26・奇襲
「……ね、今何か聞こえなかった?」
「む……」
エリスがそんな事を口にした。
見張りについてから早数時間が経過した。既に日は落ち、辺りが闇に包まれてくる。他の警備の者達が明かりを焚くのが見受けられた。
「そりゃ、みんな働いてるからな」
「そうなんだけどね。そうじゃなくて……」
彼女は首を傾げながら、背後の蔵へ振り返った。この中から物音が聞こえたのだろうか。しかし、元から扉は堅く閉ざされており、何であっても入る事は出来ない。
それに、戸の前に立っていた俺達の横をすり抜けて侵入したのなら、必ず姿を見ているはずだ。
念のため、扉に耳を当てて確認するが、これといって変わった様子は無い。
「何も無いぞ。なんだ、もう疲れてきたのか?」
「まだ全然シャッキリしてますー。……変だなあ」
と、蔵の陰から衛士が顔を出した。食事の用意が出来たので取りに来いとの事だ。
「あんまり気にしてても仕方ないだろ。丁度腹も空いてきた頃だし……」
少し焦ったくなってきた俺は、少女の肩を押して進むように促す。すると、
「うおっ!?」
背後から凄まじい衝撃音が響いた。咄嗟に前に転がり、剣を抜く。
弾かれたかの如く開かれた扉からもうもうと土埃が舞っている。状況を把握しようと目を凝らした時……「ーー!」キラリと光るモノが、目にも留まらぬ速度で飛来した。何とか剣を合わせてそれを弾く。恐らく吹き矢だ。間一髪だった事を理解した神経が一気に張りつめる。
「ほら、言ったでしょ?」
「言ってる場合か!ーー来るぞ!」
立ち昇る煙を突き破って刺客が突撃してきた。数は四人……普段なら苦戦する程の人数では無い。
襲い来る剣を弾き、飛びすさって距離をとる。うち二人はエリスが押しとどめてくれたようだ。これなら眼前の敵に集中できる。
「せあぁっ!」
敵は的確に腹と首を狙ってくる。相棒の技を習い、一気に地面に伏せてそれを躱し、片方の敵の脛に斬りつけた。「ぐっ……」血が噴き出し、その場に膝をつく。
俺は飛び上がりざまにもう一人に刃を振るった。しかし余裕を持って避けられ、一旦対峙する形になる。
土埃が落ち着いてきたところで、刺客の姿がはっきりしてきた。とは言え、こちらと同じで顔を布で覆っているため、特に分かることは無かったのだが。
俺はじりじり距離を詰めるフリをして大声を出した。
「敵襲だ!急ぎ応援頼む!」「っ!」
期待通りにはいかずに、それに驚いた刺客が地を蹴り、懐に飛び込もうとしてくる。
逃げたりはしないのかーー
片手を腰で構え、顔面に掌底を打ち込む。体制が崩れたところを狙って、首に剣の柄を叩き込むと、その場から動かなくなった。残るは二人だ。間髪入れずにエリスの元へ走る。
「アスタはこっち!」
二人がかりの猛攻を回避し、うまい具合に一対一に分断する。彼女は視線で頷き合うと、一瞬の隙を突いて、俺のベルトに短剣を投げつけてきた。これを使えということか。
俺の受け持った敵は先刻倒した者達よりやり手らしく、こちらの攻撃に怯むことなく反撃を挟んできた。慎重に奴の得物を捌いていく。すると、
「大丈夫だよ!」
背後から凛と声が聞こえた。大丈夫というその言葉を信じ、一気に攻勢に転じた。
敵が振りかざす刃を避けずに突進し、ベルトから短剣を引き抜く。「がっ……!」うめき声と共に頭上を影が多い、奴の腕が大きく弾かれた。
今だ!腰の上目掛けて短剣を突き刺す。ヨモルで彼女が使用した短剣と同等の物らしい。切っ先に真っ黒な液体が塗られていた。
「わわっ!」
続いて身体を思い切り上に捻り、空から降ってきた少女を抱きとめると、勢い余って敵上に倒れこんだ。
「一体どうなされた!……と、これは?」
今更ながら駆けつけた衛士達が困惑した声をだした。各々叩き伏せられた刺客が四人と、抱き合う男女が一組。確かに奇怪な光景である。
彼らが四人纏めて拘束して、その場は収められた。俺達は腰を上げ、警備を取りまとめていた隊長に自体を報告しに行く。
「蔵の中から刺客が……ですか……」
不審そうに聞き返してくる。当事者たる俺でも驚いているのだ。彼の立場ならなおのこと信じ難い出来事だろう。
「俺達が来る前に何か不備があったんじゃないのか?」
「いえ、そんな筈は……」
一応聞いてはみたが、まあ、心当たりがあるとは思っていなかった。むしろある方がおかしな話だ。
「近頃の様子は既に聞いているのですよね。我々も警戒を厳として体制を解く事はありませんでした」
「そうだよね、万が一何かあったら頭領さんに怒られちゃうだろうし……」
エリスの言葉にがっくりと肩を落とした。まぁまぁと彼を慰め、次は蔵の様子を確認しに向かう。
他の兵は慌ただしく走り回っており、すんなりと入り口に近づけた。
「無用心にもほどがあるだろ……」
せめて一人くらい配置しておけ、などと考えながら中を覗き込む。
「特に変わったところは無さそうだね……」
そう言って彼女がてくてくと入っていった。
「っておい、勝手に入ったらまずいだろ」
「あはは、キミも来ちゃった」
「うるせぇ。……しかし本当に普通の蔵だな」
さして広くない空間を見回す。そこかしこに厳重に封をされた箱やら何やらが山と積まれ、暗闇と相まって圧迫感が際立っている。
「特に荒らされた後とかも無いみたい……」
床に穴でも開けられていないか調べてみたが、どうやらその筋も見当違いのようだった。
「あの人たちがどうやって入ったかは、結局分かんなかったね……」
「ふうむ……でも奴らは捕獲したんだ。これで一安心だろ」
「害獣みたいに言わないであげよ。私達も、人のこと言えないようなものだし…………む」
彼女の言葉がそこで止まった。
「何かあったのか?……お」
声をかけてみるが返事はない。エリスは闇中の一点に向かって目を凝らしていた。不思議に思って、その目線を追ってみる。
一つだけ、封のされていない木箱が天井近くに積まれていた。
「アスタ、見えてる?」「一個だけ変なのがあるぞ。……大方、奴らが開けたのかも知れないな」
確認の意味も込めて、その箱に手を伸ばす。「ふむ……」
埃を被っている事はなく、つい最近運び込まれた物のようだ。その他にはなんの変哲も無いただの箱である。蓋を開けてみると、少量の白い包みが幾つか納められているだけだった。
隣でエリスが好奇の目を向けてくる。
「……ねぇ」
「開けないぞ」
「えぇーっ。けちんぼ」
「家宝とかだったらやばいだろ。部外者が関わるのはここまでにしておくぞ」
「あっ、誰か来たよ?」
「なにっ……しまった」
不覚にも、つられて背後を振り返った隙に箱を奪われてしまった。彼女が綺麗に包みを開封していく。ここまで来ると好奇心が勝り、俺も中身を確認した。
「何だこれ。花……だよな?」
かなり大きな花が現れた。水気を取られ潰された状態ではあるが、暗闇でも分かるほどに眩い白の花弁をつけている。何故こんなものが保管されているのだろうか……植物素人の俺には価値を推し量ることが出来ない。
薬師のエリスなら何か知っているのではないだろうか。
「なあ、お前はこれがどんな物か知ってるのか?」
「毒……」
「ど……?何だって?」
「おい、誰か居るのか!」
「うひゃぁ!な、何でもないですよ!?」
突然掛けられた衛士の声に尻が跳ね上がる。箱の蓋を閉め、部屋の隅に蹴り飛ばすまで約二秒程だ。これなら気づかれてはいないと願いたい。
「すまん、床に敵が侵入した穴でも空いてないかと……」
「私達も先程調べてみたのだが……残念ながらその類のものは見当たらなかったな。ひとまず賊を捕らえることには成功した。後はこちらに任せてもらう」
「ご苦労さまです。私達は報酬分働いただけですので!」
「うむ。依頼は完了として良いだろう……すぐに迎えを寄越す。協力感謝するぞ」
そう言い残し、彼はその場を去っていった。俺達も蔵から出る。賊の件についてはとりあえず一件落着だ。何か聞きそびれている事があるような気もするが……
気づくと空が白み始めており、同時に大きな欠伸が発生した。俺は翌日に控えている、もう一つの懸念事項について彼女に尋ねた。
「本当に俺達が出て良いものなのか?何回でも言うが、貴族の宴席に出た事なんかないぞ」
「だってあちらさまから招待されたんだよ?……思い出作りにもなるし」
「むう。そりゃそうだが……」
「安心しててね。保護者として、ちゃんとエスコートしてあげるから」
そう言って彼女は、いつものように柔らかく微笑んだ。
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