(閑話)サイモンの泥濘

 ランクルの燃料が心細くなってきたので、最小限の取引を頼もうと“市場”を呼び出す。

 なんでか現れた瞬間、爺さんは待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべた。


「やあシェーナ、今日は君に頼みがある」

「いきなりだなオイ。しかもその笑顔、スッゲー嫌な予感がすんだけど」

「報酬は、これだ」

「聞けよ」


 目の前に現れたのは自動車だ。なんつーのか知らんけどランクルよりずっと新しい感じの、ものっそい巨大な車。バンっていうのか、後ろが荷物を積むようになってて、車高が高い。面構えがエラくイカツいな、これ。横長の四角いライトが左右二段ずつ並んでる。


「……デカッ! なにこれ、アメ車?」

「ああ。シボレーのサバーバン。九十年代に大流行したSUVだ」

「知らん。日本じゃ流行してねえよ、きっと」


 いうてる端から続けて二台、同じ車が現れる。嫌な予感がますます強くなる。


「いや、三台って。そんなに要らんし」

「完全整備してあるのは最初の一台だけだ。残り二台はジャンク品でね。引き取ってもらえれば、対価は払おう」


 今回は、売るんじゃないのか。なんか変な話になってきたな。

 窓が砕けてドアに穴開いてる。これ弾痕だよな。シートに赤黒い染みがあるし。何してくれてんだ、このジジイ。


「ジャンクにしたのアンタだろ。こんなもん、あたしに、どうしろと」

「後ろの二台は、まともに動かん。走ったところで数キロだ。どこかにほっぽっといてもらえないかな」

「……なあ爺さん、こっちの世界をゴミ捨て場かなんかと勘違いしてないか?」

「こんなことを頼むのは今回だけだ。君は最初の車だけ使ってくれればいい。後部座席にお土産もある」


 後部座席に横たえられているのは、自動小銃っていうのか、箱型の弾倉が刺さったライフルみたいの。


「AK47アサルトライフル。世界で最も多く作られ、使われ、殺し殺されてきた自由とテロのアイコンだ」

「……ああ、うん。もうチョイなんかオブラートに包めんもんか?」


 そのAKが二挺と、弾倉七本。緑色の変な巨大缶詰がひとつ。なんと七百発入りの軍用弾薬箱だそうな。

 こういうのが欲しかったのは、オアシスにいた頃なんだけどな。いまは特に機関銃が必要な状況はない。


「……それは、まあいいや。この大量の拳銃はなんだ」


 黒くて無骨な“殺し屋のピストル”みたいのがダッフルバッグにみっしり詰まってる。ありがたいより先に不気味だ。


「マカロフだ。整備と試射は済ませてある。悪くない銃だよ。ロシア製の軍用自動拳銃で、その長い筒は減音器サプレッサになってる」

消音器サイレンサーじゃねえの?」

「まあ、素人はそう呼ぶね」

「うるせえ」


 その拳銃の山の上にひとつだけ、サプレッサとやらが着いてないのがある。


「……で、この筒なしは、なんで金色なんだよ。紅色から宗旨替えか?」

「拾った」

「嘘なの丸出しで隠す気もねえじゃねえか。少しはごまかす意思を見せろ」


 拳銃が十五梃に換えの弾倉が十七本、箱に入った弾薬が二百五十発と袋にまとめられたバラ弾丸がひと山。


「これ絶対ヤバいやつだろ。だって爺さん、ちょっと前まで自分はカタギだから民間用の武器しか手に入らないとかホザいてたもんな。あんまり面倒なことにクビ突っ込むなよ?」

「ほう、心配してくれるのかね?」

「そのトラブルがあたしに降りかかることはないから、別に良いけどさ」


 ……いや、いざってとき“死んでるから取引できません”てのは困るかな。


「問題はないよ。わたしの故郷、遙か東の国からの貢物だ」


 そんなわけねえだろうが。運んできた奴を思っ切り殺してんじゃねえか。死体の処理まで押し付けないだけ気を遣ってるつもりかも知れんが、そんなもん誤差程度だ。

 異世界取引で無事に証拠隠滅を済ませ、サイモン爺さんは満足げに頷く。

 ……おい、なに自分だけやり遂げた顔してんだ。


「ああ、そうそう本題だ。ランクルの燃料を頼もうと思ったんだけどな」

「サバーバンの燃料はラゲッジルームに入れてあるが、ガソリンだ。ディーゼル燃料は……ちょっと待ってくれ」


 ドラム缶で二本、軽油を運んできた爺さんは山ほどの食料や日用品を、おまけに付けてくれた。いつにも増してサービスが良い。この取引が成立しないと、かなりリスキーだったんだろうな。

 まあ、いいか。

 今回は金貨を渡してないから、時系列のズレは発生しない、はず。エリパパの推察が正しければ、だけど。


「……なあ、爺さん。あたしに言えた話じゃないけどさ。こんなこと続けてたら、ろくな死に方しないぞ?」


 最後に釘を刺すと、爺さんはふわりと柔らかく笑った。なにかを諦めたような、吹っ切れたような顔で。


「……ああ、それこそ“光栄の至りヤラート”というものだ」

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