不都合な遺伝子

うたかた。

奇異な感性


この世界には既に自然と数多のものが存在し、そこから感動をとりだせるのに、なぜわざわざ人は芸術という形で自ら創作してそこに人間スケールの意味を持たせ、積極的にレールを引いて鑑賞者へ味合わせようとするのだろう。自然あるがままを鑑賞するだけで十分美しいではないか。


皆が価値を見出す数多の被造物は既に製作者の込めた陳腐な価値観で固められ、それ以上自由に想像の羽を広げることが出来ない限りある狭いものだ。


結局アートとは無から味わう感受性を持たない凡夫のための娯楽なのだ。


文明社会とは一体何なのだろう。ただ自然を人間という低次元な理性に合わせて矮小化した、ある生物の一つの痕跡にしか過ぎない。それを過剰なまでに賛美する周りの人間が、“それ”にとってはただただ理解不能で、しかし自分なんかよりはるかに沢山いる強大な存在だったから、恐ろしかった。


幼い頃は自分と周りが違っているなどと思いもしなかったため、“それ”は思ったままを口にしては、周囲の人間から迫害を受けた。


“それ”の言葉がなぜ他の人間にとって強く非難すべきものなのか、それは言語を通じて表現することが限りなく難しい、非文化的な、それでいて人間的な価値観から逸脱したものだった。



例えば“それ”にとって、冷え切った夜に窓の向こうから空気の圧を通して漂ってくる遠くの街の雑踏は、最も素朴で深淵なる演奏だった。


例えば“それ”にとって、通りの街路樹のうねりこそが、如何なる抽象画よりも精緻に描かれ、目を奪われるモニュメントだった。


例えば“それ”にとって、意図的な言葉によって紡ぎ出された意思疎通の間に生まれる空白こそが、最も素直にそこにいる人間の感情を吐露したメッセージに感じられた。


“それ”は次第にそう感じることが、周囲の人間と、そして彼らの誇る祖先がこれまで累々と築き上げてきた文明に対する冒とくと見なされ、攻撃の対象になることを知った。


そして感情に蓋をして、周りの人間に迫害されぬよう、彼らの望むところである存在を探り、道化を演じることで、この恐ろしい狭い世界を生き残ろうと試みた。





時が経ち、次第に忘れかけていたその原始的な認識が、自分だけのものではないことを知り、“それ”は同じ生きづらさを感じている仲間の存在を知って強い感動を覚えた。



その仲間らを人は、治さなければいけない“病気”矯正しなければならない“障害”であると忌み嫌い、ほっといてはくれなかった。


“それ”は共感し得るその感性が壊されないよう、どこかへ守り伝えたいと考えた。


どこかへ隠し、生き続けて欲しかった。


それだけだった。

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