすごいプレッシャーを感じる。それでも俺は、まだ喜びを心の中で爆発させていた。この選択が、人生最大の分岐点だということも知らずに。


「生きろ、龍帝カイザーとして」

「…………へ?」









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