第231話 捕虜移送

「ガイウス閣下、捕虜収容箱の貴族共が騒いでおります。」


「具体的には?」


「はい。主な要求はしっかりとした部屋で休ませろとのことです。あとは、部下の待遇改善を求める声が2、3ありました。」


「殺せばよかったな。」


「今、命を奪えば閣下のお立ち場と交渉に悪影響が出ます。ユリア卿が戻られるまでは・・・。」


「ああ、そうだな。さて、パーヴァリ卿からの報告は以上でよろしいな。アヌ上級指揮官、収容所の建設状況は?捕虜の貴族共を受け入れ可能か?」


 8月11日木曜日、ツルフナルフ砦の会議室で行われている定例会議に参加しているアヌさんが答える。


「はい、閣下。貴族用の収容施設の建設は7割終了しております。平民用は9割です。」


「それは、結構。希望者から入れて、階級及び爵位に応じた労働を課す。ドルー上級兵、嗜好品の方はどうだね?」


 ドルーさんが帳簿らしきモノを見ながら答える。


「充分です。捕虜を今日入れても足ります。というか早く処理しないと溢れます。」


「ハハハ。金の良い使い方だろう?」


「まあ、確かに。町は潤いましたな。ああ、お貴族様が求めるような高級品では無いので、苦情が来たときはぜひ拳を見舞う許可を戴きたいですな。」


「捕虜への一方的な暴行はマズイ。相手に一発殴られるか、そのフリをしてから思う存分、殴れ。死ななければ後始末は私がしよう。」


「理解のある上官に恵まれ、小官は幸せであります。」


 そう言って、ドルーさんは大袈裟に敬礼してみせる。それを見て室内の皆が笑い声を出す。しばらくして僕は手をパンッと軽く叩いて、みんなの注目を集める。


「さて、諸君。仕事にとりかかろう。捕虜の移送を早める。午前中に貴族の希望者を。午後には兵の希望者を。希望者が多い場合は爵位、階級の高い者からにするんだ。収容箱へ残った者への補填は食事と嗜好品を多めに出すように。ま、不満が出ないようにすればいい。質問は?無ければ仕事にとりかかりたまえ。」


 全員が敬礼をして会議室を退室する。最後にパーヴァリさんが静かに扉を閉める。僕はそれと同時に風魔法で防音壁を創り出し、後ろを振り向く。


「いやあ、ゴメンね。退屈だったよね?」


 僕の後ろ、今は目の前だけど、そこにはクリス達が騎士のように控えていた。


「お気になさらないで、ガイウス殿。わたくし達が同席したいと言ったのですから。」と微笑みながらクリス。


「まあ、上に立つ者とはそういうモノだ。」とフリードリヒさん。


 レナータさんは笑いながら背中をバシバシと叩いてくる。痛い。これ、僕じゃなかったら死んでいる強さだよ。その様子をアンネリーゼさんが目が笑っていない笑顔で見つめている。あぁ、レナータさんはこの後、折檻かあ・・・。


 僕はゴホンと咳払いを一つして、


「まあ、会議を聞いていてわかったと思いますが、これで此処も落ち着きます。捕虜の解放、賠償金といった和平交渉についてはニルレブで行います。断れば、ルーデル大佐率いるSG2に帝都を空爆してもらう計画です。目標は皇城、皇宮、各軍事施設ですね。」


「あら、先程の方々は知っておられるのですか?」クリスが小首を傾げながら尋ねる。可愛い。


「知らないよ。実行するまでは秘密にしておく。どこから帝国に漏れるかわからないからね。」


間諜スパイがいるとガイウス殿はお考えなのですか?」


「いや、そういうことじゃないよ。えっとさ。今の捕虜収容所建設では多くの人が関わっているよね。それこそ、軍人じゃ無い人も。彼らには守秘義務はないから、どこかでポロっと聞いた話しを帝国に売りつける可能性も低くは無いなあ、と思ってね。」


 クリスは納得したのか頷く。


「あたしと爺さん、婆さんの3人で焼き払ってもいいぞ。」


 レナータさんが口で弧を描きながら言う。


「ダメですよ。原初の龍がそんなことをしては。」


「ハハハ、冗談だよ。ジョーダン。」


 レナータさんの背後にいるフリードリヒさんとアンネリーゼさんの圧が一気に膨れ上がる。僕は3人とクリスの間に立ち、圧がクリスに届かないようにする。まだクリスにこの圧はきついだろうね。


 2人の圧をもろに受けたレナータさんは尻尾がだらりと力なく垂れている。それでも立っていられるのは、流石はレッドドラゴンだね。僕は2人の圧を上回る圧をかけて無言で場を制する。


「さて、お遊びもここまでにしましょう。」


 圧の掛け合いに気付いていないクリスは笑顔で頷き、ドラゴンの3人は少し青い顔をして頷く。障壁を解除して会議室を出て、砦の屋上へと上がる。途中で兵士さん達から敬礼されるので、軽い答礼を行う。


 屋上からは帝国領方面、つまりグチンメレ砦の前に【召喚】した収容箱は常人なら豆粒のような大きさにしか見えない。しかし、僕には見える。特に問題も起こっていないようだね。まあ、今から移送が始まるから順番で揉めるだろうなぁ。帝国兵同士が傷つくのはいいけど、領軍兵が巻き込まれるのは嫌だよねぇ。そのために、自衛のため軽い武力行使の許可は出したよ。ようは殺さなければいいんだよ。


 ちなみに、呂布隊と島津隊はグチンメレ砦の目の前に布陣していつでも攻城戦に移れるようにしているよ。そのために、ツルフナルフ砦駐留部隊から魔法使いを半数引き抜いて、配置してある。流石にレンジャー連隊は当日に引き揚げさせたけどね。


 ツルフナルフ砦の軍用門が開く重々しい音が響き始める。これから、捕虜移送のための部隊が進発することになっているんだ。指揮官は臨時にアヌ上級指揮官。収容所の建設現場は、彼女がいなくてもまわるようになっているからね。


「これより、捕虜移送作戦に移る。相手は武器を取り上げられたとはいえ、5体満足のつわものだ。各員、気を引き締めよ!!前進!!」


「「「「「オオ!!」」」」」


 アヌさんの指揮する声と率いる兵士さん達の雄叫びがここまで聞こえる。士気は充分。練度も領軍の中では頭一つ抜けているから大丈夫だろうね。僕とクリスは部隊が砦から出発するのを屋上から見学する。その様子を見ていたフリードリヒさんが言う。


「ガイウスよ。お主はあの、アヌとかいう女子おなごを、つがいに加えぬのかね?」


「へ?」


 わー、さっきまで笑顔だったクリスが表情をくして、真顔で眼を見開きながら僕を間近で見ている。お願いだから瞬きをして。ちょっと、怖いよ?


「あのー、フリードリヒさんは何か勘違いをされているようですけど、クリスを始め、ローザさん、エミーリアさん、ユリアさん、レナータさんを僕が成人を迎えたら妻にするというのは、全て彼女たちの方からですからね?僕は口説いたりはしていませんよ。」


「ほう、それはまた。ヒトも獣も強いモノにかれるというのは、逃れられぬさがなのかもしれんなあ。で、あの女子は惹かれぬのか?」


 蒸し返さないで!?クリスの目の光が心なしか消えているように見えるんだけど!?


「確かに、実力はあって、美人だからモテるだろうなあとは思いますけど、それだけですね。ああ、軍人としては好ましいですね。」


「お固い奴だのう。アイタっ!!」


「もう、若い子に何をしているんです。」


 フリードリヒさんのお喋りはアンネリーゼさんのゲンコツで終わりをむかえた。クリスもさっきの僕の言葉を聞いて安心したのかいつも通りにもどった。よかったあ。


 昼食を終えて15時過ぎに砦の中が騒がしくなってきた。何事かと思って兵士さんを適当につかまえて聞いてみると、移送部隊が戻ってきているのが視認できたらしい。勿論、捕虜を連れて。


 僕たちはまた屋上に上がり還ってくる部隊を観察する。ふむ、味方は特に負傷者はいないみたいだね。それで、捕虜はどうかなっと。んー、貴族っぽい人が顔面に青あざつくったりしているね。抵抗したか、文句でも言ったか。まあ、なんかしたんだろう。敗者という自覚が足りないね。一般兵やそれに混じっている貴族級の指揮官は特に問題なさそうだね。


 その後、捕虜を収容所に入れて今日の仕事はおしまい。明日からは本格的な捕虜の尋問が始まるね。

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