フラインガールズ

「さて」

「“さて”じゃねえ! 待って、待って待って」


 再び水棲馬ケルピー形態に変わったジュニパーが、あたしを乗せて断崖絶壁から平野部を見下ろしている。

 落差は優に百メートルはある。恐怖感も込みで大袈裟に見えてるのかもしれないけど。百メートル以上ある。絶対ある。


「どうしたのシェーナ? こんなの百五十フートやそこらだし、落ちても死ぬわけじゃないよ?」

「死ぬわ!」


 三十センチかける、百五十……あれ? 実際、これ五十メートルないのか。マジで? いや死ぬけど。百だろうが五十だろうが、落ちたらフツーに死ぬけど。


「大丈夫、ぼくを信じて」

「信じては、いる。でも、最近気付いた。あたし高いとこ、あんま得意じゃない……」

「女は度胸!」

「いや、そういうの、ぬぉあぁあぁ……ッ⁉︎」


 まさかの直接自由落下。崖の途中をキックして落下速度を殺すとかもない、ガチな紐なしバンジー。ジュニパージャンプに特有の、内臓を優しく揉みしだかれているような浮遊感が嫌だ。しだいに慣れてきているのが、すごく嫌だ。

 何をどうした結果やら、優しくふわりと着地したジュニパーは即座に全力疾走を開始する。今度は、真っ直ぐ城門へ。むしろ今度はわざと砂煙を立ててこちらの存在を際立たせているようだ。ミュニオの方に向かった騎馬部隊への陽動か。あるいは、城門前で待ち受ける防衛部隊への威嚇か。


「うぉええぇ……っぷ」

「つかまって、正面のをぶっ飛ばすから」

「え」


 また城壁ジャンプすんじゃねえの? チラッとこちらを振り返ったジュニパーは、開いた城門の奥を鼻先で示す。


「城門にいる子、引き出されてく。たぶん、さっきの建物」


 襲撃してマナフルさんを取り戻した建物が、“暁の群狼ドーンウルフパック”の本拠地なんだろうな。上階の状況とか見てもないけど。

 もしかしたら、あそこで立て篭もりでも考えてるのか? 真っ先に襲われて潰され掛けたガバガバ警備の建物に? 意味わからん。

 目の前に城門前の布陣が迫る。盾を持ち槍を構えた男たちが四十ほど。その後ろに隠れて弓を引き絞る集団が十やそこらいるようだが、笑わせる。距離は百五十メートル。数百の弾幕ならともかく、十やそこらの山なり軌道曲射で、疾走する水棲馬ケルピーを仕留めるってか。身の程知らずも甚だしい。


右から当たる・・・・・・よ! 左をお願い!」

「任せ、ろ!」


 彼女は右利きが持った長銃こちらの得意な射角を理解してくれてる。素早い左ジャブを突き刺した後で、大振りの右フックを敵の横っ面に叩き込むのだ。あたしは九発の大粒散弾バックショットを流し気味に連射した後、大急ぎで再装填して追撃の八連射。もう武装集団は、目前まで迫っている。戦果を確認しながら猛烈な勢いで突進しつつ、大きく右側に回り込んでゆくジュニパー。

 散弾を喰らった男たちは次々に薙ぎ倒され、既に被害は二十半数以上に及ぶ。敵は浮き足立って、逃げようとするものまで出始めている。逃げるといっても、城門まで二十メートルはある。


「逃げ切れるわけ、ねえだろうが」

「シェーナ、ちょい伏せて!」


 ヅカ水棲馬ケルピーの突進で、ゴツい男たちがピンボールのように弾き飛ばされる。

 なんだ、これ。浮いたどころか、跳ね上げられたよ。まるで大型トラックにでも、ぶつかられたみたいだ。遥か彼方の城壁まで叩き付けられて赤い染みになった奴までいる。

 勢いを殺しながら左旋回するジュニパーの背で振り返って見るが、立っているものはひとりも確認できない。倒れているうちの何人かに、いま息があるとしても。


「大丈夫、どのみち死ぬよ。行こう」

「よし、その連れてかれたエルフからだ」


 徒歩で移送していた男たちは、あっという間に追い付いたジュニパーに撥ね飛ばされる。七人いたなかの四人がまともに喰らって人形のように転がった。残り三人はエルフの子を運んでいたために難を逃れた。少なくとも、いまは。

 臨戦態勢で振り返った三人の男たちは、仲間が一撃で半分以下になったのを見て固まったまま落ち着きなく目を泳がせる。


「拘束しているエルフを解放しろ」


 あたしは馬上から彼らを見下ろす。

 周囲の建物から、盗賊の連中が面白い見世物でも始まったかのように眺めているのがわかった。そのうちの十数人が、手に手に武器を持ってゾロゾロと近付いてくる。ナメられたもんだな。エルフを抱えた男のひとりが、勢いづいてこちらをに向き直る。


「聞こえねーな。だーれが、おま」


 なんか小生意気な悪態をこうとした大柄な男の頭をショットガンで撃ち抜く。左右から接近してきた集団の先頭にも二発ずつ。

 通りにブチ撒けられた血と肉片に、周囲で見ていた盗賊どもが小さく息を呑んだ。


「今度は、聞こえたか?」


 聞こえるわけねえんだけどな。もう耳どころか頭がねえんだからさ。

 使った分の散弾を、ゆっくりと補給する。いちいち懐から出すのではなく、手の平にショットシェルを直接出現させる方法を思い付いた。それなら直接マガジンチューブのなかに出現させたいところだけど、それは失敗に終わる。ちぇ。


「この日を、。覚えておけ。エルフに、あるいは他の亜人に、危害を加えるたびに、が起きると」


 ジュニパーが立ち竦む男たちを押し退け、エルフの子を鼻先で引き寄せる。あたしは手を差し伸べて、固まったままのエルフを馬上に引き上げた。硬直してなされるがままのエルフは涙目で震えている。これは、攫われた先でさらに恐ろしい相手に攫われたとしか思ってないな。


「おま……え。……何モンだ」


 うるせえ馬鹿ども。帝国の嫌がらせ召喚に巻き込まれた幼気な女子高生だよ。ほっとけ。あたしのことはどうでも良いから、胸糞悪い差別と迫害だけ止めろ。

 なにかいったろうと口を開きかけた瞬間、クルリと振り返った馬から響いた。


「我が名は、エルフの守護神、魔人の王子シェーナン・アカスキー!」

「ちょい⁉︎」


 何してくれてんのジュニパー⁉︎ その腹話術やめて⁉︎ 中途半端に似てるのがまたハラ立つわ!

 必要以上に朗々と響き渡るイケメン(なのにあたしっぽい)ボイスに、盗賊どもが怯んだ顔で身構える。


「貴様らの悪業! 法や帝国が見逃そうとも、このシェーナン・アカスキーが見逃さぬ!」


 もうやめて、あたしの精神的HPライフはゼロよ!


「もちろん、我が愛馬ジュニパレオスもな!」


 あ、そこは必要事項マストなんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る