第96話 ローザさんとエミーリアさん

 24日の火曜日になりました。昨日はアルムガルト辺境伯邸において、僕の失言から、あわや大惨事になるところをクリスのおかげで乗り切り、クリスとの関係も認めてもらえたよ。今日は、ローザさんとエミーリアさんのご家族に挨拶に行きたいね。


 ちなみに、昨晩、ユリアさんに「ご家族に挨拶したい。」と言ったら、


「あの人たち、今どこに居るんでしょうねえ。エルフは長命種なので、20年ぐらいで住む所を変えていく者が多いんですよ。私の家族もそうなので、アイサール大陸のどこかにいるとは思いますよ。探します?」


 との事だったので、機会があれば挨拶をするということにした。使徒のお願いということで、教会の力を借りればすぐにでも、見つかるだろうけど、あまり、教会に借りは作りたくないよね。嫌ってわけじゃないけど、権力闘争に巻き込まれそうで。


 ユリアさんは、現在、“シュタールヴィレ”に在籍してもらっている。まあ、念のために。ユリアさん自身もパーティに入っていた方が、冒険者に復帰したと知られづらくていいって言っていたからね。


 それで、ローザさんとエミーリアさんのご家族ってことになったんだけど、これまた、僕の考え無しの発言を悔いることになってしまった。


「私とエミーリアは幼馴染で、旧ナーノモン領のヌローホ村の出身なんだけど、もう村そのものが無いのよねー。黒魔の森のスタンピードでやられちゃって、大人はみんな子供を逃がすために死んじゃったの。だから、私とエミーリアは孤児ってわけ。一応、ゲーニウス領のオツスローフの町の孤児院が実家みたいなものね。最近は戻ってないけど。」


 うーむ、しまった。あまり、そう簡単に聞いていいものじゃなかった。僕のその気持ちが表情に出ていたのか、ローザさんは笑って、


「でもね、助けてくれた方がとても良い方だったのよ。確かジギスムント・クンツ男爵様という貴族様だったわ。ね、エミーリア。」


「そう、その男爵様がスタンピードの鎮圧部隊を率いていて、私たち、ヌローホ村の生き残った子供を保護してくれた。孤児院に入ったあとも何かと世話を焼いてくれた。あれは、7年前だから、ガイウスと同じ12歳の時の事だった。15歳になって孤児院を出るまで、ずっと援助をしてくれていたから、もしかすると、まだ、ゲーニウス領にいるかもしれない。国軍の部隊長さんだったから。」


 ふむ、それなら、オツスローフの教会に行ってから、ジギスムント・クンツ男爵にも会った方がいいかもね。さて、ここから、ゲーニウス領まで行くとなると、馬でも往復1週間近くかかってしまう。なので、【空間転移】を使うことにしよう。フォルトゥナ様の使徒になったわけだから、騒がれても大丈夫なはず。


 ということで、今日の方針を朝食時にみんなに伝えて、了承を得る。【空間転移】の話しをしたら、「おとぎ話じゃないんだから。」と笑われてしまったけれど。朝食を終え、準備を整え、いつものごとくギルドにてアントンさんに話しをする。「もちろん、ついて行く。」という返答だったので、みんなで行きますよ。ちなみに、アントンさんも話を聞いていたエレさんも【空間転移】を信じてくれなかった。


 門を出て、しばらく歩いていると、みんなは本当に【空間転移】をするのではと思い始めたようで、ざわざわしだした。適当に町から離れたところで、黒魔の森に入り、“シュタールヴィレ”のみんなが固まれる空間を見つけた。


「それじゃあ、いきますよ。“オツスローフの町の近く”まで【空間転移】」

 一瞬で風景が変わり、僕たちは平原にポツンと立っていた。少し遠くに(2~3kmかな。)石造りの壁が見える。魔法陣が出てくるとか、光に包まれるとか一切無かった。ホントにいきなり、風景が変わった。


「成功しましたかね?どうですか、ローザさんとエミーリアさん。この風景に見覚えはありませんか?」


 しばらく、辺りを見回すと、2人とも顔を合わせて頷いて、ローザさんが言った。


「間違いなく、オツスローフの町の近くよ。街道からは外れているけど。あれがオツスローフの町の防護壁よ。本当に一瞬で来られるなんて嘘みたい・・・。」


 すると、他のメンバーからも驚きの声があがった。落ち着くまで数分かかったけど、【空間転移】を発動した僕自身が、かなり驚いているからね。仕方ないね。しかし、凄い能力だ。これなら、本当にどんなところでも行き放題だ。


 まだ、落ち着かないみんなの気持ちを【エリアヒール】で落ち着かせる。「【ヒール】で気持ちを落ち着かせるなんて・・・。」とかユリアさんやアントンさんが言っていたけど、気にしない。今は、オツスローフの町の孤児院に向かうのが優先事項だ。


「それでは、みなさん、行きますよ。ここからは、歩きです。」


 とは言っても、町の防護壁は見えているから、15分も歩けばつくだろう。みんなと雑談しながら歩いて行く。ローザさんとエミーリアさんは久しぶりの帰郷にワクワクしているようだ。足取りが軽い。オツスローフの町の孤児院は良いところだったのかもね。


 壁門の列に並ぶ。朝と昼の間の時間だからか、人も少なくすぐに自分たちの番になった。僕とクリス、ユリアさんは貴族証と冒険者証を、ローザさんとエミーリアさん、アントンさんは冒険者証をそれぞれ見せた。僕の貴族証を確認した衛兵さんは、


「みなさまは、本日は冒険者としてのご来訪でしょうか?」


 と尋ねてきたので、「仲間が出身の孤児院に用があってきた。」と伝えると、その衛兵さんは別の衛兵さんに耳打ちして、耳打ちされた衛兵さんはどこかへ走って行った。【気配察知】で後を追ってもよかったけど、悪いようにはならないだろう。ローザさん達も検査が終わり、みんなしてオツスローフの町に入った。うん、悪くはないね。道は清潔だし、人々の表情も明るい。良い町だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る