第393話
風魔法が併用されていたにしても凄まじい威力だった。
フェルは鋭い眼光に変わって、砕かれた駐屯地の北門周辺を見詰めている。
しかしその目は冷静に状況を分析もしている。
「派手だけど門から先への影響はほとんど無かった、よね…?」
「そこも風魔法で制御してたみたいだ…。それより、ここで停まってるのはまずい。走るぞ」
襲撃の始まりを知ってすぐに俺達が向かっていたのは、駐屯地の北に広がる森の中から現れた弓部隊の布陣の東。側面からこの襲撃の顛末を観察しようと考えていた。
その方針に変更は無いが、当初のイメージよりもう少し距離を置く為に俺は真北から東寄りに若干の方向修正をしながら全速で走った。
しかし森林の始まりが目前になった時、俺の脳内に探査スキルからの警報が響く。そしてほぼ同時にモルヴィからも警告の鳴き声が発せられた。
ミュミュー!
俺はそんなモルヴィにすかさず応答。
「モルヴィ! 全力でフェルを守れ!」
迎撃するしか無いと判断し再び足を停めて俺は両手に剣。レヴァンテも剣を抜き、フェルも両手に剣。そしてモルヴィがヴォルメイスの盾を魔改造したフローティングシールドを頭上に展開した直後。
シュシュシュッ、シュシュシュシュ…
と、矢が俺達に降り注いだ。
この大量の矢は様々な角度から俺達に向かっている。
大半をモルヴィが防ぎ、それから漏れた物を俺とレヴァンテの剣が弾き返す。
間髪を入れずに続けて押し寄せた第二波の矢を凌いだ僅かな隙に、俺は対抗措置を取ることを決心する。
「今のうちに二人は森の中へ。俺はちょっとひと当てして黙らせてくるよ」
「了解、気を付けて」
「了解です」
これだけ派手に撃たれたら、どこから矢を射っているかはとっくに把握済み。
助走を付けるように縮地でその方角へ一旦飛んでから俺は空間転移を行使した。
俺が転移したのは弓部隊の真上100メートルほどの高さの空中。
転移完了と同時に重力魔法で空中に留まるよう制御し、地上を見下ろして状況の詳細な把握を開始するとすぐにいろいろと判ってきた。
隠蔽は領域隠蔽なのだろうとは思っていた。
弓部隊の50名は、その領域から出て駐屯地が射程内となる位置まで前進してきていたのだということも理解する。
おそらくは、この隠蔽領域の中に攻撃の本隊となる部隊がまだ隠れているだろう。
俺は隠蔽の中心の上空に移動しながら、小ぶりだが効果抜群のはずの爆弾を収納から三つ取り出す。
「たくさんの矢でもてなしてくれた礼だ。じっくり味わってくれ」
そう呟いた俺は、ポトリポトリと二つを下に落として、残るもう一つは弓部隊の方に向けて投げた。
月も星明りもない闇夜の下。
音もなく地上近くに突然生じた三つの太陽が一帯を自然の陽光の何倍もの明るさで照らすと、俺の眼下に在った隠蔽領域は消失して、そこに隠れていた武装した集団を明るい光の中に晒した。
唐突に意味不明の光を浴びても静かに呆気にとられていただけだった彼らは、一瞬の後にはパニックに陥った。
どんな攻撃なのか、どこからの攻撃なのか。そして誰からの攻撃なのか。すぐに次の攻撃が飛んで来るのではないか。ハッキリとしたことは一切解らないが故の危機感と恐怖と驚き。攻めるのは自分達だったはずなのに、あっという間に逆に自分達の方が喉元に剣を突き付けられていると思い知らされたからこその焦燥。
そんな怒声や叫び声が口々に発せられて騒然とした中、指揮官らしき者の声が統制を図ろうと声高に指示の声を発しているが、ままならない。
「一か所に固まるな! 散開した方がいい!」
「撤退しよう!」
「撤退だ!」
彼らの内の誰が最初に撤退と言ったのかは分からない。だが、その言葉は魅力的に聞こえたのだろう。そんなに大きな声ではなかったのに、言葉は彼ら自身によって繰り返されて伝播すると、瞬く間に大きなうねりのような統一された意思に変わっていった。
俺が投げたのは全て光爆弾。殺傷能力は無いに等しい。
意図した狙いは目眩しと隠蔽魔法を解除してしまうことで、ここまで彼らがパニック状態になってしまっているのは想定外なんだが、今更な話。
ここエルフ軍の駐屯地への攻撃、夜襲を始めた彼らもまたエルフだった。
エルフ同士の内輪揉めにしては大掛かりだなと。俺の中にそんな疑問も湧いてきているが、これ以上関わるつもりはない。異常に思えた駐屯地の厳戒態勢の理由はこういうことだったのだと納得し、俺は既に森の中に隠れてしまっているフェル達の元に戻ることと今後の方針について考え始めた。
しかし次の瞬間には俺はその考えを中断する羽目になる。
空中に留まったままで剣を抜き一閃。
直前に探査で捉えたのは、音も無く飛来し確実に俺を三方向から射抜こうとしている矢だった。
刹那の間に二度振られた女神の剣で矢の二つを打ち払い、空いていた左手で残るもう一つを掴み捕っていた俺は、すぐにその矢を鑑定でも確認する。
そうしながら俺は空間転移。
今の矢を放った射手の近くに降り立ってすぐ、縮地でその男の背後に迫った。
探査でこの男から感じているのは敵意とそれを大きく上回る俺に対する興味だ。
後ろから男の右手を背中の方にひねり上げ掴み捕っていた矢を男の首筋に軽く押し当てて、俺はこの男だけに聞こえる程度の小声で囁く。
「動くな。おかしな真似をしたら、お前が俺に撃ってきた矢がここに突き刺さるぞ。麻痺毒が塗られてることは判ってるんだ」
ピクッと身体を強張らせる様子を見せたその男は、最早抵抗は叶わないと悟ったように深い溜息を吐いた。
「やっぱりこうなったか…。俺なんかの手に負える相手じゃないと思ってた」
そう言うと、左手に持っていた弓をゆっくりと地面に落とした。
「独り逃げずに残っただけは有る。さっきの矢の連撃もいい腕だった…。さて、お前は誤解しているようだが、俺達はお前らエルフ同士の争いの邪魔をする気はない。こちらを攻撃してこないのなら俺達はまた傍観者に戻るつもりだ。お前らは気にせず最初の予定通りにあそこの駐屯地を攻めればいい」
そこまで言ってから、俺は男の手を放して解放する。
結構強めに握られていた右手の状態を確かめるように、男は自分の右手首をさすりながらゆっくりと振り向いた。
「うーん…、それはありがたい話だけど、もう今日は襲撃は無理じゃないかな。皆ビビって逃げてしまってるし。計画は最初から全部仕切り直しだ」
「そうか。じゃあ、また日を改めて頑張ってくれ」
と、俺がそう答えると男はプッと吹き出すように笑った。
俺が背後を取った頃から、この男に在った敵意が綺麗に無くなっていることに俺は気が付いている。諦めと共に、当初からの俺に対する興味の感情が膨れ上がっているだけだった。そんな様子に加えて、俺がこの男と話をしてみようと思ったのは鑑定で見えている名前のせいだ。
笑顔のまま男は自ら名乗った。
「俺の名はジェス・ベラスタル。正しくはジェルースという名前だが、ジェスと名乗ることにしている。で、良ければお前の名を教えて貰えるか?」
鑑定で見えているこいつの名前にはミドルネームもある。しかし俺は当然そのことは知らない振りをする。
「そうだな…。ジェス、誰にも漏らさずお前の胸の内だけに留めてくれるなら俺の名を教えよう」
「ああ、約束する。誰にも言わないよ」
◇◇◇
俺が自分の名前をジェス・ベラスタルに教えたタイミングで、やっとと言うか今更のように駐屯地の方の動きが活発になったことを俺は感じ始めた。
粉砕された門の所に集まった兵達が隊列を組んで外に出て来ようとしている。
振り返るようにしてその門の方を一瞥した俺は、同じようにジェスもそっちを注視していることに気が付いた。
ふむ…。やっぱりこいつも探査スキル持ちなんだろうな。
と、俺がそんな風に思っていることを敏感に感じ取ったか。ジェスは苦笑いを見せて俺に言う。
「シュン、場所を変えて話さないか? 奴らここにもやってくるだろうから、その前に移動しよう」
こいつにもう少し聞きたいこともある俺に異存は無い。
「そうしようか…。よし、ついて来い」
そう言って俺は、フェル達が待っている所に向かってジェスを先導するように走り始めた…。
ジェス・ベラスタル…。現代ではエリーゼが所持しているベラスタルの弓という名の聖弓の最初の使い手が彼なのだと思う。
あの聖弓が造られたのはユグドラシル消失の頃だと俺は考えていた。どういう経緯で聖弓を入手するのかなど興味は尽きないが、それはこの時代のジェスにとっては未来の出来事だ。軽々しく聖弓のことを話す訳にはいかない。
それより何より、魔王がスクロールの転移先をこんなエルフの勢力圏内に設定していた理由が俺には分かってきたような気がしている。
リンシアの願いに応えること以外の何か。
ジェス・ベラスタルに関する何かも、魔王は俺達に為して欲しいのだと。そんなことを俺は妙に確信めいたこととして感じている。
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