第128話 イオアン・ナボコフ辺境伯

 パーヴァリさんやアルヴィさんの勧めで国境近くの町“ニナレ”に宿をとった。国境が近いからもっとピリピリとした雰囲気かと思っていたけど、そうでもなかったよ。まあ、ずっと気を張り詰めていても仕方ないし、なにより国境には国軍が駐留するツルフナルフ砦があるからね、それも影響としてあるんだろう。


 明けて5月3日の朝、宿の食堂で朝食を摂り終わり、食後のお茶を楽しんでいると、砦の守備兵さんがやってきた。何だろうと思っていると、僕の目の前でひざまずき報告した。


「ガイウス閣下に帝国のイオアン・ナボコフ辺境伯閣下より書状が今朝方、帝国の使者が持って参りました。どうぞお受け取り下さい。」


「うむ、ご苦労。これで、のどを潤してから戻るとよい。」


「はっ、ありがとうございます。」


 銅貨を50枚ほどまとめて渡す。駄賃としてはかなりいいはずだ。さて、返事の内容はどんな感じがかなあ。ふむふむ、


“アルセーニーさん達には特に罰は与えずに今まで通りの勤務体制を維持させる。賠償金を支払うので国境線を今のままで維持してほしい。ついては賠償金について話し合いたいので、こちらまで出向いて欲しい。”


 と、なるほどね。僕はそれをみんなに見せる。アルセーニーさんに処罰が無かったのは【遠隔監視】で知っていたけど、賠償金云々うんぬんまでは確認していなかったよ。クリス達はフーンと言った感じで、アルヴィさん達は顔をしかめているね。


「アルヴィ卿たちは、内容に不満があるようだな。言ってみたまえ。」


「はっ、閣下。この内容は帝国にとって都合の良いものでしかありません。国境砦を破壊したのは閣下のお力のたまものです。それを、賠償金で元の形に収めるだけでなく、閣下を呼び出し話し合いをするなど、言語道断です。通常ならば、敗戦の将であるイオアン辺境伯閣下がこちらに参るべきです。」


 他の3人の護衛騎士も“うんうん”と頷いている。まあ、普通に考えればそうなんだろうけどね。


「アルヴィ卿の言うことは最もである。しかしながら、今回は、私の完全な宣戦布告なしの奇襲で砦を破壊したのだから、少しでも誠意を見せるべきであろう。卑怯者のそしりを受けたくないのでな。こちらからおもむこうではないか。護衛はユリア卿に任せる。イオアン殿の屋敷まで飛んでいき、度肝を抜いてやろうではないか。」


 笑いながらそう言うと、アルヴィさんは肩をすくめて言う。


「お止めしても行くのでしょうね。わかりました。閣下がそうおっしゃられるのであれば、我々はお止めしません。」


「悪いな。もし万が一があったとしてもクリスティアーネ嬢たちが証人だ。君たちが罰せられることは無いだろうさ。さ、ユリア卿、準備をしようか。」


「はい、ガイウス閣下。」


 そして、ちゃちゃっと準備をすませ、全員でツルフクナル砦へと向かう。僕とユリアさんが貴族としての軍服寄りの正装をしている以外はいつも通りだ。砦でもパーヴァリさんから難色を示されたけど、決めちゃったことだから見逃してね。


 屋上に出て、純白の翼を生やし大きく広げ、ユリアさんをお姫様抱っこする。見送りに来てくれたみんなに「夕方までには戻る。」と告げ、帝国側の関所まで飛んでいく。帝国の関所から1km王国側には、ツルフクナル砦守備隊から抽出した部隊が簡易陣地を造り上げていた。僕が、上空を通る時にはみんなが手を振ってくれた。僕はそれに答えるように3回旋回を繰り返し、帝国関所へと向かう。そして数分もかからずに着いた。


 帝国の守備兵さんが槍を向けてくるけど、すぐにアルセーニーさんがやって来て、槍を収めさせた。アルセーニーさんはひざまずき、


「お早いご到着でございますね。閣下」


「厄介な話しは早く片を付けるに限る。そうであろう?」


「まことに。閣下の書状のおかげで我ら全員、処罰を受けずにこうして5体満足で職務につくことができております。お情けをかけてくださり、ありがとうございました。」


「ふむ、それはよかった。さて、早速だがイオアン殿の所へ行きたいのだが、関所を通してもらえるかね。」


 そう言うと、奥の方から、


「その必要はございませんぞ。ガイウス殿。」


 と言いながら、まさに武人というような風貌の男性が現れた。彼は【鑑定】するまでもない。


「お初にお目にかかる。私はガイウス・ゲーニウス辺境伯であります。イオアン殿。こちらは、護衛の騎士ユリア・レマーであります。」


「ご丁寧なご挨拶いたみいる。私はイオアン・ナボコフ辺境伯。昨日さくじつは、部下の命を奪わずにしてくれたことを感謝いたす。」


「なに、着任の挨拶として少し私の力をお見せしておこうと思いまして。」


「ほう、あれほどの瓦礫の山を作り上げた攻撃が、お力の一端とは・・・。恐ろしいですな。」


「戦争にならなければ恐れる必要はありますまい。」


「まことに。さっ、立ち話もなんですので、私の天幕までお越しください。そこで、」


「書状の内容を煮詰めるのですね。わかりました。ユリア卿も一緒で構いませんか。」


「ええ、どうぞ。」


 そうして、僕とユリアさんはイオアンさんに案内される形で、彼の天幕へと入った。中は簡易執務室の様相を呈しており、応接用の家具などもあった。護衛は外に10人。中には2人。それと、秘書官らしき人とメイドさん。ここまで即応力があるとは思っていなかったから、正直、驚いた。勿論、顔には出さないけど。


「お2人ともおかけください。」


 イオアンさんがソファに座ることをすすめる。僕とユリアさんが着席してから、イオアンさんも着席する。メイドさんが紅茶を淹れ、応接机の上に置いていく。それが終わると、イオアンさんが口を開く。


「それでは、会談といきましょう。」

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