第58話熱に侵される2(朱明視点)
「く……………」
危うく笑うところだった。
しつこく絡んでくる者達に、葵がまさかの頭突きを繰り出したのだ。小さい身体の割には石頭だったらしく、相手が鼻血を噴いた。
だが、ふらりと葵もよろめく。
手を差し出しかけて、人間の男……………星比古が直ぐに抱き止めたのを見て踏み止まる。
親切にする義理はない、
それに葵は能力が無くても弱くはない。強いわけではないが、やられっぱなしでもないと分かった。
俺は「助けろ」と命じられてもいないのだ。
だが、この苛立ちは何だ!
星比古の腕の中にいる葵から急いで目を離した。ざわざわと胸が波打つようで落ち着かない。
葵が誰かといる、まして他の男に触れられているのを見ただけで、こんなザマとは情けない。
「クソ」
このまま二人を見ていたら、男の方を殺しかねない。そして葵に阻止されて罰を受けるところまで想像できた俺は人の世から離れて冷静になろうと思った。
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「朱明、この切羽詰まった状況で人の世に遊びに行ってる?」
顔は笑っているが、これは怒っているらしい。翆珀がジリジリと詰め寄ってくるので頭をはたいておく。
「うぎゃ」
「誰が好きで行くものか」
「んん?ではどうして行ってるのかな?」
「俺は機嫌が悪い」
「いや待って、俺が怒ってんだけど」
奴が両手を前にして後退していく。
こいつに知られた日には抹殺するしかないだろう。
「だんまり?何なの?」
どうやって楽に殺すかを考えていたら、翆珀が懲りずに問い質すが生き急ぐものだ。そんなことを思っていたら急に胸騒ぎがしてきた。
酷く落ち着かない心持ちは、契約術が主の危機を従魔に知らせているのだと察した。
「葵!?」
「へ?え、待てよって、何なの、ちょっ、あおいって」
煩いのを放って再び人の世に戻った時には、葵は既に魔に取り憑かれて苦しんでいた。
俺をもっと早く呼べば、こんなことにはならなかった。なぜ頼らない。
矛盾していると分かっていたが思わずにはいられなかった。
「……………そこに、いるんだろう。出てこい、朱明」
熱に浮かされても尚、葵は不遜な態度を崩さない。当たり前のように呼ばれた時、内心これで助けてやれると思った。
「やっと呼んだか。葵、今日はついてない日だったようだな」
赤くなった額を指差すと、安心したように葵は笑った。
「ずっと、覗いていた癖に。僕のことが、気になるのだろう」
俺が見ていたことを知っていて知らないふりをしていたというのか。
「っ、減らない口だ」
自らの胸の内を見透かされているようで舌打ちをすれば、笑っていた葵は直ぐに息を切らして横を向いた。
「苦しそうだな」
「まあ、ね。嬉しいか?」
嬉しいだと?なぜこの娘は自分を試すようなことを言うのか。だがいちいち言葉に乗せられている場合ではない。
「………………取引をしたい」
「僕もだ」
意外なことに、葵は承諾の意を見せた。
グイッと肩を外側に押して仰向けにして顎を掴むと、熱で潤んだ瞳がようやく焦点を合わせた。
「このまま体内にいる魔に意識を乗っ取られたら、おまえは我々の脅威にしかならない」
「ああ………………そうだね」
「念のために聞くが、おまえは全ての魔を従わすこともできるのか?」
「多分、魔だけじゃなく……………人間も可能、かな」
こんなことを聞くのは理由が必要だからだ。葵が俺に自分自身を助けさせる口実。
「…………………このまま、葵が違うものになるのは見過ごせない」
「僕の従魔である君は、そう、だろうね」
さあ、俺に助けを求めろ。
「契約術を解くなら助けてやってもいい……………葵?おい!」
目を閉じかける彼女にゾッとして急いで肩を揺さぶる。どうして俺に命じない?
「早く術を解け!そうすればおまえの中の」
「い、いよ。僕を殺しても」
「な、なに?」
「従魔は…………主が命じれば、主を殺せる。そうすれば、術は解けるだろう?それとも術を解いてから、僕を殺しても構わない」
何を考えているんだ?
「けれど、代わりに、水羽を救ってくれ、ないか。あの子をもどせない、なら、せめて楽に」
「…………………おまえ、死にたいのか」
「僕の命、よりも、水羽が大事だ」
俺の襟首を掴んで引き寄せる葵のどこにそんな力があったのか。見据える瞳には強い意思が光り、俺はしばし言葉を失った。
「僕を、殺させてあげるから、水羽を頼む」
そんなにあの魔が大事なのか?
「頼むだと…………いつものように命じたらいいだろ」
「命令、したいんじゃない。これは僕の、最後の願いだ」
水羽が話していた『優しい』とは、こういうことか。自分の命が他者よりも軽いと思っているのか。
「僕を殺すなら、君がいい。従魔は、君以外いらない」
「……………好きにしていいんだな」
そういうことなら好きにさせてもらう。願いだと言うなら叶えてやってもいい。ただし、葵の『優しさ』は聞いてやるものか。
「…………んうっ!?」
葵の熱い息を飲み下すようにして、唇を食んだ。
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