第84話 北加賀屋の自宅マンション
「すまないな。悪く思わないでくれ。今日は本当に時間が無いんだ」
そう言って藤澤は、メガネをデスクの上に放り投げるようにして外すとこちらを見た。安が、それには何も答えずにドアに向かって出て行った。背中から感情を押し殺しているのがよくわかった。藤澤が、またメガネを掛けて書類を読み出した。部屋を出ると、安の後を追いかける。
軽く安の肩を叩いた。安がチラッと後ろを振り返った。そしてエレベーターのドアが開き中に乗り込むと、受付嬢が立ち上がって頭を下げた。エレベーターのドアが閉まった。
「阪神高速の事件から、全てがひっくり返ってしまったな」
「俺たちはベストを尽くした。だが、ベストを尽くしても報われない事ってあるんだな」
「ベストを尽くして報われないというのが一番堪える」
「チーム蛇喰、解散か」
安が寂しそうに呟いた。
「ハグしてやろうか?」
「まさか」
そう言って、安が目を剥いた。1階に着いた。エレベーターを出ると、受付嬢たちが会釈をした。
フェアレディZに乗り込み、大阪に戻る。ゲイリームーアのパリの散歩道を流す。まさに今の心境には、ピッタリの曲だった。松川と五十幡にも、会ってキチンと説明しなくてはならないだろう。安も何も言わずに車を運転していた。
「失業したので、南港の事務所に行っても仕方ないだろう?北加賀屋のマンションまで送ろうか?」
安がシフトチェンジしながらそう言った。
「ああ。そうしてくれると助かる」
「西崎社長に会えなかったのは残念だったな。彼女が雇い主だったので、会えばまた違った話になったかもしれない」」
「会った所でどうにもならないさ。それよりも、彼女の身体の事が心配だ。治療がいつまでかかるのか。現場復帰が出来るのか、そちらの方が優先だろう」
ゲイリームーアの曲が、オールウェイズゴナラブユーに変わった。安が車を運転している間に、松川と五十幡に電話をした。2人に今日の出来事についての話をそれぞれにした。松川は、「やっと仕事に慣れた時なのに残念です」と言った。
「申し訳ない」
「蛇喰さんが謝る事ではないですよ。それに俺は、ジムの経営に戻ればいいだけなんで大丈夫ですよ」
松川が楽観的に話してくれて助かった。契約内容が変わったので、ボディガードの仕事が出来ないといった捉え方だった。一方、五十幡の場合は事情が異なった。
「今更、あの雀荘に戻れないですよ」
「確かにそうだな。知り合いの警備会社に警備員として、仕事を紹介しよう」
「あ、ありがとうございます」
「また次回、このような仕事があれば真っ先に声をかけるよ」と約束した。
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