第384話 ダークエルフの隠れ里

 フレイヤさんから電話がかかってきたのは、夜もかなり更けてからのことだった。


「皆、遅くなってごめんなさいね。少し前までフェルちゃんとレヴァンテと三人で学院の図書館でいろいろ調べてたものだから…」

「あ、いえ…。すみません、夜遅くまで」

 俺がそう応えるとすぐに、フェルの元気な声がかぶってきた。

「シュン、レアアイテムがたくさん出てるんでしょ? 私もダンジョン調査に参加したいよ~」

 ミュミュー…

 学校があるんだからダメ。と、すかさずモルヴィが突っ込んでいるように聴こえて、こちらの四人とも笑顔になる。


「フェル、シュンさんとフレイヤさんの話の邪魔をしては駄目ですよ」

 これはフェルを窘めるレヴァンテの声。


「……それでね、シュン君。残念な話から先に言うと、オプタティオールという銘を持つ剣について書かれている物は何も見つけられなかったの。レヴァンテも聞いたことが無いらしいから、今のところ剣に関しての情報は無いわ」

「そうですか…。オプタティオールについては、俺、今日もずっと検証していて。少しだけ見えてきた部分があります。それは後で説明しますね」


「そう…。じゃあ、こっちの話を先にしてしまうわね。まずはイシャルディーナという街についてよ。その名前そのものはなかったんだけど、古い地名が載った書を見ていてシャルディーナ地方という所が在ったの。決め手としては薄いとは思うけれど、太古の時代にエルフとヒューマンが争ったという史実もその地方には在るみたい」


 ほう…。それは手掛かりと言ってもいいかもしれないなと俺は思った。


 もっとも、エルフと魔族の大戦の前にはエルフとヒューマンも結構あちこちで小競り合いはしていたようなので、そういう史実は数多く存在する。

 ただ、エルフとヒューマンの勢力圏が近くて、地名が似ているというのはイイ線行ってるかもしれないなと思ったのだ。


 俺が興味を持ったことを察したか、フレイヤさんはにこやかな口調で話を続けた。

「……ちなみに、そのシャルディーナ地方というのは現在のイゼルア帝国内よ」


 帝国内だと聞いて意外そうな顔に変わったニーナが、続きを催促するようにフレイヤさんに尋ねる。

「フレイヤ、それってどの辺りなの?」

 公爵家の姫として受けた教育の成果だと思うが、ニーナはアリステリア王国と周辺国の地理と歴史にはやたらと詳しい。最近は関わりが深くなった帝国について特に熱心に勉強を続けていて、このジャンルの博識さは俺達の中では断トツである。


「文献に書かれていることから考えると、現在の帝都の南西。少なくとも南西に500キロぐらいは進んだ辺りだと思うわ…」

 フレイヤさんがそこまで言ったところで、俺は収納から地図を引っ張り出す。


 俺が広げた地図を覗き込んだニーナが、

「遠いわね…」

 と、そう言って眉をひそめ難しい顔をした…。



 ところで、今回のダンジョンの封印が自然解消せず長引いた場合、俺達の選択肢は大まかに言えば二つだ。


 一つは、力業で強引に打ち破ってしまうこと。

 これは手っ取り早くはあるものの、その後にダンジョンがどんな反応を示すかは全くの未知数。大袈裟かもしれないが最悪はダンジョンの崩壊とそれに伴う魔法災害である。


 もう一つは現状の要因となったことを突き止めて、応じた対処を行うというもの。

 封印が張られる条件となったトリガーがあるなら、それが解除されるトリガーも存在するだろうという考えになる。

 これは、膨大な情報の渦に俺達を巻き込んで知らしめたリンシアの記憶の断片と無関係とは思えない。わざわざ俺達に見せたのには何らかの意図があるはずだ。

 そして明らかにキーアイテムとして俺達の手元に在るオプタティオール。

 この銘が示しているのは、おそらくは『リンシアの願い』。

 それは未練を断ち切ったり恨みを晴らすことなのか…。

 俺の勘はどちらでもないと言っている。


 記憶の中で知ったイシャルディーナという街に手掛かりがあるのなら、今では廃墟と化している可能性が高くてもそこに行ってみることも考えていた。しかし、帝国のそんな所だとなるとあまりにもここから離れすぎている。ニーナが難しい顔になってしまったのはそういう理由からだった。



 なんだか思わず溜息を尽きそうになった俺は、それを我慢してレヴァンテに向けて言った。

「レヴァンテ、お願いばかりで悪いんだけど。ビフレスタに居るステラに帝国のその地方について何か知らないかラピスティを通して訊いてみてくれないか?」

「そうですね。畏まりました」


 取り敢えずは、俺のその言葉で街の話はここまでとひと区切りつける格好になり、フレイヤさんが話題を変えた。

「あと、こちらからの話で残っているのは、リンシアというハーフエルフのことね。その女性についてもレヴァンテは知らないみたいなんだけど、少し気になることがあるらしいわ…」


 待つ間もなくレヴァンテが語り始める。

「シュンさん達が見たという記憶の断片の最後で、リンシアが空間転移でダークエルフらしき人々が暮らす里に飛んだという件についてです」


「うん…、続けてくれ」

 と、レヴァンテに先を促しながら俺は、あの情報の奔流の中から読み取ったリンシアに起きたことについて思い出している。最後の方のことは俺以外の三人は直接には精査できなかった内容だ。



 アレックスが前線で消息不明になったという連絡が届いた後のリンシアの精神状態は悲惨なものだった。それにもかかわらず相変わらずリンシアの鍛冶職としての手腕を利用し続けようとした私利私欲に塗れた浅ましい男達。

 挙句に女としてのリンシアも好きにしようという傾向が見え始めてやっと、リンシアはアイリーン・アドラーから渡されていた首飾りに様々な想いと魔力を籠めた。


 首飾りの効果はアイリーン・アドラーからの言葉と空間転移。


『……リンシアちゃん。もう苦しまなくていいのよ。飛んだ先でのことは手配済みだから、そこのおさの申し出を素直に受けてしばらくはのんびり過ごして頂戴。いつか必ず私もそこに会いに行くから、ちゃんと食べて元気で居てね』


 その後も続いた注意事項などのアドラーの言葉が終わり、準備を整えたリンシアがもう一度首飾りに魔力を籠めると空間転移が発動した。

 思わず目を閉じたリンシアが次に目を開いた時には、目の前にはひっそりと山あいの中に点在する家々と小さな川のせせらぎ。そんなのどかな光景が広がっていた。

 そこには柔らかな日差しと優しくそよぐ風。そしてリンシアを暖かく迎え入れてくれる心優しい民の姿が在った…。



「シュンさんの推測の通り、転移先がダークエルフの里だとするならば私も少しだけその情報を持っています」

「ふむ…。アイリーン・アドラーがリンシアに語ったダークエルフの鍛冶職人の話が俺は印象的だったことと、それはリンシアも同じように感じていたからなんだけどな。アイリーン・アドラーはきっと考え得る限りの最もリンシアが過ごしやすいところに連れて行っただろうという予想も加味してる」


「そうですね。そういう配慮をなさる御方だと私も思います」


 ひと呼吸の間をおいてレヴァンテは語っていく。

「……アイリーン・アドラーという名は、魔王様がよく使っていた偽名です。シュンさん達皆さんがお察しの通り、リンシアを助けたアイリーン・アドラーなる人物は魔王様で間違いないと思われます。ただ、リンシアとの関わりについては申し訳ありませんが私は何も聴かされては居ません。これはラピスティも同じです」


 アイリーン・アドラーと名乗った魔族の女は魔王なのだろうというのは、ほぼ確信に近く思い至っていたことなので驚きはしないが、俺達四人が居る電話のこちら側では、やっぱりという一種の安堵感に近い空気が流れた。


 レヴァンテの話は尚も続いている。

「エルフの複数の氏族から迫害を受けていたダークエルフの一族を魔王様が助けて匿ったことを切っ掛けに、ダークエルフはその戦闘技術、そして鍛冶職としての技術に磨きをかけました。それは魔王様への恩返しの為だったと聞いています。ダークエルフの戦士の話はシュンさんにはしたことがありましたね…」


「あー、うん。バウアレージュ領での精霊の洗礼の儀式の時だったな」

「はい。そのダークエルフ一族を匿った先を魔王様は隠れ里だと仰られていたのですが、私はそこを訪れたことは有りません。しかし、当時も幾つかの伝聞から推測していたそのダークエルフの隠れ里は、おそらくは、今シュンさん達がダンジョン調査を実施しているその辺りに在ったと思います」


「えっ?」

「はあ?」

「ここ?」

「マジか…」


 俺達が今居るこの新ダンジョンの近くに、ダークエルフの隠れ里が在ったのだとレヴァンテは言っている。


「確かなことを言うと、エルフとの大戦終結となった魔族の集団転移の少し後にはその隠れ里もダークエルフの存在と共に消えています。ですが、今までの話と合わせれば、今回の件はその隠れ里と深く関わっているとしか思えません。言い換えるならば、魔王様の手助けによって移り住んだリンシアの思いが深く根付いた場所なのではないでしょうか」


 俺は大きく息を吐いてからレヴァンテに応えた。

「この地に出現したダンジョンもその思いを汲み取っているかもしれないと。そういうことか…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る