ファーイースト

 行先に現れた三叉路の手前で、あたしたちは車を停めて休憩していた。

 ついでにランクルに給油を行い、自分たちにも水分と糖分を補給する。疲れているときの甘いものは、心と身体に沁みるのだ。


「いまは、かなり東に寄ってるから、その先の山を越えられたら海岸に出られるかもしれないね」

「海?」

「うん。研究所で見た大陸地図には海岸線が描いてあったよ。エリからもらった地図だと、はみ出ちゃってるけど……この辺?」


 ジュニパーは広げた地図ではなく、ちょっと横の中空を指で示す。

 縮尺が適当なんで概算だけど、ざっと数百キロくらいか?


「山脈は? ヤダルさんが、有翼族を逃したとかいってたの、あれだろ?」


 東側には、けっこう険しそうな山が延々と連なってる。前までは遠くに見える蜃気楼みたいなもんだったけど。近付いてきたことで、却って越えられなさそう感がひしひしと感じられるようになった。

 旅の途中にジュニパーから聞いた話じゃ、“東は険しい山脈があってどん詰まり”“西側は低い山地と荒野が交互に続いて、その先に魔物の棲む渓谷があって海に繋がる”……とかだった。どうせ関係ないやと半分聞き流してたのに。

 いつの間にやら、その“どん詰まり”のとこまで来ていたわけだ。


「うん。そこの、東側みぎに向かってる道がそうだね。轍の数と深さを見る限り、かなり大量の物資輸送してるっぽい。山のなかに運び込む意味ないから、海岸線に街か拠点があるんじゃないのかな」


 貨物用の馬車で山脈を抜けられるような道がある、もしくは作ったってことか。


「それ、ミキマフの……少なくともソルベシアの施設だよな? 帝国軍じゃなく」

「ここまで来ると、帝国の補給線は切れてると思うの」

「だね。この辺りは、もうソルベシアの勢力圏だよ」


 人喰いの森に入ってるってわけだ。いまのところ、そんなにスゴい密林には行き当たってないけどな。

 いままで見聞きした情報を合わせると、そのうち車では行けないような環境になったりするんだろう。


「なあ、どうする? 真っ直ぐ北に向かうか、海に出るか」


 北に向かう道は、そんなに起伏もなさそうだし進むのに問題はない。問題があるとすれば、確実に敵が待ち受けていることくらいだ。とはいえ、それは最初から覚悟の上だ。


「わたしは……どちらでも良いと思うの」

「ジュニパーは?」

「ぼく、海が見てみたい」


 目をキラキラさせるジュニパー。そっか、研究所育ちの箱入りだけど、本来は海棲魔物だっけか。

 いや、違うな。海バージョンの水棲馬ケルピーは名前が違った気がする。


「シェーナ、なんで首傾げてるの?」

「なんだっけ、ほら、エリパパのとこで……ティアラちゃんの先祖。ジュニパーが会いたがってるのかと思って」

「もしかして、海棲馬シーホースのこと? ぼくの遠い親戚みたいなもんだけど、資料でしか知らないよ?」

「なんだ。ジュニパーが海推しなの、シーホースに会いたいからじゃないのか」

「純粋な興味だよ。海には怖い大型の魔物が多いから、ぼくなんかがウロウロしてたら食べられちゃうよ?」


 おうふ。大海原では甘っちょろいお嬢様が修羅の国に来た感じになるのか。


「でもまあ、あたしも興味はあるな。こっちに来てから、海なんていっぺんも見てないし」

「シェーナ、故郷では海を見たことあるんだ?」

「ああ、狭っ苦しくてゴミゴミして汚ったない海ならな」


 今度はジュニパーとミュニオに首傾げられた。ふたりの顔には、“それ、ホントに海?”と書いてある。


「まあ、いいや。そんじゃ、行けるとこまで東に向かって、そっから北上するか」

「「うん!」」


 今度はジュニパーの運転で、あたしたちは東へと進路を取った。

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