第370話

 冒険者ギルド・アルウェン支部の副マスターが訪ねてきた日から数日が過ぎた。

 この間に行われたのは、王家と大公家と公爵家という御三家の会議とその結果を受けてのギルドとの会議。


 王城で行われた御三家の会議には、ニーナのみならず俺とエリーゼとガスランも何故か半強制的に出席させられて大変な目に遭った。

 レヴァイン大公からは固く手を握られて大公家の姫のグレイシア救出の礼を何度も繰り返し口にされたし、国王と王妃からは内戦を鎮めることになった一連の関与と、遡ってスウェーガルニでケイレブを守った件の礼を、熱い口調で言われた。

 今更、国王や大公の前で恐縮したりは俺達の誰一人としてないが、とは言え失礼な振舞いはできない相手。

 そんな気遣いをずっと続けて精神的な疲れを大いに感じた時間だったので、もうこういうのはこれっきりにしたいと俺はかなり真剣に切実に思った。


 本題のダンジョンの扱いについては、まず本当にダンジョンなのか。

 その確認を行うことが最優先だということは全員一致。そして間違いなくダンジョンならば、その管理などはレヴァイン大公家が主体となって執り行うことになった。

 これは地理的にレヴァイン大公領が近いことと、王家としては今しばらくは東部の戦後復興が最優先課題でそんな余力が無いのが本音であり、最大の理由だ。

 ダンジョン対応が初めてのレヴァイン大公家には、領地内に二つのダンジョンを有するウェルハイゼス公爵家が全面的に支援する。ノウハウの提供の為に有識者を派遣するなど人的な支援も結果が判明すればすぐに実行される予定だ。


 一方、ギルドのアルウェン支部で行われた会議は、大公家を代表して出席した大公家騎士のローデンさんとギルマス、ギルドの職員に俺達も交えて様々なことを細かく検討する形で進み、第二次調査の具体的な計画が詰められていった。

 アルウェン支部は、従来から冒険者の存在感が希薄な王都以東の地域で冒険者が活躍できる場所が提供出来る千載一遇のチャンスだとして、ダンジョンの詳細な調査とその後の管理体制づくりの為の意見交換に非常に積極的だ。そして、文武両面において清廉で優秀な人材を輩出し続けている大公家がダンジョン対応の主役として前面に出てきたことを諸手を挙げて歓迎した。

 第二次調査はレヴァイン大公家騎士団と冒険者ギルドが合同で行うことになり、今回の第二次調査に於いて現地で先行して潜るのは冒険者パーティーのみ。

 その先陣として大公家からの指名依頼を受ける形で俺達アルヴィース。

 そして冒険者ギルドからの指名は発見者である冒険者パーティーと他にサポートを行うパーティーが二つほど。更には俺達が推薦したバステフマークが、滞在中のラフマノール荘園から急遽呼ばれることになった。


 会議の席で俺は、疲れを滲ませながらも気持ちの高ぶりを隠せていないアルウェン支部のギルマスや職員達の表情を見ているうちに、ふとスウェーガルニダンジョン発見当時のことを思い出していた。

 フレイヤさんが精力的に幾度も代官サイドと交渉を重ねては悩んでいた姿や、職員が俺達を懸命にサポートしてくれていたこと。初めて見たボス部屋、宝箱、安全地帯を鑑定で判別したことなどが走馬灯のように頭の中に蘇ってきた。


「スウェーダンジョンの調査をした時のことを思い出したよ」

 俺が隣に座っているエリーゼにそんなことを囁くと、上目遣いで微笑みながら顔を寄せて来たエリーゼが耳元で応えてくる。

「隠し扉だったりいきなりマジックバッグが出たりして大変だったよね」

「うん。でも、おかげでダンジョンだという確信は持てたんだよな…。しかし、あの時のスウェーガルニ支部もそうだったけど。ギルドはすごい熱の入れようだ」

「そりゃそうだよ。こっちの冒険者は活気づくだろうし人もお金も集まるんだから」

「ふむ…。だけどこれでダンジョンじゃないなんて結果だとショック大きいぞ…」

 と、ここまで口にしたところで、地獄耳ニーナがエリーゼの向こう側から睨んできた。縁起でもないこと言うんじゃないわよ。そんな顔をしていた。


 ダンジョンらしきもの。

 今のところそう表現するしかないんだが、それを発見した冒険者パーティーは、発見直前にとある山村に立ち寄っている。ジェムール村と呼ばれるその村に冒険者ギルドはベースキャンプを置いて、第一次調査チームはそこから出発したという。

 今回実施される第二次調査においてもジェムール村を起点とすることが決まった。

 地図上では王都の北東に位置するジェムール村への道のりは、王都からは一旦主街道を真っ直ぐ北上してレヴァイン大公領へと入り、それから東に進む行程となる。


「レヴァイン領の領都ロルヴァーナは大きな湖のほとりに広がったとても素敵な街よ。大きな学院が在って学園都市とも呼ばれてるの」

 ニーナがエリーゼの方を見てそう言うと、そのニーナの声が聞こえていたのだろうローデンさんがこちらを向いてニッコリ微笑んだ。

「この行程だとロルヴァーナにも立ち寄ることになる。皆を歓迎するよ」



 さてそんな風に、なんだか久しぶりに傭兵的なことではなく冒険者としての俺達本来の在るべき慌ただしさが漂ってきた最中。

 システィナイシスが目覚めたという連絡を受けたのは、調査チームの仕事の為の買い出しをした日の夕方だった。

 しかし全員で大急ぎで神殿に駆け付けた時には、システィナイシスは既に再びの眠りについてしまっていた。


「ハッキリとした目覚めではありませんでしたが、シュンさんとエリーゼさんの名前を口にして、ありがとうと呟いていました」

 目を閉じて落ち着いた安らかな様子で眠るシスティナイシスの傍に立つ俺達に、老神官はそんな説明をしてくれた。


 その言葉は直接聞きたかったなと俺は思う。が、仕方ない。

 それでも、ほぼ女神が言っていた通りの状態なことに少し安心感も覚えている。


「そうか…。でも、ということは状況は理解してるんだろうな…。見通しとして聞いてたより状態は良さそうだから、この感じだと全快も早そうだ」

「うん、きっとすぐに良くなる」

 エリーゼもそう言ってニッコリ微笑むと、精霊の癒しを発動。


 すぐに淡い光が輝き、まるで女神が発したもののように慈愛に満ちた光が部屋の中に満ちてシスティナイシスをそっと優しく包み込んだ…。



 ◇◇◇



 ところで、ディブロネクスを今回のダンジョン調査に連れて行くか否か。

 実はそのことを割と真剣に悩んだ俺は、王城での会議が行われる前日の夜にフレイヤさんに電話をかけた。俺達が調査に行くなんて話はまだ具体的には出ていないタイミングだったが、どうせそんな話になるだろうと思っていたので目的はフレイヤさんが予め呼んでくれていたレヴァンテと話をする為。

 こちらは俺とエリーゼ。

 電話の向こうもフレイヤさんとレヴァンテの二人だけだ。


 ダンジョンじゃないかと推測されている所に潜るかもしれないと説明したら、レヴァンテは俺が懸念していることをズバリと指摘してきた。

「シュンさん、ダンジョンがディブロネクスに悪影響を及ぼすんじゃないかということを懸念されているのでしたら、それは心配ありません。ダンジョンとのリンクが再生成されて支配されるなど、そういう類のことは決してないと保証します」


「あ、そうなんだ…。何となく大丈夫かなとは思ってたんだけどな」

「知力が低い魔物だったり、あとはスウェーガルニダンジョンに居たレイスのようにどうしてもダンジョンに魔力依存せざるを得ない状態でしたら話は別ですが、彼は人間と同じくダンジョンからの干渉は一切受けません」

「了解。安心したよ」

 俺がそう応えてこの話に区切りをつけると、レヴァンテが少し改まった口調に変わった。

「……シュンさん。今のお話を受けてなのですが、お願いがあります」

「ん?」

「ディブロネクスに冒険者のパーティーとしての経験を積ませていただけないでしょうか」


 うん。それはスウェーガルニに戻ったらと思ってたんだよね。

 どうせ王都の近くではここで言う経験としての意味がある冒険者の仕事なんてそんなにある訳じゃないので、スウェーガルニに戻って。最低でもウェルハイゼス領に戻ってからだろうと考えていた。

 その目的は、レヴァンテがこんなお願いをしてきている理由と同じだ。

「言いたいことは解ってるつもりだ。フェルに付き従う時に備えてってことだよな」

「はい、その通りです。私もそうでしたが、彼は団体での戦いにはそれほど慣れてません。以前も単独での任務が多かったせいで、そういう経験が不足しています」

「ふむ…、まあそういう感じは確かに有ると俺も思う。オッケー、奴にもしっかりパーティーの一員として働いてもらうことにするよ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 その後は、相変わらずのフェルの楽しげな学院生活の様子やケイレブがスウェーガルニ学院に聴講生として通い始めたことなど、そんな話を聞いての雑談モード。


「……でもケイレブは高等部の講義なんて今更じゃないか?」

 と、俺がそう言ったらレヴァンテはそれを否定した。

「いいえシュンさん、学院にはバーゼル先生という優秀な魔法講師が居るんですよ。ケイレブ王子が受講しているのはバーゼル先生の魔法の講義なんです」

「あ、そっちか…。それはイイな。アイツの授業だったら俺も受けてみたい」


 ここでエリーゼが笑いながら口を挟んできた。

「だけどその授業にはフェルも居るから、ケイレブにとってはそれも大きいんじゃないかな。その時間はフェルと一緒に居られるクラスメイトになれるよね」

「はい。王子がそう考えている可能性はとても高いと思います」

 同じように笑っている口調でレヴァンテがそう応じた。

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