港湾要塞突破
後続がいないのを確認して、あたしはひとりで階下まで降りて騎兵の死体から武器と装備を奪って回る。
金目の物はあまり持っていなかった。金貨が七枚に銀貨が二十二枚。騎兵って兵隊のなかじゃ偉い奴らのはずなんだけど、案外しけてる。
「要塞の方は?」
ミュニオを乗せたジュニパーが、屋上からふわりと飛び降りてくる。
「物見台で兵士が動き回ってるけど、出てくる様子はないね」
「こいつらが全滅したことは……?」
「見えてるの。こちら向きの物見台は、監視のためのものなの」
万全の態勢で待ち構えてる感じか。迂回するルートがないか聞いたけど、関門や要塞の周囲は抜けられないように地形が選ばれ整備されてるそうだ。森で生きるエルフの力を持ってしても、見付からずに通過するのは難しそう。
そりゃそうか。封鎖するための施設だもんな。
「シェーナ、それはもう使えないの?」
ミュニオがあたしの放り出した“えーけー”を指す。使えないことはないんだろうけど、もう弾薬がない。ペルンさんとこに、みんな置いてきちゃったからな。そっちは惜しいと思わないけど、車に積んでた機関銃は奪っておきたかった。
ついでといっちゃなんだが、爺さんのその後も気になる。
「ジュニパーの全力で突破して、船の方を押さえるのはどうかな。海の外に逃げられたら取り戻すのが大変そうだし」
「そうだね。でも、ぼく水の上も頑張れば走れるよ?」
「え、それって……どのくらいの距離?」
「気合次第かな」
あら、案外アバウト。
「バーッて行って、勢いなくなってきたら、またハーッて」
ジュニパーさんの説明は漠然としていて、どうにも忍者的な感じをイメージしてしまう。右足が沈む前に左足、みたいな。
大丈夫か、それ。
「それよりシェーナ、船は沈められる?」
「無理だろうな。大きさにもよるけど、あたしたちの武器で効果があるのは手漕ぎの小舟くらいだ」
「タファは“山みたいな船”とかいってたの」
やっぱ、追加の強力な武器が要る。サイモン爺さんに手に入れられるのは民間の銃器だけとかいってたけど、いまドンパチやってんのは明らかに堅気じゃない。あいつらから奪えれば一石二鳥という気がした。
後で接続を、もういっぺん試してみよう。
「なんにしろ船を沈めるのは最終手段だ。捕まったひとたちが載せられてるかも知れんし」
「うん、そうだね」
「ジュニパー、港湾要塞は突破できそうか?」
「もちろん!」
自信満々な顔からして、まあ可能なんだろう。その手段が、ちょっと怖い。きっとジェットコースターどころじゃない動きでビューンと行くんだろうからな。絶叫マシーンに苦手意識のある――そして更にそれが加速してしまった――あたしにはいささか腰が引ける。
「シェーナ、行こう。ちょっとマズいかも」
「あんまり、時間はなさそうなの」
「なんだ、どうした急に?」
急に慌て出したジュニパーとミュニオは何か察してる風だけど、あたしにはピンとこない。そりゃ捕まってるひとたちがいるんだから、急いだ方がいいんだろうが。
「笛と鐘が鳴り始めたよ。要塞じゃなく、たぶん海の……港のある方から」
「え」
「たぶん、船を出すための合図なの」
「乗って!」
あたしとミュニオが飛び乗ったのを確認すると、ジュニパーはすぐに最高速まで引っ張った。
いきなりかよ。真っ直ぐに伸びた平地を、
「ちょっとだけ、つかまっててね!」
ひとが集まった場所のあちこちで青白い光が瞬く。攻撃か防御か索敵か知らんけど魔法的な何かが起動したんだろう。ジュニパーの周囲でバチバチと火花が飛び散る。
「おい、これ……⁉︎」
「攻勢防壁なの。少しなら、わたしが押さえられるけど……」
「だい、じょーぶッ!」
ジュニパーはさらに加速しながら、広くなってきた道の端までグイッと大きく寄る。嫌な予感がした。
……っていうか、予感じゃない。走馬灯のように過去の記憶が甦る。ミュニオが捕まってたコルタルの城壁を駆け上った方法だ。
でもあれはせいぜい十メートルやそこらだった。港湾要塞の前面は、わずかに傾斜しているものの高さ三十メートル以上はある。壁面には各所で敵が待ち構えている。
「……おい、嘘だろ」
「静かにしてて、舌噛むよ!」
要塞の壁面近くまで来ると、ジュニパーはわずかに身を屈めて大きく跳ね、壁を蹴って斜めに駆け上がる。乗ってるあたしたちが振り落とされないように、前と同じく遠心力を使っているのはわかる。わかるけれども、だ。
……駆け上がったとして、その後どうすんだ⁉︎
「「おおおおおおおおぉ……⁉︎」」
どよめきか悲鳴か歓声か、誰のものかもわからん声が風に混じって聞こえてきた。
そのうちのどれかは、きっとあたしのものだったんだろう。三十メートル以上もある要塞の最上部まで駆け上がったジュニパーは、そのままの勢いで大きく跳躍する。
ぐんぐん伸びてく力強い飛翔は見事なものだったけれども。けれ、ども……
「
巨大なはずの港湾要塞は、眼下で段ボール箱くらいに見えていた。それもすぐ背後に飛び去る。
前を見たあたしは目の前いっぱいに広がるキラキラした海面に息を呑んだ。海岸線は、すぐ手前にある。ちっこい船も並んでる。
いや、違う。船の周囲には米粒以下のものがワラワラと蠢いていて、現実逃避に失敗する。
あたしは自分をごまかそうとしていた。ちっこく見えてるだけだ。百メートルやそこらは優にある巨大な帆船だ。それが二隻、出航直前の感じで積み込みと警戒を続けている。冷静に状況を見ながらも、それがグングン近付いてくることに恐怖を覚える。
これ、時速何キロで落下してんだ。どんだけ高いとこから墜落してんだ。これホントにちゃんと減速できんだのか。敵が最低でも四、五十はいるように見えんだけど、着地した後どうすりゃ良いんだ。
「あはははははッ……いっくよーッ♪」
ひどく高揚したジュニパーの声に、あたしは考えるのをやめた。
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