第169話 相談事

 冒険者ギルドの併設食堂で海兵隊員達と分かれて行政庁舎のヘニッヒさんの執務室へと向かう。ノックをして「どうぞ。」と入室許可が出たので、扉を開け執務室内へ入る。相も変わらず文官さん達が書類の束を手に動きまわっている。


 ヘニッヒさんは部屋の奥でラウニさんの差し出す書類を次から次へと処理していた。そして、顔を上げて僕だと気付くと立ち上がり礼をする。ラウニさんに他の文官さん達もすぐに礼をする。気にせず仕事を続けるように言う。僕がヘニッヒさんの机に近づくと、


「閣下。お呼びしてくださればこちらから出向きましたのに。」


「いや、私の方がヘニッヒ卿に用事があったのでな。急ぎの仕事が無ければ少し話しをしたいのだが・・・。」


「ああ、ピーテル・オリフィエル殿の事でしょうか?」


「っ!?ああ、そうだが、何故知っているのかを聞いてもよいかな?」


「いえ、彼自身からこちらを訪ねてこられまして、それに応対した際に色々とお聞きしました。というわけで、ラウニ、小会議室を1つ押さえてくれ。私と閣下で少し厄介事の話をする。」


「かしこまりました。」


 そう言って、ラウニさんがすぐに執務室を出て行く。数分後には「ご準備ができました。」と呼びに来てくれた。


「それでは、閣下と私は席を外す。君達も適度に休憩をするといい。では、閣下、参りましょう。」


 ヘニッヒさんはそう言い、文官の人達に休憩するよう命じて僕と共に部屋を出た。


「上役がいると気を抜きにくいですからな。時々、こうするのですよ。」


 なんて笑って言っているけど、そういうさじ加減が僕にはまだわからないんだよなあ。人の上で仕事をするっていうのは難しいよ。やっぱり。そんなことを考えていると会議室にはすぐ着いた。大きいテーブルと座り心地の良さそうなイスがテーブルを挟んで対面する形で全部で10脚並んでいる。


「閣下、こちらへ。」


 そう言ってラウニさんが椅子を引いて座りやすいようにしてくれる。「ありがとうございます。」とお礼を言って腰掛ける。ヘニッヒさんは自分でさっさと着席していた。上位者の僕に気をつかってくれたんだろうな。


「お飲み物とお菓子をお持ちしますが、ご希望はございますか?」


「僕は、果実水で。」


「私も、果実水で。菓子はあそこの店の菓子があったはずだ。あれにしなさい。」


「かしこまりました。少々お待ちください。」


 そう言って、会議室からラウニさんが出て行く。


「どこのお菓子なのですか?」


「いえ、今、ニルレブで話題になっている店の菓子です。味は保証しますよ。」


「へー、お店の名前を伺っても?」


「ええ、“パティスリー・ガイウス”です。」


「僕と同じ名前ですね。驚きました。」


「そうでしょう。昨年できたばかりの店なのですが、元々の味の評判が良かったのですが、閣下がこちらの領主になられてからは、閣下と同じ名前の職人が営む店で縁起が良いとかなりの人気店になったのですよ。」


「はー、知らなかったです。もっと街の情報にも気を配らないといけないですね。」


「ゆっくりでいいのですよ。ゆっくりで。閣下が本格的に住み始めてからまだ2週間も経っていないのですから。」


「それで、良き領主にれるでしょうか・・・?」


「我々がおります。支えてみせますとも。」


「えっ、それは、どういう・・・。」


 と、ここでノックの音が響く。「ラウニです。」と扉の向こうで声がしたので、上位者の僕が「どうぞ。」と許可を出す。ラウニさんが果実水をカラフェで、お菓子はパイかな?ホールでワゴンに載せて持ってきてくれた。果実水をそれぞれのグラスに注いで、「“旬のびわのパイ”でございます。」とパイを切り分けて皿に盛りつけてくれた。


「まあ、まずは味わって見てください。なかなかのモノですよ。」


 ヘニッヒさんが勧めてくれる。


「ありがとうございます。ラウニさんも自分の分を取り分けてください。」


「しかし・・・。」


「ラウニ、ここは閣下のお言葉に甘えるべきだよ。」


「はっ。閣下、ありがとうございます。」


 ラウニさんも席に着いたのを確認して、パイを食べる。うん、美味しい。びわ自体の甘さが上手く引き立っている。パイ生地にもびわを練り込んでいるみたいで、口の中一杯にびわの風味が広がる。


「おいしいですね。人気店になるだけのことはありますね。」


 素直に感想を伝える。


「喜んでいただけたようで何よりです。では、本題といきましょうか。」


「ええ、そうですね。で、どうしましょうかね。領地が飛び地で2つに増えるなんて今まであったんでしょうか?」


「ふむ、私が知る限りではありませんね。それこそ、王領ぐらいでしょうか。近年では領地が拡大した者もいなかったはずです。」


「うー、また、色んな人から目を付けられる・・・。」


「ハハハ、大丈夫ですよ。閣下は人望がありますから。それに先ほども言ったと思いますが、我々がいます。」


「それです。そこが引っかかった所なのですが、ヘニッヒ卿達は内務省からの派遣要員ではありませんか。どういう意味なのですか?」


「ふむ、率直に申し上げますと、内務省を辞し、閣下に雇っていただきたいと我々は思っております。長年、この地にいますと、家庭を持つ者も出てきますし、私の家族もここを気に入っております。まあ、愛着が湧いたというところですね。」


「なるほど。国軍のほうではそのような話しをしていたのですが、文官の皆さんもそうだとは思いませんでした。なにせ、北方の辺境の地ですから。」


「まあ、王都から見たらそうかもしれませんが、住めば都と言いますか冬などは雪が降るので寒さは厳しいですが、一通りの店は揃っておりますし、国軍と衛兵隊のおかげで治安面の心配も少ないですから。それに、王都での出世競争にも疲れたのです。あのストレス下での生活はなかなかこたえます。」


「へー、大変なんですねえ。僕には想像できませんよ。」


「ああいうモノは良い経験にはなりますが、人のみにくい部分も見えてくるので、えんが無いことにこしたことはありません。さて、では話しを閣下の本題に戻しましょう。領地が2つに増えてもゲーニウス領の運営は我々を信頼してくだされば、その期待にお応えします。そして、オリフィエル領ですが、ピーテル殿が言われる通りに彼に任せても良いかもしれません。」


「よかった。僕もそう思っていましたので、否定されたらどうしようと思っていました。王命による呼び出しがあるでしょうが、陛下に謁見した際に進言もしようと思います。ご子息に当主を譲られ爵位の無くなったピーテル殿ですが、準男爵ぐらいはたまわることができるのではないかなと思っています。」


意地悪いじわるな言い方になりますが、まあ、そこは閣下の交渉能力次第といったところでしょうか。良い結果を楽しみにしています。」


「うぅ、努力します。ピーテル殿にも引き受けるむねを伝えます。」


「ハハハ、閣下は英雄なのですから大丈夫ですよ。さあ、パイを食べて業務に戻りましょう。」

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