0-day5 新しい日


 今日もまた、あの夢の中にいる。俺の手の中にある白剣の光は前より淡く、少し見上げたところにあるステンドグラスは、心なしかいつもより暗い気がした。

「ヤツ」の姿には大きな変化があった。今までのような形の無い煙ではなく、完全な人型をしているのだ。さらに、その左手には鈍く黒光りする歪な形の剣が握られている。

 前回同様、その瞳は怪しく紫色の光を放っている。よく見れば、俺との体格差はほとんど無く、髪はあまり手入れされているようには見えない。別のところにも目を向けるが、俺は全てに見覚えがあった。


 そう、「ヤツ」は完全に姿をしていた。


「アーア、もうここまで来ちゃったカ」


「ヤツ」が、初めて思念では無くその口で喋りかけてきた。


「なんだよ、“ここ”って?」

「知る必要無いヨ。オマエはいつも通りオレと戦って負ければいいんダ」


 やはり、夢とは言えど「負ける」ということに対しては抵抗がある。


「いや、そろそろ勝たせてもらう」

「ハア……好きにしなヨ。ホラ、さっさとかかってきナ?」


 そう言って「ヤツ」は挑発的な態度で剣先を俺に向けた。その距離約10m。俺は一度フーッと長い息を吐き、短く吸った。両手で構えた剣は中段に、しかし剣先は地面を向く。


「舐めてんのカ?」

「いや、俺の意志じゃないんだけど」


 俺も構えようとしたのだが、体がそれを拒んで動かない。仕方ない、これが良い構えだと信じて、とりあえず突っ込んでみるか。


「うりゃあっ! ……あれ?」


 俺は一歩目小さく踏み出すと二歩目で地面を大きく蹴った。しかし、それは俺が予想していた一歩を遥かに凌駕する大きな跳躍となり、剣を振り出す前に「ヤツ」の右側を猛スピードで通り過ぎてしまった。


「まじカ……今かヨ……」


「ヤツ」の頬には微かな切り傷ができ、そこから血が一滴、顎を伝って地面に落ちた。

 俺は羽でも生えたかと自分の背中に手を伸ばしてみるが、何も無い。しかし、傷をつけたという事実に変わりはない。俺には自信が湧き、さらにその自信が剣に伝わったか、淡かった光が強くなる。

「ヤツ」の無表情が崩れた。だがその顔は、傷をつけられた怒りよりはむしろ呆れ顔のように見える。ただ、先程よりも鋭い視線が確実に俺を捉えている。


「仕方ないカ……。コロス」


 そういうや否や、俺に向かって中段への刺突を繰り出してきた。


 速い! でも……


 俺の目にはその剣筋が自分でも驚くほどよく見えた。さらに強化された身体能力も相まって、考える間もなくその攻撃に対応する。滑るように体を右に流してその突きを躱すと、相手が次の行動をとる前に、片手に持ち替えた剣を流れるような動きで左側から首筋に添えた。


「終わりだな」

「ハア……ここまでカ。そんジャ、さっさと斬ってくれヨ」


 あまりの素直さに俺は拍子抜けしてしまう。


「お、おうわかった。それじゃあな、えーと……もう一人の俺?」

 スパッーー



 ーー目が覚めた。慌てて時計を確認すると、針がさすのは7時25分。もちろんのことだが、ビンタはもらっていない。

 その姉さんがもうすぐ起こしにくる時間のはずなので、俺は上体を起こし、姉さんを驚かせる準備をして待った。


「おはようございまーー、ん?」


 少し古臭い入り方をしてきた姉さんの動きが止まり、突然目元をゴシゴシとこする。


「あれー? 私まだ寝ぼけてんのかな?」

「俺が起きてるのがそんなに珍しいか?」

「いや、そうじゃなくてな、うーんと……」


 あの姉さんが言い淀むというのはかなり珍しいことで、俺も思わず強く出てしまう。


「なんだよ、はっきり言ってくれよ」


 すると、姉さんは一度深呼吸をしてから、もう一度俺の目を見る。


「あんたの目ぇ、光ってるよ」

「頭大丈夫?」


 ガツン。


「いいから見てこい! 早く!」


 俺の記憶では、エイプリルフールはもう少し前だったはずなのだが。俺は仕方なく洗面所に下りて鏡を見r……。


「はぁあーーーーーーーーーーーーー!?」


 間違いない。俺の右目の瞳から黒は消え、代わりに金色の光が満ちていた。


 ▽


 俺は改めて鏡を見る。色は少し淡いが、確かに右目が光を放っている。


「うーん……」


 今日は4月20日、金曜日。学校は普通にあるが、事が事なので休ませてもらった。

 今は昼過ぎの2時。母さんが買い物に出ている間、携帯ゲームに勤しんでいると、ふと気付く。


「そういえば、何か見る分には普通だな」


 光って見えるのは外からだけで、自分から見た景色はいつもとなんら変わらない。しかし、重大な問題がある。


「これも意味なかったしなぁ……」


 そう呟き、眼帯をつまんで持ち上げる。起きてから着けてみたが、光が隙間から漏れて、中二病感が増すだけだった。

 さらに問題が一つ。


「あー、くそっ! 入学一週間で休みとかありえん……」


「友達」といえるヤツを数えてみると、中学からの知り合いと、強いて言うなら小田と岩ちゃん山ちゃんぐらいしかいない。

 ネガティブ思考に耽っていると、スマホからピコン、という着信音が。とりあえずメッセージアプリを開くと、ミヤからだ。


[珍しく休んでるけど大丈夫? 一応、帰り寄ってくね!]


 読み終えると、もう一度最初から読み直してフリーズ。

 ……やばい、人生最大の危機かもしれん。


 ▽


[ピーンポーン]

「ピーンポーン」


 外のインターホンが鳴り、見慣れた声が同時に聞こえる。俺は念のために中のカメラを見ると、制服姿の幼馴染がこちらを覗き込んでいた。


「へいへい」


 インターホンを押した後で、自分でも同じように言うのは、ミヤの小さい頃からの癖である。まだやってたのか、と少々幼さを感じてしまう。

 玄関のドアを開けると、笑顔で待っていたミヤの顔が予想以上にひきつる。


「何……それ……」


 そう言って指差すのは、もちろん俺の右目である。


「とりあえず、上がってくれ」

「お、おう……」


 全力で考えたものの、納得できる理由も有効な対応策も何一つ浮かばなかった。その結果、そのまんま海崎龍である。大丈夫だ、ミヤはまだ信用できる……気がする。

 そう思ってミヤを家に上げた後、来週からの予定表をもらい、冷蔵庫に入っていた麦茶を出してから、俺の右目に関して話したーー


「アハハハハ! それ本気? エイプリルフールだいぶ前だよ?」


 そう言いながらも、ミヤはくっくっと笑う。


「本気だよ! 見りゃわかるだろ!」

「それもそうだね、ププッ」


 必死に笑いを堪えようとしているが、堪えきれていないのが逆にウザい。


「まあー、信じるよ。あたしの家も結構変だしね」

「すまん、ありがとう」

「それに、リュウの家族以外じゃ信じるのあたしぐらいだろうしねー」

「さっきの俺の感謝を返せ」


 ごめんごめん、と言うミヤは笑顔だが、決して俺を馬鹿にしていない。


「プフッ」


 前言撤回。やっぱ馬鹿にされてる。


「ところでさ、」

「ん?」

「明後日誕生日だよね?」

「よく覚えてるな」


 俺の誕生日は4月22日。今年は運良く日曜日だ。


「お祝いに行っていい?」

「お互い目の前に住んでるんだから、家まで上がる必要もないだろ……。まあ、ダメっつっても来るんだろ、どうせ」


 俺がどれだけ嫌だと言っても、あの中二の時でさえ、ミヤは毎年プレゼントを持って家に来る。


「何よその態度は……。そんな感じだと、今年はホントに行かないよ?」

「どうぞご自由に?」


 強がったつもりだろう。俺をジッと見つめた後で言いにくそうに言った。


「……やっぱり行っていい?」

「どうぞご自由に」


 ミヤの顔はさっきよりも明るくなる。


「ありがと。じゃあ、あたし帰るね」

「おう、いろいろありがとな」


 ミヤが出て行くと、一人で家にいるのがやけに寂しく感じられた。


 ◇


「んーーー」


 リュウの家を出てから、ミヤビは一つ伸びをする。


「ついに明後日か……」


[ピコン]


 着信だ。メッセージアプリを起動して、トーク画面を開く。


 竜雄

[今日のお仕事終わったよー♪ 明後日が楽しみだなー😁]


 絵文字や記号を駆使するそのメッセージは、とても40歳を越えている人の文面とは思えない。普通の友人となんら変わらないトーク画面に、思わずミヤビもフフッという笑いが漏れてしまう。


 みやび

[準備は万端です。あとは彼次第ですが]


 竜雄

[ま、おいちゃんに任しとき👍]


 さらに公式のキャラクターが「任せろ!」と言っているスタンプが送られてきて、ミヤビはまたフフッと笑う。そして、スマホの画面を閉じた。




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