(閑話)爺の残響

「アロハー♪」

「……いや、アロハーじゃねえっつうの。何してんだ爺さん」


 おそるおそる市場マーケットに繋いだあたしの前に現れたのは、なんか吹っ切れた感じの爺さんだった。

 デカいサングラスに日焼けした肌、ド派手なハワイアンシャツを着て膝丈のショートパンツ、演台にはトロピカルドリンクまで置かれている。

 完全にリタイア後の悠々自適な老人だ、これ。

 つうか、その親指と小指立てたアロハのサインを笑顔で振るのやめろ。死の商人だった爺さんにされると、なんかイラッとする。


「ずっと気になっていたんだよシェーナ、君たちなら無事に乗り切ったと信じていたが……」

「ちょッ、爺さん動くな止まってろ。目がチカチカする」


 グラデーション入った青地の波模様に真っ黄色のパイナップル柄って、どんなセンスだよ。


「……んで爺さんは、いまハワイ在住か?」

「おお、よくわかったな」

「ぶっ飛ばすぞ、この野郎! そんだけクドいアピールされたら誰でもわかるわ!」


 爺さんは東西の勢力から接触されて、自分の国には頭越しに東側と内通された結果もう戻れないくらいに関係が拗れて西側に――というかアメリカ以外の何者でもないんだが――亡命申請することになったらしい。


「移動できた資産はそう多くないが、それでも余生を送るには十分すぎるほどだ。娘や孫たちも無事に保護できたしな」

「そっか。それじゃ、もう危ない橋は渡らずにおとなしく暮らせよ」

「シェーナ、なにか商用があったんじゃないのかね?」

「ないよ。無事に逃げ延びられたか様子を見にきただけだ」


 ふむ、なんつって爺さんは少しばかり不満そうな顔になる。なんだそりゃ。


「いまなら、どんな武器でも手に入れてみせるんだがね?」

「懲りてないな爺さん……余生くらい穏やかに暮らせ」

「生憎だが、そうもいかんようだ」


 爺さんはポケットから金貨を出す。


「わたしは、元いた国からするときんを生むガチョウ。だが、いまいる国からすると外貨準備F E Rの金相場を暴落させた元凶だ。これは、君ではなく前のクライアントとのによる影響だがね」


 要するに、魔王ヨシュアが武器取引のために持ち込んだ金貨が非常識なほどに膨大だったわけだ。

 自業自得ではあるけれども、いまさらどうにもならんだろ。あたしにいわれても知らんぞ。


「引退後おとなしくしていたわたしが……シェーナとの取り引きで得たきんを、少しだけ市場に流してしまったんだよ。それで悪夢の再来を恐れたアメリカ政府が、わたしのところまでエージェントを送り込んできたわけだ」

「……もしかして、米国中央情報局C I Aとか?」

米国家安全保障局N S Aの指揮下にある、中央保安部C S Sという組織だ。あの夜、ヘリコプターチョッパーで回収に来たのは海兵隊の特殊任務部隊だったようだが」

「……へえ」


 頷いてはみたものの、あたしにはサッパリわからん世界だ。正直あんまり関心もない。

 なんにしろ、今後こちらに関係することはないだろうしな。


「証言はしたが、信用されてはいない。実証を求められている。具体的にいえば証拠の提出だ」

「金貨の? それ渡せば良いだろ」


 爺さんの持つ金貨を指すが、困った顔で首を振られた。


「いま持っているのは、この一枚だけだ。異世界の存在を実証するには弱い」

「いっぱい渡したコインとか貴金属とか、なんか忘れたけどガラクタはどうした?」

「現物は市場に流れたか、元いた国に死蔵されているだろうな。個人資産もドルか有価証券に化けてスイスのプライベートバンクにある」


 スイス銀行ってやつか。そっちはそっちで、あたしにはわからん世界だな。


「資産管理チームが、国ぐるみで隠蔽と資金洗浄をしていたからな。健全化を目指した結果として、証拠は残っていない」

「……へえ」


 ちょっと考えて、手持ちの金貨銀貨銅貨と剣や甲冑を出す。あまり裕福な相手と当たらなかったので、金貨の量はそれほど多くない。


「それで良ければ持ってけよ。あとは……魔物かエルフの死体でも調達しようか?」


 あいにく、いまは在庫切れだけどな。


「異世界の実在証明としてはありがたいが、遠慮しておこう。それはそれで、別の問題が出そうだ」

「だろうね」


 爺さんが代わりに出してきたのは、ドラム缶入りのディーゼル燃料とボートに搭載された機銃の弾薬、そして予備銃身だ。食料品やら衣料雑貨やら、相変わらず山ほどおまけが付いてる。

 孫に手土産を持ってくる甘い爺婆って、こんな感じなのかな。あたしにはあまり、縁がなかったけどさ。


「受け取ってくれ。これでしばらくは困らないはずだよ」

「……ああ、それは、ありがたいんだけどな、爺さん」


 あたしはそこで、伝えるべきなのかどうか少し迷う。

 爺さんの静かな微笑みを見て、やっぱり話すことにした。老い先短い爺さんに、黙っているべきではないと思ったのだ。


「あのな、前に転移者から聞いたんだ。あたしが……あたしたちが取り引きすると、爺さんのとこと、こっちの時間がズレるんだってさ」

「だろうな」

「え」

「それは君の前に、“魔王”と取り引きしていたときから感じていたことだよ。時間の流れが違うことはわかっていた。大まかにいえば、こちらに流入する金のグラム数と比例してる」


 特に驚いた様子もないどころか、あたしよりよほど詳しく知ってるような感じ。そして、もうそれを受け入れてる。


「……なんで」

「こちらに資産運用の専門家がいてね。数値化やらグラフ化やら相対化やらで、いくつもの数字を見せられ考えさせられてきたんだが、その波形に既視感があったんだよ」


 爺さんは指でクルリと百八十度回転を表す。


「上下を逆にしたら、その正体がわかった。商取引後の間隔とラグ。それはのではないかとね」


 たしかに爺さんの側からすると、そういうことになる。


「……そっか。知ってたんなら良いや。アンタの時間を奪ってるみたいな気になってさ。……いや、そんなことはないって、頭じゃわかってるんだけど」

「魔王が、わたしとの取り引きを止めたのは、それが理由か」

「さあ。あたしは、そのひとと会ったこともないから」


 それでも、そんな風な考えも疎遠になった理由のひとつとしては、あったんじゃないかという気がした。

 聞いた話でしかないけど、どうも悪い奴じゃなさそうだしな。


「わたしはね、シェーナ。もう人生は終わっている。ある意味では、やるべきことをやり終え、過不足なく満ち足りているんだ」


 爺さんは笑いながらいう。でも目が笑ってない感じが、少しだけ引っ掛かった。


「“ある意味では”?」

「君との取り引きを始めたのは……個人的にいえば、ビジネスとは少し違う。いわば、ロスタイムで行う小さなギャンブルだ。賭けベットしてるのはカネではなく、“人生の価値”だがね。勝てば、少しだけ自分の人生に意味が見付けられる」


 首を傾げるあたしに、爺さんは笑う。


「まだ、わからないだろうな。ひとは老いてくると、やり残したことがあるような気になるんだよ。そこで終わったことだと諦めるか、みっともなく足掻くかはひとそれぞれだが」

「爺さんは、足掻くことに決めたわけだ」


 どうだろうな、と爺さんは首を振る。

 きっと、諦められなかったんじゃないかと思う。何をかは知らんし、知りたいとも思わんけど。

 終わったことだと思えない何かが、死の商人だった爺さんを縛っていたんだろう。


まあ頑張れグッドラック、爺さん。良き旅を」

「ああ、君もな」


 心の重荷を下ろして、あたしは接続を切った。

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