0-day4 進展の日


暗闇の中、またリュウは白剣を握っている。ただ、相手にいつもと違うところが一つ。目があるのだ。それも、特徴のある三白眼が紫の瞳でこちらを捉え、見透かすようにらんらんと光りながら浮かんでいる。どこかで見たことがあるような気がするのだが、全く思い出すことができない。仕方なく、リュウは考えるのをやめて「ヤツ」に斬りかかるーー



〜〜〜〜」


結局いつも通り、「ヤツ」に触れられる前に姉さんに文字通りに叩き起こされた。そして、相変わらず呆れながらも俺を待ってくれているミヤに謝って、学校へと走っていく。ミヤと分かれて教室に入ると、俺の席の所には小田がいた。


「お早う、海崎君」

「あ、おはようございます」


意外すぎて、なんとなく堅苦しくなってしまった。


「昼で良いかな?」

「おう、いつでも」


小さく会釈をして、小田は教室を出て行ってしまった。


「上手くいったんだな?」

「はいはい、ありがとう」


上本がご褒美をくれと言わんばかりのドヤ顔をしていたので、軽い感謝を述べながら席に座る。

そういえば、なんでミヤは図書室に……?


「ま、いいか」



昼食はいつもと同じ学食で、上本、ミヤ、俺の三人が同じ机にいた。その時に、ミヤになぜ図書室に来たのか聞いてみたが頑なに答えようとしなかったので諦めた。


「適当に本を借りに来たとか言っとけば……あふっ」


その後で上本が何かをミヤに囁いたところ、無言のミヤに腹パンをもらっていた。どうせ下ネタでも言ったのだろう。


昼食後、俺とミヤは食堂から図書室までの無駄に長い廊下を歩いていた。


「うーん、ほんとに大丈夫かな?」

「大丈夫だろ。なんたって我らがミヤビ様との約束ですから?」

「やめてよその呼び方。気持ち悪い」


ミヤは本当に嫌そうな顔をする。


「ではミヤビお嬢様と」

「やめてってば」

「いって!」


ミヤにどつかれると、打撃を受けた場所がジワッと痛む。


「そんなに大袈裟にしなくても……」

「お前、グーはダメだよ」

「えー、小突いただけじゃない」

「小突くの意味知ってるか?」


もう一発貰いそうになったのをギリギリでかわすと、俺がいた場所で瞬間的に風が鳴る音がした。


「チッ……」

「舌打ち!? ちょ、今の本気だろ!」

「わー、このドアおっきー」


図書室の扉が可哀想になるほど棒読みの感想に俺の指摘はかわされた。

図書室に入ると、昨日よりも手前、すぐ目の前の机に昨日の三人が既に座っていた。俺たちは、その前の席に二人で並んで座って一息つく。


「ふう……早速だけど、二人分で二つだ。いいよな?」


三人が頷く。そこで、ミヤはハッとしたようにこちらを見て、


「あたしまだ内容聞いてないんだけど……」

と言うので、

「大丈夫ですよミヤビ様。私的には使いませんので」

と返す。

「ホントにやめて。キモい」

と言ったので、そこで小田たちに向き直る。


「今のやり取りを見て、何か思う所はないか?」

「え?」「……?」


少し間が空いてから、小田がゆっくりと手を挙げた。


「はい、小田くん」

「人前でイチャつくのはよした方が良いのではないでしょうか」

「「イチャついてない!」」


見事に俺とミヤはハモった。スキンヘッドのいかつい司書さんが一瞬だけ顔を出したが、これはセーフだったらしい。ミヤのおかげだろうか。そして、沈黙。俺はこの三人は末期症状だと確信して、人差し指を立てるとストレートに言う。


「ミヤに対して、様付けとかをやめてやってくれないか」

「それは……!」

「これは俺からじゃなく、ミヤの望んでいる事なんだ。頼む」


小田は反論をやめてその口をつぐみ、ゆっくりと頷いた。俺はそれを見て続ける。


「んで、二つ目。あだ名呼びは許してくれ」

「えっ?」


小田は困惑したような顔をする。俺は何か変なことでも言っただろうか。どこを間違えたか、と思ったが何もわからないので直接聞いてみる。


「……えーと、どこがおかしいんだ?」


すると小田は俺を覗き込むように身を乗り出して、


「本当にそれだけでいいのですか? 会を解散しろ、とかもあったんじゃ……」


続けようとする小田を手で制し、俺は言う。


「別にいいだろ、迷惑かけてる訳でもないんだろうし、そうだよな?」


と、同意を求めるようにミヤを見ると、コクコクと頷き返してくる。


「それに、こんだけ会長に許してもらえれば俺もほとんど自由に生活できるよ」

「いやしかし……」

「よし、俺からは以上!」


なかなか引こうとしない小田を強引に押さえる形で俺は話を終える。そして、小田の両隣りに座る二人を見る。


「さて、体術の指導についてだが……」


目の前の二人がゴクリと唾を飲み込む。


「今日の放課後、体育館横の武道場を借りるから、授業が終わり次第集合で」


二人は同じ動作、同じタイミングで立ち上がり、俺に向かって上体を90度曲げて、その野太い声を図書室に響かせた。


「「よろしくお願いします!」」


あまりの大声に、今度こそ司書さんが飛んできて、なぜか俺も一緒に図書室から放り出されてしまった。



三人がいなくなった図書室には、ミヤビと小田の二人だけ。なので、ミヤビは目の前の小田くんを観察してみる。

背はミヤビよりも少し低く、160cmぐらいだろうか、座っていても少し見下ろせるほどの差ができている。そして、顔には四角い青縁のメガネをかけている。


それはそれとして、さっきまでのリュウを思い出す。かっこよかった……。それに対して自分はどうだろう。ただリュウの言うことに頷いていただけで、何も役に立っていないではないか。


「はあ……」


大きいため息が漏れる。その時、小田が口を開いた。


「あ、あの……」

「ひゃいっ!?」


予想していなかったミヤビの口からは変な声が漏れた。司書さんがニュッと顔を出して、ミヤビの顔を見て下がっていく。


「んんっ、何?」


咳払いをしてから、特に何事も無かったように、出来る限り毅然とした態度で応じるのがミヤビの精一杯だ。


「あなたの事は、今後どのようにお呼びすれば良いでしょうか?」

「あー……」


確かに、急に呼び方を変えろと言われるのは結構難しいものだ。しかし、ここで好きにしろと言えばまた「様」付けに戻ってしまう。


「普通に『さん』とか、『ちゃん』とかでいいと思うんだけど」

「なるほど……」


小田はかなり真剣に考えているようだった。


「では、『雅さん』と呼ばせていただいても」

「もう、そう言うのいいから。ヘコヘコするの禁止!」


と言いつつ、名字呼びでなかった事にミヤビは少し安心していた。徳川さん、と呼ばれるのはどうも気に入らない。自分は目の前にいるのに、遠くの誰かが呼ばれているような感覚を覚えてしまう。


「あー、では、雅さん」

「ぁあ、はい?」


ミヤビが一人の世界に入り込んでしまう寸前だったところに小田が声をかけた。


「えと……一人の友人として、これからよろしくお願いします」

「はいよろしく」


ミヤビが手を差し出すと、小田は一瞬迷った後に、同じように手を出してお互いの手を握った。その手と表情にはまだ硬さが残るが、しっかりと向き合ってくれている事に、ミヤビは後援会とやらへの認識を改めようと思った。


「ところで」

「はい?」


突然だが、世の中で起こる出来事のほとんどは予測することができない。もし予測できるとすれば、相手の情報が100%揃っている時だけだ。つまり、ついさっき知り合った相手なんて発言、反応の全てが未知と言っても過言ではない。要するに、


「雅さんは海崎君のことが好きなのですか?」


こういうことである。瞬間、ミヤビの目の前でのみ世界が停止した。

……は? どういうこと? 何でばれてるの? っていうか何でそんなこと聞かれてるの!? いやいや、初対面だよね!?

ミヤビの思考がグルグルと回り、目の前の止まっていた世界もグルグル回り始める。


「べっ、別に! ただの幼馴染だしっ!」


少々声が大きくなったが、司書さんは出てこない。


「わかりました、ありがとうございます」


小田くんは不思議な笑みを浮かべてそう言った。

…….何がわかったの!?


「兎に角、恋は駆け引きと聞きます。僕にはあまりわかりませんが……」

「ちょっ、何でそういう話になってるの!」


ミヤビは気付いていなかった、小田に完全に翻弄されている事に。また、小田も気付いていなかった、ミヤビを完全に弄んでいる事に。


「もう、やめてよ〜〜〜」

「わかりました、では僕は戻ります」


そして、帰り際にミヤビの起爆スイッチをしっかりと押していった。


「僕も友人として応援しますね。は、良い人ですし」


[ウィーン……]


小田くんの姿は自動ドアの奥に消えていった。

その周りの図書館利用者たちはボフンッ!という爆発音を確かに聞いた。いくつもの視線を向けられて、顔が燃え上がりそうに熱い。ミヤビはもう抑えられなかった。


「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


流石のミヤビも、司書さんの手によって図書室の外へと優しく連れ出された。



放課後、俺は最初にやった蹴りだけを岩ちゃん山ちゃんに教えていた。

二人に見本を見せた後に技のコツを口頭で教えて、実際に木の板を置いて実戦してもらった。すると、思いのほか二人は覚えが良く、一枚目の板なら軽々と割れるようになった。さすがにこの短時間で二枚割りは難しかったらしい。ただ教えているだけだが、成長する二人を見ていると、本当の部活動のようで楽しかった。

二人を先に帰らせ、警備員さんに武道場の鍵を返して、校門の鍵を閉めて学校を出る。すると、少し歩いたところにミヤが待っていた。


「待ってたのか?」


まだそこまで暖かくならないこの季節だ。それに今日は風が強く、防寒具も何も無い状態で外にいるというのはかなり辛いはずだ。


「何よ、一緒に帰るのは嫌?」

「いや、それは別にいいんだが……。大丈夫か、そんなカッコで?」


まだ春先だし、夜は割と冷える。ミヤの心配もあるが、これで風邪でも引かれてミヤの祖父に知られたら何をされるか……。


「別に、ぜんっぜん寒くないから! 気にしなくていいよ!」


そう言うミヤが強がっているのは、赤くなっている顔と指を見れば一目瞭然だ。


「こんな事で強がるなって……」

「強がってなんか……ヘクチュッ」


小さなくしゃみが出た。


「ほら……これ着て」


俺は自分の制服をミヤの背中に被せる。ここまでくると、ミヤは素直だ。


「はい、手貸して」


素直に手を出したミヤの両手を包み込むように自分の両手で握ると、体温が奪われるようなヒヤリとした感覚。


「うわっ、冷た……。仕方ないな、俺も手袋は無いし、このまま帰ろうか……」


しかし、ミヤからは返事が無い。さっきからずっと俺の両手を凝視している。


「おーい、ミヤビさん?」


呼ぶと、フッと頭が上がり、さっきよりも顔を赤らめ、俺から少し目を逸らす。


「あ、あんまり強く握られると……」

「ああ、すまん」


俺がパッと手を離すと、ミヤはゆっくりと歩き出した。俺はその隣を同じペースで歩く。道には俺たち以外の誰の姿も見えない。空は裾の方が暗くなってきている。ふと、ミヤが口を開いた。


「……あのさ、ありがとね」

「ん?」

「小田くんのこと」

「あー……まあ、俺が生活しにくいし」


俺はもう一つ頭に浮かんだ事を、思わず口に出してしまっていた。


「後はさ、お前のためだよ」


数秒後には、寒さで赤くなっていたミヤの頰がさらに赤みを増していた。その事に気付いてしまい、しばしの沈黙。俺の顔も耳まで赤くなる。なんとかしようと絞り出した言葉は、


「えっと……忘れてくれ……」


何と惨めなのだろうか。考えずに発言すると痛い目を見るのは自分だ。今回は本当にイタい。いや、別に上手くない。

俺が懇願するとミヤは顔を赤らめながらも、先ほどまでの殊勝な態度が嘘のように悪戯っぽい表情をする。


「あたしのため、ねー?」


わざわざ目の前に回り込んでそう言ってくるミヤに、俺は反論する余地なしと開き直って言い切った。


「そうだよ! 悪いか!」


しかし、返事が来ない。ただ、ミヤはフフッと笑って一言。


「そっか」


それから少し歩くと家に着く。立派な家の門をくぐるミヤは、どこか嬉しそうに見えた。











「お前のため、か」


門をくぐると、噛み締めるようにその言葉を呟く。まだ、自分の手がリュウの手の感触を覚えている。

その日の夜は、そんなふわふわとした感覚のまま布団に潜り込んだ。自分の手を見るたびに目が冴え、ミヤビはなかなか寝付くことができなかった。













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