魔弾流出

「ちッ……地上うえに戻るぞ」


 デロの爺ちゃんから要領を得ない説明を聞いた後、ヤダルさんは苛立った顔になって足早に通路を進む。

 あたしたちも急いで後を追うが、状況はイマイチわかっていない。

 偽王の軍が、銃を持っている? そいつらもサイモン爺さんと取引をしているのか、それとも別口があるのか。

 あるいは……


「ミスネル!」


 地上に飛び出してすぐ、隠れ家に戻ったヤダルさんは撤収準備を済ませたミスネルさんたちに詰め寄る。


「ヨシュアの物資が流出したって話はあるか?」

「聞いてない。それは、デロからの情報?」

「ああ。長老の爺さんが、ミュニオの銃を見てな。ミキマフの手下が持ってるのを見たらしい」


 ミスネルさんは一瞬考えて、小さく息を吐く。思い当たるところはあるようだ。


「ミュニオちゃんのカービン銃それと見間違えるとしたら、“いちきゅーぜろさん”?」

「だろうな。おそらくデロなら区別はつかん」

「他に可能性があるとしたらあいつらの独自開発だけど、ケースマイアンのドワーフが全力でも真似事くらいしか出来なかったものを、エルフに作れるとは思えない。攻撃魔法と長弓が得意な彼らには作る意味もないし」

「となると……」


 ヤダルさんとミスネルさんは揃って溜息を吐く。あたしたちには、なんのこっちゃわからん。


「ふたりとも、どうしたの? いちきゅーなんとかって?」

「ケースマイアンから持ち込んだ、魔王の銃だ。腕利きのエルフが使うと一ミレ先の敵を殺せる」


 ミュニオのマーリンで八百メートルその半分くらいは届いてたから、カービン銃より大きくて威力のある猟銃みたいなものだろう。それがデロの爺さんが見たものか。


「シェーナ、ここから四、五百哩くらい行ったとこに魔王が残した武器庫があるんだけど、聞いたことは?」

「ああ、その魔王と取引してたって爺さんからね。大陸の北端から南に五百キロメートくらいのとこに、魔王の物資集積所デポがあるって」

「それだ。“こんくり”とかいうので固めた、アホみてぇに頑丈な建物でな。そこ自体は難攻不落といってもいいんだが、そこに補給物資を移送中の馬車が襲われた」


 物資は奪われ馬車は燃やされ、御者とふたりの護衛が行方不明になった。

 ケースマイアン出身のエルフとクマ獣人の男性。失われた銃は二挺。どちらもその“いちきゅーなんちゃら”で、携行していた弾薬はひとり五十発。

 襲撃を受けたのは半月ほど前。死亡の痕跡も生存の確証も見付かっていない。捜索するにも手掛かりはなく、依然として“行方不明”のままだそうな。


「百発のうち、どれだけが残っているかは不明だけど。少なくとも一挺はミキマフ陣営てきかたに渡ったと考えた方がいいわね」


 ミスネルさんは、沈んだ顔でいう。銃が失われたことも問題ではあるけれども、もっと問題なのは仲間が喪われたということの方だ。生存を信じていたんだろうが、銃を奪い取るような状況で生かしておくとはあまり思えない。


「その話は、こちらで処理する問題だ。敵が銃を持っているかもしれないということだけ覚えておいてくれ」

「うん、わかった」


◇ ◇


 せっかく敵から手に入れた馬だけど、いまから馬車を直すのは現実的じゃなさそうだ。騎馬で移動するとしても、ミスネルさんたちが全員乗るとなると確保した五頭じゃ少し足りない。

 ジュニパーとミュニオを見ると、ふたりも頷いてくれた。


「ミスネルさん、逃げる先に目的地あてはある?」

「北東に三、四十哩くらいのところに、もう少し大きな隠れ家があるの。自然の地形で、守りにも向いてる。仲間もいるはず」

「あたしたちも北に向かうから、そこまでは付き合うよ」


 隠れ家の外にランクルを出して、全員が乗れるように割り振りを考える。荷物はあたしが目的地まで収納で預かるとして、子供が十五に大人が三、あたしたち三人を入れると全員乗車は無理だ。

 馬と併用も考えたものの、車と同じペースだと潰れてしまう。


「ジュニパー、お願いできる?」

「任せて! 子供たちなら、五人は乗れるはずだよ?」


「「「「わあああぁッ♪」」」」


 水棲馬ケルピーの姿になったジュニパーを見て、子供たちが目を輝かせる。

 サービス精神なのか、ヅカ美女な魔物は流し目で棹立ちになってたてがみをサラサラとなびかせる。


「さあ、お嬢さんたち。ぼくと風になろうか」


 どんなナンパだ。しかもムッチャ黄色い声を上げられてるし。

 子供たちのなかで女の子は六人、男の子が九人だ。男の子たちは少しだけ残念そうにしてはいたけど、女の子に先を譲ることに文句はいわない。

 ミスネルさんたちの教えなのか、なかなか偉いな。


「良い子だね。君たちにも、後でいっしょにはしろう。楽しみにしててね」

「「「はーい!」」」


 美魔物からバチバチのウィンクを受けて、男の子もメロメロだ。ジュニパーって、ホント人たらしである。


「それじゃ、行こうか。姐さんたち、荷台で子供らが落ちないように見ててもらえる?」

「わかった」


 助手席にはナビ役のミスネルさんとミュニオ、荷台には子供たちを囲む感じで、サリタさんキーオさんとヤダルさん。


「狭いけど、ちょっと我慢してね」

「いや、“らんくる”は馬車よりずっと快適だったぞ? 今度は大丈夫だ」


 ヤダルさんがいうと、クマ獣人サリタさんが笑う。人狼女性のキーオさんは、苦笑して首を振った。

 今度は……って、何なん?


「ここに来るとき、キーオはガタガタ揺れる馬車に音を上げてね。途中で飛び降りて走り出したのさ」

「あれは拷問だよ。人狼にとっちゃ、走った方が早いと思ったのさ」


 それで馬車と並走して約六十五キロ四十哩以上を走り切ったというから凄い。まあ今回は、そうならないように安全運転で行こう。

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