第198話 遭遇戦

『だんちゃーく、今!!』


 大きな青色の水柱が帝国艦隊の周囲に立つ。


『観測機1号機より、遠、遠、挟叉!!』


『砲術長、1番を2番の測距に合わせる。』


『了解。1番照準合わせ。・・・1番、2番、てぇー!!』


 無線機の向こうから“霧島”艦橋内の会話と鳴り響く轟音が聞こえてくる。ヘラクレイトスには500mまで上昇してもらい、僕は戦域を地図と照らし合わせる。帝国艦隊が風に流されて少し西寄りになりすぎているかも。西にはイルブレナック魔王国がある。アドロナ王国とは友好国だけど、アイソル帝国とはどうだったかな?


 もしかしたら、わざと風に流されているように見せかけているのかな。イルブレナック魔王国の領海に入られたら手が出せないからね。う~ん、冷静な指揮官みたいだね。おっ、“青葉”も主砲を撃ち始めた。“霧島”ほどではないけど迫力が凄いね。


 ん?敵艦隊が散開したみたいだ。1隻は西に、1隻はそのまま北に、そして最後の1隻は反転して突っ込んでくる。ダーニャ級中型帆船はオールも使えるからそれを使用しての反転、増速をしてきた。逃げる時間を稼ごうというのかな。


「『ジョージ、岩淵大佐には反転してきた船を、青葉は西に向かった船を、夕立と綾波は北に向かった船をそれぞれ沈めるか拿捕をするように命令を伝えて。ああ、それと、沈めた場合は必ず乗員の救助をするようにもね。』」


『了解しました。ガイウス卿。』


「『それじゃ、また、通信回線は開いたままでお願いね。』ヘラクレイトス、あの反転してこちらの艦隊に向かって来ている船の側を最高速度で通過して。マストに掲げられている家紋をしっかりと確認したいんだ。」


「承知した。一気に高度を下げて加速する。振り落とされんようにな。」


 ヘラクレイトスは言うやいなや45度に近い角度で降下を始める。【風魔法】で障壁を張っていなかったら吹き飛ばされていたかも。眼下では、“青葉”が砲撃しながら西に進路をとり、“夕立”と“綾波”が増速して、僕の命令を実行に移すところが確認できた。


「ガイウス、一気に引き起こすぞ!!」


「大丈夫!!」


 海面ギリギリでヘラクレイトスは羽ばたき、体を海と平行になるように引き起こす。その時にGがかかるけど、RF-4Cに乗せてもらった時よりかはGが小さく少し視界が暗くなる程度で済んだ。


「大丈夫か?」


「大丈夫、大丈夫。そのまま、あの船のマストの高さで通過して。」


「承知。」


『マーティン中尉、少し借りるぞ。ガイウス閣下、岩淵です。敵に近すぎます。砲撃が当たる可能性が。』


「『大丈夫だ。私の事は気にせずに砲撃を続けたまえ。身を護るすべはある。これは命令だ。』」


『・・・了解しました。ありがとう、マーティン中尉。』


 さて、気を引き締めていかないとね。ヘラクレイトスの周囲に僕の保持する魔力を最大限に使用して風の障壁を作り出す。そして、障壁を突破して砲弾とかの破片が飛んできた場合にそれを迎撃するための【火魔法】ファイアーバレットを360度に配置する。これで万全かな。


「ガイウス、あと十数秒で交差する。」


「わかった。」


 魔力を眼に集めて視力を強化する。近づいてくるダーニャ級。船名は後部に書かれていることが多いからわからないなぁ。でも、“霧島”の砲撃で結構ボロボロだ。船の舷側の構造物がえぐり取られているし、甲板上には赤黒いシミがいくつもある。それを確認している間にも“霧島”からは容赦なく砲弾が飛んでくる。“霧島”は取り舵をして右舷をさらしながら1~4番主砲塔の全砲門、8門で砲撃している。


 そんな中でも、僕とヘラクレイトスに対して、【魔法】と弓矢、弩砲による攻撃を仕掛けてくる士気の高さがある。僕の【風魔法】の障壁で防ぎ、【火魔法】ファイアーバレットで撃ち落とす。厄介だね。


 “霧島”が誤射を防ぐために零式通常弾や三式弾といった榴弾、榴散弾を使用せずに九一式徹甲弾のみの砲撃だから、木造船は簡単に抉られ貫通してしまい、信管が作動しても海中深くになってしまう。まぁ、本格的な海戦になったら零式通常弾も三式弾も解禁だけどね。


 そんなことを考えていると、もう少しでマストに掲げられた旗が見えるところまで来た。強化された視力で掲げられている旗を確認する。1つはアイソル帝国国旗、もう1つは・・・海軍旗じゃない!?家紋旗だ!!眼にその家紋を焼き付ける。その時に艦橋にいた艦隊指揮官らしき人物と目が合った。そして艦尾の船名を見る。“ファイーナ”と書いてあった。


「っ!?ヘラクレイトス!!上昇して!!1,000mまで!!」


「承知!!」


 ヘラクレイトスの力強い羽ばたきでグングンと高度が上がる。1,000mを少し超えたところで水平飛行にうつる。眼下ではさらにボロボロになった“ファイーナ”が所々に火災を起こし、浸水して左舷に傾斜しながらも依然として“霧島”に向かっている。


「あの指揮官らしい人、僕に向かって敬礼していた・・・。」


「ふむ、死力を尽くして戦っている相手には敬意を示すものであろう?我々、飛龍ワイバーンはそうだ。」


「僕たちも同じだよ。でも、あの人笑ってたんだよなぁ。」


「気になるのか?」


「うん、まぁね。」


 【異空間収納】から“アイソル帝国貴族大全”を取り出し、家紋旗と同じ家紋を探す。5分ぐらいしてようやく見つけた。“レオンチェフ”男爵家。この家だ。あの指揮官とは話しがしてみたい。攻撃の手を緩めるように“霧島”に通信しようとした時、“霧島”の放った砲弾が“ファイーナ”の船体中央部に吸い込まれていき、そのまま“ファイーナ”は真っ二つに折れた。


竜骨キールが折れたんだ・・・。『ジョージ、すぐに救助活動に移るように伝えて。救命具とかあれば、僕がヘラクレイトスで運ぶから、それの準備もお願い。』」


『了解です。ガイウス卿。岩淵大佐!!ガイウス卿が救助活動に移行するようにと下命されました。また、救命具などを第4砲塔後方に集めてください。ガイウス卿がヘラクレイトスでそれらを運ぶそうです。』


『ありがとう、マーティン中尉。航海長、これより本艦は救助活動に移行する。総員に下命。』


 これでいいかな。“ファイーナ”は折れた状態でゆっくりと沈み始めている。搭載している短艇で無事な物はなんとか上手く着水させられたようで、確認できるだけで2艘の短艇が救助活動を始めている。でも確か、ダーニャ級は100人~150人の乗員がいるはずだから全然足りない。


「ヘラクレイトス、急いで“霧島”に向かおう。命をかけて戦った相手だ。見捨てられない。」


「うむ、よく言った。では、少しばかりいつもより速く飛ぼう。」


 言うやいなや一気に加速する。これは、少しばかりをだいぶ超えているような気がする。風の障壁を張りながらそう思った。すぐに“霧島”後甲板、第4砲塔後方に着いた。沢山の救命具が用意されているけどどれがどれだかよくわからないな。どうしよう?すると下から声をかけられた。確か速水少尉だったかな。


「ガイウス閣下!!恐らくこれらの救命具の使用方法がわからないと思いますので、短艇カッターに乗員と救命具を乗せて運べないでしょうか!!」


 風音に負けない大きな声で助言してくれる。【風魔法】が使えない人はこういう時に不便だね。


短艇カッターは?」


「あちらにあります!!ついてきてください!!」


 短艇カッターの場所までついた。後はこれをヘラクレイトスが持てるかだけど、


「ヘラクレイトス。これに数人乗せて、さらにさっきの救命具も載るだけ載せても飛行できる?」


「うむ、少し持ってみよう。・・・ふむ、これなら大丈夫だ。」


「速水少尉、大丈夫なようだ。乗員は僕の仲間とそちらから数名にしよう。不慮の事態が起きてはまずい。」


「了解しました!!先程の場所へ集合させます!!」


「『ジョージ、シュタールヴィレの皆に第4砲塔後方に来るように伝えておいて。』ヘラクレイトス、短艇カッターをさっきの場所まで持っていこう。」


「うむ。」


 ヘラクレイトスの大きい手が短艇カッターの右舷と左舷のヘリを掴み、そのまま持ち上げて第4砲塔後方へと向かう。さっきの場所についたらヘラクレイトスに短艇カッターが横倒しにならないように支えてもらって、“霧島”の乗組員達と一緒に救命具の使い方を教わりながら載せていく。


「ガイウス閣下、短艇カッターの乗員を連れてまいりました。」


 速水少尉が敬礼をしながら紹介してくれる。


「ありがとう、少尉。それでは、行こうか。ヘラクレイトス、頼む。」


 一吼えしてヘラクレイトスが短艇カッターを抱えて飛び立つ。エドワーズ空軍基地で読んだ本には“保温無しでは3時間”と書いてあったから、急がないと溺死者が出ちゃう。“霧島”は艦体が大きいから停船までの制動距離が長いから速度を出して接近できないらしいけど、僕が【水魔法】で強制的に止めると言ったら、最大船速で向かってくれるそうだ。


 “ファイーナ”の沈没地点に到着して短艇カッターを降ろす。木片に掴まって生き残っている魔法使いが攻撃をしようと詠唱を始めたので、僕は【風魔法】を使い大声で、


「アドロナ王国ゲーニウス領領主ガイウス・ゲーニウス辺境伯である!!貴殿らの救助に参った!!先程の私の艦との戦いは見事であった。不撓不屈ふとうふくつの精神を見せてもらった!!指揮官はおられるか!?」


 そう言うと、“ファイーナ”搭載の短艇から声が上がる。


「全員、攻撃禁止だ!!ガイウス閣下、私が艦隊指揮官のイリダル・レオンチェフ男爵であります。救助の申し出を有り難く受けさせていただきます。」


 全身血だらけの男の人が足場の悪い短艇上で、名乗りながらしっかりと敬礼をしてくれるので、僕もヘラクレイトスの上から答礼を返す。ヘラクレイトスでローパスした時に目が合った人だ。


「イリダル卿、血が凄いことになっているが怪我をしているのかね?」


「いえ、この短艇に乗っている私の部下の血です。皆、怪我が酷く血が止まらんのです。」


「ふむ、わかった。クリスティアーネ達は救助を続行してくれ」


 クリス達は僕の言葉に反応して、すぐに救命具の使い方を説明しながら浮いている人たちに向かって投げる。負傷している人は短艇カッターに引き上げる。


 僕とヘラクレイトスはイリダルさんの乗る短艇に近づく。短艇の中は血の海だった。すぐに僕はヘラクレイトスから飛び降り、短艇の中で【ヒール】を使用して傷の深い人から治療をしていく。【エリアヒール】は隠し玉だから使わないよ。【ヒール】をかけながらイリダルさんに聞く。


「すまんな。イリダル卿。勝手にやらせてもらう。ところで、君の船に【ヒール】が使える者はいなかったのかね?」


「いえ、ガイウス閣下。部下の命を救っていただきありがとうございます。【ヒール】を使える者はいるのですが、もう1艘の短艇の方で治療をしております。」


「なるほどな。ところで、卿らは捕虜になるかね?それとも戦いの継続を望むかね?」


「降伏し、指揮下に入ります。他の2隻も逃げきれていないでしょうしね。彼らにも逃げ切れなければ白旗を掲げるように指示を出しています。国軍の面子めんつを保つために無駄死にはしたくないですし、させたくもありませんから。」


「賢明な判断だ。」


 そう言って、お互い血まみれの手で握手をする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る