緑差す地へと

「あっちの、雲が」

「そうだな」

「あっちの、シカみたいに見えるね」

「違うよジュニパー、色が雨雲みたいに見えるって話。形は、どうでも……って、いやホントにシカっぽいなあれ」

「ね?」


 あたしたちは、どうでもいい話をしながらランドクルーザーに追加燃料を補給していた。新たにサイモン爺さんから仕入れた二百リットル入りドラム缶、七本のうちのひとつだ。七本いっぺんに持ってけなんていわれたところで収納できるかい、と思ったら案外あっさり懐に収まった。

 そらそうだ。オアシスで、いっぺんはランクルも収納できたもんな。自分の懐の深さが――精神的にはともかく容量的には――あたし自身よくわからなくなってきてる。

 携行缶と違って傾けて注ぎ込むのは無理だから、給油ポンプで移し替える。日本で灯油をシュポシュポするポンプのゴツくてでっかいの、って感じ。先っちょにあるクランクをクルクルと回す方式だ。


「ジュニパー。燃料の目盛りだと、そろそろ一杯なの」

「了解。それじゃ、ここで止めとくね」


 再出発してしばらくすると、雨雲がこちらに向かってきた。というか、雨雲の掛かっていた一帯にあたしたちが向かってきただけか。建物もない平野だけに、空から落ちてくる雨の境界線みたいなのが見える。目的地である北側に広がった雨雲は避けようがない。避ける意味もないので直進。なんか、変な感じ。


「もうすぐ、雨のなかに……あ、入った⁉︎」

「「ひゃあぁッ⁉︎」」


 この地方特有のものなのか、雨粒がデカく水量も多い。スコールのように叩き付けてくる豪雨でワイパーを最速で動かしても前が見えない。周囲は水溜まりなのか沼なのかもわからないほど一面の水面だ。どこかの水辺から迷い込んだらしい魚が跳ね回り、ワニみたいな水棲の爬虫類が目の前を通り過ぎてゆく。おまけに足元やら天井から浸水や雨漏りまでし始めて、あまりの酷さにおかしくなってきた。あたしたちは笑いと歓声を上げながら泥濘のような道を走り続けた。


 小一時間ほどで、雨雲の下からは抜けた。ずいぶん濡れたけど、屋根があったので歩きの旅よりまだマシだ。お爺ちゃんとはいえさすがにタフなランドクルーザーは悪路も浸水も物ともせず走り続けてくれた。


「シェーナ、お店があるよ」

「店……か?」

「たぶん、馬車を止めて、ひと休みしてるだけなの」

「まあ、いいか。見せてもらおう」


 途中すれ違った行商人から果物と野菜とエルフ豆――見た感じインゲンみたいなの――を買った。帝国通貨でも銅貨と大銅貨は大量に余っていたから、ここぞとばかりに放出する。肉はあるし狩れるけど、新鮮な野菜や果物はなかなか手に入らない。逃亡生活で人里を避けてたこともあり、生産地や商業地を通らなかったからなんだけどな。


「お嬢ちゃん、これおまけ」

「おお、ありがとおじちゃん」


 なんかよくわからん瓜とカボチャの中間みたいなものをもらった。ジュニパーによれば、栄養があって日持ちのする果物のようだ。へえ。


「剥いてあげるの。シェーナ、あ~んするの」

「もむ……酸っぱい⁉︎」

「砂漠では、ご馳走らしいよ?」


 メロンとレモンを足したような風味がするマリカというその果物は、なんでか微かに濡れた犬みたいな後味がした。

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