第8話新たな調停役

「2人とも、いい加減にしなさい。何度言い合えば気が済むの。ご覧なさい、カエラ先生が小鹿のように震えているわ? あんなに怯えさせて、可哀想に」


 まるで母が子を叱るように2人を宥めにアルティネアが介入する。

 だが、誰もが思う。介入すべきはお前ではないと。この状況はさっきの騒動と同じである。

 いくらアルティネアが宥めようと、結局はヤヨイの標的がラーシャからアルティネアに変わるだけなのだから。

 しかしそんな事を本人に直接言える者はいるはずもなく、唯一止められるであろうサクヤは窓の外を見ながら「あの雲、ウチの馬に似てない?」と楽しそうにゴウガイに話しかけていて、完全な部外者となりきっていた。

 

「一応言っておきますが、ラーシャさんの発言にはアルティネア様の事も入っていると思いますよ」


 そこにふと、なんの前触れもなくエインがアルティネアに声を掛ける。あまり目立つ存在ではない為、サクヤやヤヨイを含めた皆んなが驚きの目を向ける。

 ゴウガイに関してはまるで希望の光を見つけたと言わんばかりの期待を込めた視線を送っているが。


「あら、どうして? 私とゴウガイにはそもそも上下関係はないわよ? それよりもエイン。少し喉が渇いたわね、なにか飲み物を用意してくれるかしら」


「ラーシャさんはそうゆうところを言ってるんですよ。本当に馬鹿な姫ですね」


「え、ちょっと待ちなさい、今馬鹿って言った?」


「言ってません」


 プイっと顔を逸らすエイン。纏う空気感は大人びているが、小さな体にはなんともお似合いな仕草だ。


 不意な乱入者にラーシャは戸惑い、ヤヨイは気分が萎え、喧騒は収束した。

 サクヤは拍手しながら「ナイスプレイ!」と賛辞を送り、ゴウガイも泣きながら首を大きく縦に振っている。

 新たな調停役が現れた事で、少し後ろを歩いていたリュウヤも小さな小さなガッツポーズをしていた。


「み、皆さ〜ん? 到着しましたよ〜、な、中にお入り下さい」


 歩き始めてからずっと空気になっていたカエラがビクビクしながら声を掛ける。

 そんなこんなをしているうちにどうやら目的の場所に着いたらしい。


 到着したのはとても質素な部屋だった。広さは12畳ほどで、とりわけ目立つ物もない。一般的な1人部屋としては少し広めな部屋である。


「なにここ、納屋?」


「なんもねーなー、倉庫かなにかなのか?」


「いえ、そのはずはありませんわ。カエラ先生は出発前に講師室に向かうと仰っていましたもの。カエラ先生、お部屋を間違っているようですが──」


「あー、合ってますよ。ここが講師室で間違いありません」


 一気に気まずくなる。失言をしてしまったカイルとラーシャは手で口を覆いフォローの言葉を探そうとするが見つからず、サクヤは「マジか」という言葉をこぼしながら可哀想なものに向けるような瞳でカエラを見る。


「いくらなんでも質素すぎないかしら? 不当な扱いを受けているのではなくて?」


「い、いえ! 決してそんな事はありませんよ! しっかりお給金を頂いていますし、お休みもあります。ただ単に、リパルションの講師は4人しかいませんので部屋は小さめなんですよ」


 カエラは一瞬少し困ったような顔を浮かべた。だがすぐに元の気弱な顔に戻り。上位者達への説明を始めようとしたのだが──


「ねぇ、俺達9人しかいないけど?」


 サクヤが問う。

 今この講師室にいるのはサクヤ、ヤヨイ、アルティネア、ゴウガイ、ラーシャ、カイル、ナルミ、エイン、リュウヤの9名である。成績上位者は全部で10名。1人足りない。入隊時ランキング8位のエイルがいないのだ。


 サクヤはもちろん他の面々も気付いてはいたが、てっきり先に行っていると思っており、対して気にしてはいなかった。

 しかし実際に講師室にはおらず、説明が始まろうとしてもまだ出てこないのはさすがに不審に思ったのだろう。


「あー、エイルさんはですね、入隊式直後に『私は知ってるから説明は不要よ』と言って早々に寮に向かわれてしまいまして」


 カエラはまるで苦い思い出に浸るかのような遠い目をしながら答えた。

 サクヤはその話を聞いて一瞬目を光らせたが、すぐにまた緊張感のないゆるい眼光に戻し、ゴウガイにもたれかかった。


「他に質問がなければ説明を始めますがよろしいでしょうか?」


「いいよー」


 気を取り直したカエラにサクヤが答え、彼らのこれからについての説明が始まった。


 




 


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