第85話 背任容疑

「お、お願いしますよ!」

「わかった」

そう言って、電話を切った。安がこちらをチラッとみて言った。

「五十幡が、次の仕事を探してやるというと喜んでいたよ。雀荘で馬鹿扱いされていたのが嫌だったんだろうな」

「あんたも大変だな。まさかのどんでん返しだからな」

「一晩で全てが変わった。まさに浦島太郎の玉手箱を開けたみたいなもんだ。何もかもが、突然変わってしまった。

北加賀屋のマンションの前に到着した。車から降り、安と別れた。何日ぶりだろう。南港の事務所で住めばいいのだが、周りがあのように静かではやはり街中が恋しくなる。しかし、南港の探偵事務所の広さと安い家賃は魅力だった。

北加賀屋のマンションの入口は、オートロックでもない昔ながらの管理人を置いたマンションなのだが、今では人件費削減なのか、管理人といっても週に2度ほどしか顔を出さない。ゴミ出し要員と、エントランス掃除の仕事ぐらいが仕事なので余り会話をしたという記憶が無い。また顔を知っている程度で、管理人の名前までは知らなかった。


5階の自分の部屋の前に来ると、携帯電話が鳴った。見知らない電話番号が表示された。ドアの鍵を開け急いで部屋の中に入り電話に出ると、知らない男性の声で「もしもし?蛇喰さんの携帯電話ですか?」と訊ねて来た。

「そうですが、どなたですか?」

「弘宗です。西崎美咲の息子の弘宗です」

「ああ。どうしたんですか?」


「すみません。突然お電話して。母親から蛇喰さんの電話番号を聞かせてもらいました」

相手が急に話しにくそうな素振りを見せた。今までは挨拶程度でほとんど会話を交わした事がなかった。

「今日の事は、ご存知ですかね?」

「新しく警備会社が入った事とか?」

「それもあります。それよりも本日緊急の役員会が開催され西崎が社長から会長に。藤澤副社長から社長代理へ。そして僕が、役員を外されて常務から降格し、総務部の部長になりました」

「何故?」

「背任容疑だそうです。新規事業のために、クラブフルタヌキを買い取ったのがいけなかったようです。法外な高値で売買契約を結び、会社に大損害を与えたというのが彼らの主張ですよ」


「彼ら?」

「そう。藤澤らですよ。彼にどうしてフルタヌキの価値がわかるんですか?しかもあのクラブは、京都に来た芸能人たちが出入りをする所なんです。あれくらいの値段でしか買えませんよ。またそれだけの価値はあります。確かに僕が、無断で社印を持ち出して契約した事は悪かったかもしれませんが、背任行為だなんて酷すぎます。こんな非難を受ける事ではないはず。増してや僕は、将来のハンナリマッタリーの事を考えて真剣にやっているのに、ここまでの仕打ちを受ける事は到底納得がいないんです」


「しかし、そんな役員会の話をこちらに聞かされてもねえ。私立探偵が役員会の決定をひっくり返す事なんて出来る訳がない。一体どうしろというのですか?」

「あなた方は、母親のボディガードだった。違いますか?」

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